姫君と果てない野望(2)
カリーナ姫の野望

「どうしてまた、ドレス選びなどを?」
 足元に落ちていたドレスを一着手にとり、ルーディは訝しげにカリーナに尋ねる。
 その背後では、ようやく痛みがやわらいだのか、侍女二人とともに、カイが必死に散らばるドレスをかき集めはじめた。
 無造作に乱雑に散らばるそのドレスの数々は、本来ならばそのような扱いを受けるはずがないだけの価値がある。よって、カイも侍女たちも必死になっている。
 そのドレス一着で、民一人が、果たして、何ヶ月、何年、生活できることか……。
「何をたわけたことを言っている。そのようなことは決まっているだろう。今日は、北の隣国バーチェス王国から第一王子がやって来るのだぞ? しかも、その王子は見目麗しいと聞く。そればかりか、才能にも恵まれた非の打ち所がない好青年というではないか。ならばもちろん、わたしのとりまき候補としてやらなくてどうする」
「それでドレス選びを……? それでは姫は、今回はちゃんとお客人とお会いになると? 見た目だけは取り繕って」
 くすりと小さく笑みをこぼし、意味ありげに、ルーディはカリーナを見下ろす。
 カリーナもまた、にやりとした得意げな笑みをルーディに送り返す。
「当たり前だ。相手がいい男とあらばな」
「それはまた、姫らしい」
 にやにやと嫌な笑みを浮かべ、カリーナとルーディは陰湿に微笑み合う。
 二人の会話を聞いていたのか、カイがせっかく拾い上げたドレスを乱暴に放り投げ、目にもとまらぬ速さでカリーナへ駆け寄る。
 カイが放り投げたドレスを、気の毒に、侍女二人が慌てて受け取ろうと手をのばしている。
「しかし、姫。姫はたしか、覇王の妃になるとおっしゃっていませんでしたか!?」
 カリーナに駆け寄ると、そのままがっちりと両肩を握り締め、切羽詰ったようにカイは詰め寄る。
 カリーナは、馬鹿にするようにカイに冷たい視線を送り、はんと鼻で笑った。
「そうだ。しかし、いい男の予備は何人いてもかまわないだろう? いい男ならば、わたしのとりまき……在庫品(ストック)にしてやるというのだ。何ともありがたい話だろう?」
 そう言い切って、あはははと高らかにカリーナは笑う。
 カリーナの肩から、カイの手がずるずるずると力なく落ちていく。
 そしてそのまま、カイは「嗚呼ー」と悲痛な声をもらし、頭を抱え、その場にしゃがみ込んだ。
 わかっていたとはいえ、まさかここまでめちゃくちゃだったとは、この姫は、と。
 カイを、どうしようもない脱力感が襲う。
 カイに追い討ちをかけるように、カリーナはさらに得意げな笑みをのぞかせる。
「たしかに、わたしに釣合うだけの男は、この世界の頂点に立つ男、覇王くらいしかいない。だからわたしは、覇王の妃になるのだ。他の男では、わたしを引き立てるには不足だ。役に立たない」
 あっさりと、恐ろしく高飛車で高慢でむちゃくちゃなことを、カリーナは言い放つ。
「たいして美しくもないくせに」
 うずくまるカイのすぐ横で、わざとらしく視線をそらしたルーディが、ぽつりつぶやいた。
 瞬間、どこから持ち出したのか、ルーディはカリーナに機関銃を突きつけられていた。
 がちゃりと不気味な音を鳴らせ、銃口がルーディの心臓めがけて向いている。
「蜂の巣がいい? それともぉ、一撃がいい?」
 カリーナはくいっと首をかしげて、甘えるように上目遣いでルーディを見つめる。
 いったんどかりと銃口を床につけ、左手にやっぱりどこからともなく手榴弾を取り出し、持っている。
 にこにこと、実に楽しげにルーディを見つめている。
 カリーナの額に、おびただしい青筋が浮かんでいることは、この際、見なかったことにしておこう。
「どちらも遠慮いたしますよ」
 ルーディはうろたえることなく、あっさりと、カリーナから機関銃と手榴弾を取り上げた。
 カリーナは悔しそうに舌打ちをし、その場でじだんだを踏む。
 それから、ぶっすうと頬をふくらませ、訴えるようにカイを見つめ、「さっさとこの無礼者を殺ってしまえ!」と、視線だけで命じる。
 しかし、そのような恐ろしい命令、いくらカイとて聞けるわけがない。
 何しろ、相手は、ある意味カリーナよりも恐ろしいルーディなのだから。
 その行動、考えていることが読めない分、カリーナより質が悪い。
 なかなか命令を遂行しようとしないカイに業を煮やしたのか、カリーナがいらだたしげにだんと床を踏みつけた時だった。
 カイは、カリーナの目が顔から少しずれたところを見つめていることに気づき、さっと胸元をおさえた。
「これは駄目です、これはっ!」
 カイはぶんぶん首を横に振り、必死に抵抗する。体全部で拒否する。
 カイの胸元には、ちらりと黒光る硬い物体が顔をのぞかせている。
「ええーい、よこせ、カイ! わたしに逆らうと、痛い目を見るぞ!」
 カリーナはがばりとカイに襲いかかり、その胸元へ手を伸ばす。
 カイは、これだけは絶対に渡すまいと、懸命にカリーナが伸ばす手をかわしていく。
 その姿はまるで、暴漢に襲われるいたいけな少女のよう。
 別に、ルーディが死のうがどうなろうが、カイはかまわない。
 ただ、その穢れを知らないカリーナの美しい手が、ルーディの汚らわしい血で穢れてしまうことが嫌なだけ。許せないだけ。
 カリーナを穢していいのは、カイだけ――と思いたい。
 だから、そうはさせまいと、カイは必死に抵抗する。
 むしろ、ルーディなんて、一度や二度死んできた方がいいだろう。世のため人のために。
 カリーナに押し倒されながらも、カイは自らの胸にしまう銃を死守する。
 どたばた暴れる二人を、ルーディは哀愁を漂わせ見下ろしている。
 それは、二人を哀れんでいるようにも、馬鹿にしているようにも見える。
 まさしく今、自分の命が狙われようとしているのに、ルーディは清々しいくらいに落ち着き払っている。さっぱり気に留めていない。
 そのようなルーディに、侍女二人が必死にすがりついている。この騒動を早くとめてくださいと。
 ルーディは、ようやく侍女二人に気づいたようで、面倒くさそうにため息をもらした。
 それから、長椅子の下に落ちていた淡い青色の清楚なドレスを持ち上げ、カイに襲いかかるカリーナに声をかける。
「姫、これなどどうでしょう?」
 するとカリーナはぴたりと動きを止め、同時にカイをぽいっと放り捨て、ぽてぽてとルーディへ歩み寄って行く。
 そして、その手からドレスをひったくる。
 カイは荒い息をしながら、目に涙をにじませ、安堵の表情を浮かべている。
 カイから去って行くカリーナを、名残惜しそうに見つめる。


* BACK * NEXT *
* TOP * HOME *
update:10/12/01