姫君と果てない野望(1)
カリーナ姫の野望

 空と緑に囲まれ、おだやかな時間が流れるこの世界。
 そこの土地のひとつに、エメラブルーと呼ばれている国がある。
 風光明媚な景色だけがとりえの何の変哲もない、小さいけれど、土地だけは大きな国。
 活気あふれる街の中心から見上げると、小高い丘がある。
 その丘の上には、古めかしい城がひとつ。
 そこにもまた、この世界に流れるそれと同じ、平和でおだやかな時間が流れている。
 ――流れている……はずなのだけれど!?
「ひ、姫……。何ですか、この惨状は……!」
 真っ青な顔をして、口の端をひくひくとひきつらせる青年が、その部屋の開け放たれた扉のもとにたたずんでいる。
 体中から、怒りやら情けなさやら呆れやらと、いろいろな感情がないまぜになった震えが起こっている。
 何故なら、彼がたたずむその部屋の中では、ドレスやら宝飾品やら何やらが、床いっぱいに散らばっていたから。
 あたかも、たった今強盗が入りました、……いや、ここで乱闘騒ぎがありました、と言わんばかりのその清々しいまでの荒れようを見れば、惨状とも言いたくなるだろう。
「カイか。見ればわかるだろう、ドレス選びをしているのだ」
 好き放題荒れた部屋の中央で、ふてぶてしく仁王立ちをしていた少女――カリーナが、くるりとカイへ振り返り、ぞんざいに言い放つ。
 当たり前のことを聞くな、この愚か者とでも言うかのように、その目はごくごく当たり前にカイを馬鹿にするように細められている。
 右手に趣味の悪い真っ赤なドレス、左手に優美な黒いドレスを持ち、カイへすっと突き出す。
 物言いたげに、じっとカイを見つめる。
 カイはその視線に気づいたけれど、あえて気づいていないふりをして、すうと視線をそらした。
 すると、両手の対照的なドレスをばふんと放り投げ、カリーナはずどんとその場に座り込んだ。不必要に目がすわっている。てこでも動かなさそうな気配。
 ともにドレス選びをさせられていたのだろう侍女二人が、真っ青な顔であたふた慌て出す。
 この王女のご機嫌を損ねては、とっても大変なことになると、嫌というほどわかっているから。
 しかし、それでも、カイは慌てた様子なく、さらりと言い放つ。
「そのようなことくらい、見ればわかります。わたしが言っているのは、この惨状です。どうしてあなたという方は、もっと……」
 ぶつぶつつぶやきながら、散らばるドレスの海の中、とりあえず手近なそれを拾い上げつつ、カイはゆっくりとカリーナへ歩いて行く。
 ドレスの海の中、自力でその海を割るという奇跡を起こしている。もとい、実力行使。
 しかし、あまりにもドレスやら宝石やらが散らばりすぎているため、なかなかうまい具合に道はできてくれない。
「まったく、お前はうるさいな。どこぞのじじいみたいに嫌われるぞ?」
 埋まっていたドレスの中からすっと立ち上がり、カリーナは手近にあった桃色のふりふりドレスをつかみ上げた。
 そして、自らの体にあててみる。そのままくるりと身を翻し、ふわんとドレスの裾をまわせる。
 それを目にしたカイは、一瞬おかしな顔をしたけれど、すぐにきっとひきしめた。
 ……なんだか、目がほんのり潤んで、鼻の下がびよーんとのびたような、おかしな顔をしたけれど。
 ところで、どこぞのじじいとは、一体誰のことだろうか?
 その言葉を聞いた瞬間、侍女二人がひっと体を震わせていたけれど。
 どこぞのじじい、どこぞのじじい……。
 「口が悪いですよ。王に失礼です」と、カイがさりげなくたしなめていた辺りから、つまりはそういうことだろう。
「なあ、カイ、これはどう思う?」
 しかし、それでも、カリーナにとってはどこ吹く風、たんたんと自分の調子を貫く。
 ぴとりと胸に桃色のふりふりドレスを合わせ、こぼれんばかりの笑みをカイへ向ける。
 その目は、きらきら輝いて、カイからのその言葉≠期待している。
 瞬間、カイの体も頭もぐらりとゆらいだ。
 目の前はくらくらで、このまま倒れてしまいそうなほどよろけている。
 どくどくと心臓は弾み、今にも飛び出してしまいそう。
 カイは、がばりと口を手で覆う。
 油断をすれば、この場で即座に、鼻血がぶしゅーと吹き出してしまいそうだったから。
 それくらい、今のカリーナは、カイにはめろめろにかわいらしく見えている。
 どこからどう見ても、悪魔の笑みをたたえているこの姫君が。
「か、かわいい……」
 事実、カイはそうつぶやいていたから、間違いないだろう。
 同時に、カイの頭が、がしっとおさえつけられた。
 ぐいぐいとおしつける頭のその後ろから、一人の長身の男がすっと現れる。
「どれほど入念にドレス選びをしても、同じでしょう?」
 その男は、嘲笑うように、さらりとそう言い捨てる。
 そして、部屋中に散らばるドレスを見まわし、はあとこれみよがしに大きなため息をもらした。
 その男に、カリーナの鋭いにらみが惜しみなく注がれる。
「ルーディ! わたしはお前には聞いていない。カイに聞いているのだ!」
「同じですよ。これと言って醜くもなければ美しくもない、十人並みのその容姿ではねえ……」
 ルーディはにやにや笑いながら、カリーナにすっと視線を注ぐ。
 瞬間、ぶちりと、不気味な音が部屋に響き渡った。
 大きな紅玉がはめこまれた首飾りが、カリーナの手から抜け出したかと思うと、ルーディの胸めがけて飛んでいく。
「黙れ、無礼者!」
 しかし、その首飾りは、カリーナの素晴らしい(ノー)コントロールのおかげで、ルーディにはあたらず、彼がいまだ頭をおさえつけているカイの腹に命中してしまった。
 カイは、小さく「うっ……」とうめき声を上げる。
 しかし、そのようなことは、カリーナにもルーディにもどうでもよいこと。
 カイがどのように虐げられようと、それはむしろ、愉しむべきこと。
「はいはい。……それで?」
 押さえつけたカイの頭をぽいっと放り投げると、ルーディは散らばるドレスの海を、カリーナのもとへ颯爽と歩いていく。
 カリーナもまた、自分のドレスが足蹴にされているというのに、まったく気にとめる様子はない。
 ひーっと声にならない悲鳴を上げているのは、かわいそうに侍女二人。
 カイにいたっては、情けないことに、いまだ腹をおさえ悶えている。
 それほどまでに、首飾り爆弾は威力があったのだろうか?


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update:10/12/01