姫君と果てない野望(4)
カリーナ姫の野望

 カリーナは、背でひとつに束ねたルーディの長い髪をぐいっと引っ張った。
 すると、髪を引っ張られてもやはり平然としているルーディの顔が、カリーナの顔へ近づく。
 それを目撃してしまったカイが、毛を逆立てる。
 憎らしげにルーディをにらみつける。
「おい、ルーディ、お前ならわかるだろう? じじいどものこの嫌な視線の理由(わけ)が」
 とてつもなく不愉快だと顔をゆがめるカリーナに、ルーディは、ははーんと納得したように口の端を上げる。
「姫はご存知なかったのですか? 本日、バーチェス王国第一王子がやって来られるのは……。まあ、その性格は別として、一応は何をどう間違ったのか、諸国では美しいと言われているあなたを口説くためなのですよ。なんとまあ、物好きなことか」
「はあ!?」
 カリーナは、瞬間、思い切り馬鹿にするように叫んでいた。
 そして、ふと気づき、どこから持ち出してきたのか、短刀をルーディののどに押し当てる。
 これにはルーディも少しばかりは危険を覚えたのか、額からたらーりと一筋の冷や汗をたらす。
「お前、今何と言った? 諸国では美しいと言われているだと? わたしは美しいのだ。間違えるな!」
 そして、短刀を、さらにぐいっとルーディののどに押しつける。
 さすがにこれはまずいと思ったのか、カイがその短刀をカリーナからひょいっと取り上げる。
 ――まあ、相手がルーディならば、間違って死んだとしてもたいして問題にならないけれど、一応。
「姫〜、もういい加減にしてくださいよ。これでは本当に、そのうち、人の一人や二人、殺してしまいますよ?」
「わたしは、いつでも本気で人を殺すつもりでやっているのだぞ?」
「姫っ!!」
 あっけらかんと、そしてさらりと言い放ち、カリーナはカイをじっと見つめる。
 同時に、悲鳴に似たカイの雄叫びが上がっていた。
「ああもうっ。どうしてわたしばかり、こんな目に……っ」
「諦めろ。それがお前に与えられた運命だ。喜んで受け入れろ」
「そんな無茶なっ!」
 頭を抱えるカイに、カリーナはなおも執拗に口撃を加える。
 ぐらぐらと目も頭もまわすカイの前で、カリーナはふんぞり返る。
 まったくもって、本当に、カイはなんて厄介な王族の護衛官にされてしまったことだろう。
 これでは、命がいくつあっても、この王女の不始末の償いなどできない。
 そう、誰彼かまわず喧嘩を売って、そして必ず勝ってしまう。
 その後カイが書かされた始末書の数、今ではもう数え切れないほど……。
 王女の不始末は全て、その護衛にあたるカイに転嫁される。ともに、ルーディの不始末までも押しつけられる時もある。
 ここまでされて、よく護衛官を辞めないものだと、まわりの者たちからは、ある意味崇拝に値する眼差しを向けられるから、カイはたまったものではない。
「そうそう、カイ、諦めなさい。君は、姫の護衛官になった時から、……ああ、姫と出会った時からかな? この運命からは逃れられないことになっているのですよ」
「というか、姫のお守りだけならまだしも、それに輪をかけているのがお前だろう、ルーディ」
「はて……? 何のことかな?」
「ルーディ!」
 思い切り他人事といったようにさらりとカリーナに加担するルーディに、カイは鋭い眼差しを向ける。
 ルーディは、確信めいたにやりとした笑みを浮かべ、カイをちらりと見る。
 つまりは、ルーディにも自覚があるということだろう。むしろ、わかっていて、あえてカイを困らせているに違いない。
 この厄介な二人のお守りをできるのは、この国広しといえど、恐らくカイくらいのものだろう。
 だから、厄介払いよろしく、一度に二人を押しつけられるかたちで、カリーナの護衛の任を与えられたに違いない。
 そう思うと、ますますカイはうなだれていく。
 抱える頭も、ずずんとさらに重くなり、痛くなる。
「あはは、そんなに嬉しいか。愛い奴だな、カイは」
 再起不能なほどやりこめられてしまっているカイを、なおも愉快にいじめるのがカリーナ。丸まるカイの背を、べしべし叩く。
 そしてやはり、かかかと得意げに馬鹿笑いをする。
 カイはとってもとっても恨めしそうに、じとりとカリーナを見つめる。
「カイは変態ですからね。姫にいじめられ、この上なく喜びを感じているのですよ」
「うわっ、それは気持ち悪いな。カイ、わたしにそれ以上寄るなよ。さらにお前を喜ばせることになってしまうからな。思わず、わたしの華麗なる蹴りが炸裂してな」
 カリーナとルーディは、なおも楽しげにカイに追い討ちをかけていく。
 二人、すっと顔を寄せ、にやりと笑い、カイの反応をつぶさに観察している。
「もう、二人ともいい加減にしてくださいよーっ!!」
 カイはとうとう耐えられなくなり、そう泣き叫んだ。
 顔を両手で覆い、今にもこの場から逃走したい心境だろうに、それでもどうにかとどまっている辺りは、さすがは選ばれた者のことはある。
 いや、逃げ出せば、後々さらに厄介なことになると分かっているから、とどまっているにすぎない?
 護衛官といえば、一般的には誉れ中の誉れ。知力、武力ともに抜きん出ていないとなれない。
 とてつもなく選良(エリート)。――しかし実態は、猛獣使いもいいところ。
 そう思うと、ますますカイは気が滅入ってくる。
 しかし、それでも、優越感がともにある。
 カリーナという姫君は、気に入らんと言って、これまでことごとく自らの護衛官に嫌がらせをして辞めさせていた。けれど、カイはそれでもなお、護衛官の任を解かれる気配だけはない。
 ルーディはカリーナと同類なので、嫌がらせすらもたかる蝿のようにさらっと蹴散らしてしまうから、論外。
 何より、カイは、カリーナに嫌がらせをされたという記憶がない。
 困らされることやからかわれて遊ばれることは日常だけれど。
 その辺りが、カイにある種の自信を与え、嬉しくさせている。
 今ではもう、カイとルーディ以外で、カリーナの護衛を務められる者などいない。
 おかげで、カリーナに関しての王の信頼も、迷惑なことに篤い。
 カイもさすがに、何度も辞めようとしたことがあったけれど、その度にカリーナの罠にはまり辞めることができないでいる。……と見せかけているだけ。
 本当のところは、喜んで自らその罠にはまっている。
 結局は、最後にはカリーナの側を選んでしまう。


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update:10/12/18