姫君と果てない野望(3)
カリーナ姫の野望

「ああ、さすがだな。こういうところだけは、お前も見る目がある」
 カリーナは、ひったくったドレスで口元を隠し、嬉しそうにくすりと笑った。
 ルーディもにっこり微笑み、こくりとうなずく。
「……かわいい……」
 相変わらず散らばったままになっているドレスの絨毯の上に横たわり、どくどくとはずむ胸を押さえながら、カイがぽつりつぶやいた。
 その目は、熱にでもうかされたように、ぽややんとカリーナを見つめている。
 カリーナは青色のドレスを胸にあて、くるりんくるくると軽やかに舞ってみせる。
 ルーディは、足元で寝転がるカイを、物言いたげにじとり見下ろす。
 そしてまた、大きくため息をひとつもらす。
「とにかくだ、お前たち。バーチェスの第一王子を、わたしのとりまきの一人にするのだ。心して協力するように!」
 カリーナはドレスをぎゅっと握り締め、もう一方の手でびしっとカイとルーディを指差す。
 それから、うかれた足取りで、続き部屋へ入って行った。
 どうやら、ようやくお気に召したそのドレスに、今から着がえるらしい。
 慌てて、侍女二人も続き部屋へ駆けて行く。
 続き部屋に消えていくカリーナを、大岩でも頭にずどんと落とされたように衝撃を受けたカイが、呆然と見つめている。
 今の言葉は、カイにはとてつもなくきいた。
 よもや、隣国の王子をとりまきにする手伝いを、カイにしろなどとは……。
 毎度のことだけれど、その言葉は、何度きいてもカイの胸を貫く。えぐる。
 ルーディは呆れたようにカリーナを見送った後、ふと気づいたように、先程とりあげた機関銃と手榴弾を、呆けるカイへぽいっと放り投げた。
 いきなり降ってきたその二つを、カイはあたふたと慌てて受け取る。
 無事に受け取ると、ほうと安堵の吐息をもらし、非難するようにルーディをきっとにらみつける。
 機関銃はともかくとして、手榴弾を投げるとは、もしものことがあったらどうすると。
 何やら論点がずれているような気もするけれど、常識的なことをカリーナにもルーディにも求めてはいけないことをカイは知っているので、それは間違いではないだろう。
 他人を巻き込まない、被害を与えない最低限のことだけにしか、カイの気はまわらない。
 それ以上のことに気をまわしていたら、カイの神経はすぐさま磨り減ってなくなってしまう。
 また、カリーナとルーディ相手では、それができるだけで十分誉められるだろう。
 ルーディはあっさりカイに背を向け、またドレスの絨毯の上を歩き、さっさと部屋を出て行く。
 カイは、疲れ切ったようにどっと肩を落とした。
 これから、この散らかるドレスの山を、カイ一人で片づけなければならないのかと思うと、よけいに疲れが増す。
 結局、ここに残されたのはカイだけなのだから、それは確実だろう。
 横暴乱暴はちゃめちゃ姫君と、忠義心の欠片もない護衛官にはさまれ、カイの心は休まることを知らない。
 どうして、カイ一人が、このような破格の二人の面倒をみなければならないのだろう。
 まあ、カリーナの面倒をみるのは、カイとしては本望だけれど、ルーディははっきり言って余分。邪魔。
 ルーディのお邪魔虫さえいなければ、カイはずっと、カリーナと二人きりでいられるのに。
 護衛という大義名分のもと。


 ふと見上げた空では、隼が一羽、城の上空を悠然と旋回している。
 隼は、夫婦の絆が深いという。
 今のカリーナにとっては、なんと皮肉な鳥だろう。
 普段から時折見かけるものの、よもや、今この時に、この城の上空を飛んでいるとは。
 今すぐ矢を放ち、撃ち落としてやりたくなる程度に憎らしい。
 カリーナは、先程ルーディが選んだ淡い青色の清楚なドレスに身を包み、それとは不釣合いなどたばたという乱暴な足音を立て、回廊を走っていた。
 さんさんと降り注ぐ陽光が、白い回廊をきらきら輝かせる。
 おだやかでさわやかな風に吹かれ、カリーナのドレスがふわふわ揺れる。
 見た目だけはよくできたもので、どこからどう見ても、可憐な姫君。その走りっぷりと発言さえ除けば。
 口さえ開かなければ、ほとんどの者は騙せてしまえるだろう。
 その本性は、傲慢で横暴で高飛車で、それから……。
 言い出したらきりがないので、とりあえず今はこの程度で。
 ぱたぱた駆ける足を、カリーナはぴたりと止めた。
 ぎらぎらしい光を放つ太陽をまぶしそうに仰ぐ。
 胸の前で両手をふわりと合わせ、カリーナは小さく笑みを浮かべる。
 「くふふ」と幸せそうな笑いをこぼした。
 その姿は、まるで恋する可憐な乙女のようにすら見える。
 しかし次の瞬間には、いつものカリーナらしく、高慢にすら見える自信たっぷりの笑みをその顔に刻んでいた。
 それからまた、ぱたぱたと駆け出す。
 このドレスに身を包んだこの姿を見て、あの人は、一体どのように言ってくれるだろうと思うだけで、カリーナの心は嬉しさと幸福で満たされていく。
 これから、あの人が待つ正面玄関の車寄せへと向かう。


「待たせたな、カイ、ルーディ」
 そう言って、かつんと足音を鳴らせカリーナがそこに現れた。
 王宮の正面玄関。車寄せ。
 もうすぐ、向こうに見える正門から馬車が入って来て、そして目の前の円形地帯をまわり、この車寄せに横づけされるだろう。
 正門の向こう、すぐそこに、その馬車はもう見えている。
 ぎりぎりになりようやく現れたカリーナに、カイは胸を撫で下ろし、ルーディは楽しげににたにた笑っている。
 その向こうでは、この国のお偉いじいさま方が、肩を並べひそひそと内緒話をしている。
 カリーナがやって来たことに気づいているだろうに、あえて気づいていないふりをしている。
 どうやら、億劫がってなかなか重い腰を上げないこのお偉いじさま方も、相手が軍事大国の第一王子ともなれば、喜んで腰を軽くするらしい。
 その長いものには巻かれるっぷりに、たぬきっぷりに、ほとほと呆れる。
 このように客人がやって来るまでの暇な時間、ひそひそと内緒話をすることはいつものこと。
 けれど、どうも今日のひそひそ話はどこか感じが悪い。
 だって、ちらちらとカリーナを盗み見る者が多いから。
 カリーナの「いい男は全てわたしのものだ!」という言葉は、皆もう聞き飽きて承知し、それについて説教やら不平やらをぶつぶつ言うのはいつものことだけれど、それでもこのじじいどもの視線はどうにも解せない。気に食わない。
 ――はて? 今日の装いは、どこかおかしいのだろうか?
 しかし、カリーナがいきつくところは、そのようにどこか論点がずれたところ。


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update:10/12/09