姫君と果てない野望(5)
カリーナ姫の野望

 すぐ横で、してやったりと高らかに愉快そうに笑うカリーナを、カイは愛しげに見つめる。
 カリーナの手がカイの腕をさりげなくきゅっと握っているから、カイはもうたまらない。
 その時だった。
 正門を、四頭の白馬にひかれた馬車が入って来た。
 そのまわりと、そしてその後ろには、たくさんの従者がいる。
 さすがは、軍事大国の第一王子。その数、半端ではない。その装備も、やはり半端ではない。
 どうやら、ともに王子を迎えるじいさま方は、その数と迫力に怖気づいているよう。
 しかし、それを見て興を覚えてしまうのが、この国のたちが悪い姫君。
「ほほう。わたしのとりまき候補としては、まずは合格」
 などと、何様発言を堂々とする。
 やはりルーディは愉快そうに笑い、カイは「嗚呼ー」と頭を抱える。
 すると、円形地帯(ロータリー)をまわり、馬車がカリーナたちの前に横づけされた。
 そして、白馬にひかれた馬車から、悠然と青年が降り立つ。
 どうやら、その青年が、バーチェスの第一王子らしい。
 ともにやって来た従者たちとは、桁違いに気品があり、そして格段に風格がある。
 馬車から降りた王子は、出迎えるじいさま方をぐるりと見まわす。
 それから、ぴたりと正面で視線をとめた。
 そこに、じじいの群れの中に咲く一輪の花……かどうかは疑わしいけれど、その花と思しきカリーナを見つけたから。
 視線を定めたかと思うと、王子はカリーナへまっすぐと歩いて行く。
 その様は、洗練された気品漂うもののようにカリーナの目には映っていた。
 思わず、カイの腕を握る手に、きゅっと力がこもる。
 カリーナへと颯爽とやって来るその王子に、目は何故だか釘づけにされている。
 王子はカリーナの前までやって来ると、すいっとその手をとり、そこにそっと挨拶の口づけを落とした。
「はじめまして、カリーナ王女。わたしは、バーチェス王国第一王子、ファセラン・リブレ・レイ・バーチェス。どうぞ、ファセランとお呼びください」
 唇を触れたそこからすっと視線を上げ、ファセランは甘い笑みを浮かべる。
 カリーナの目が、瞬時にすわった。
 王子の微笑みは、本当に甘かった。腹立たしいほどに甘かった。
 その微笑を向けられれば、世の女性、百人中九十九人はいちころであろうという、計算しつくされた微笑みだった。
 あえて百人ではなく九十九人というところが、いやに現実味がある。
 百人なんてそんな完璧な数をつきつけられては、逆にその微笑も嘘くさい。
 そして、百人中たった一人、いちころにならないのは、恐らく、この世界広しといえどカリーナくらいだろう。
 そう、そのもれたたった一人は、カリーナ。
 カリーナには、この甘い微笑の王子にころりといかないだけの野望がある。
 その野望の前では、どんなに素敵な王子様だってかすんでしまう。些末なものになる。
 これまたどこから取り出したのか、豪奢な羽がついた扇で遠慮がちに口元を隠し、カリーナははじらうようににこりと微笑む。
 その微笑みは、これまでのカリーナからは想像ができないほど気品漂う清楚なものだった。
 ファセランは、名残惜しそうにカリーナの手を解放していく。
 どうやら、ファセランの方が、逆にころりといちころにされてしまったらしい。
 微笑ましそうにカリーナを見つめている。
 カリーナの両隣では、カイとルーディが呆れたようにそっぽを向いて、その光景を直視しないようにしている。
 直視してしまえば、カイはこれ以上ないというほど脱力感に襲われ、ルーディは爆笑しかねない。
 よくもまあここまで、見事に変われるものである。あの横暴王女様が。
「はじめまして、ファセラン様。わたくしは、王女カリーナ。どうぞ、ごゆるりとご滞在くださいませ」
 とっても違和感を覚えるカリーナの言葉遣いに、ルーディは体を震わせ必死に笑いをこらえている。
 カイもカイで、「まただ……」と、この後待ち受けているだろう厄介事を想像し、目がうつろにさまよっている。
 結局、直視せずとも、こうなってしまうらしい。
 これが、カリーナが諸国では美しい理想的な姫君と言われる所以だろう。
 このあり得ないほどの超猫かぶりが。
 普段は、声高に「いい男は全てわたしのものだ!」などと言ってのける姫君なのに。
 そして、それもまあ、一部は嘘ではないよう。
 この清楚ぶりっこで、出会った愚かな男のほとんどを騙し、手玉にとっているのだから。
 ――手玉にとるというのは、ちょっと言葉が過ぎるかもしれないけれど。相手が勝手に勘違いをして、カリーナを神聖化しているだけだから。
 本当、世の男とは、なんと愚かなことか。その目、曇りきっている。
 カイは、常々、「いつか罰が当たりますよ」と警告しているけれど、ルーディが愉快そうにそれを打ち消し、結局は今なおカリーナの勘違いが入った野望は続いている。
 それが、カイにはとっても面白くなく、大迷惑。
 また、バーチェスの第一王子といえば、カリーナ同様、一筋縄ではいかないという噂がつきまとっている。
 彼に泣かされた女性は、果たして、どのくらいにのぼるだろうか?
 それら皆、勝手にファセランを慕い、微笑み一つで追い返されていると聞く。
 彼の肩書きもそうだけれど、彼自身、女性をひきつける要素があるらしい。
 事実、カイの目からみても、まあ、理想的な王子のように見える。
 カイの胸の中で、大嵐が起こる。
 果たして、ある意味似た者同士、狐と狸の化かし合いがこれからはじまろうとしているのかと思うと、嗚呼、カイはとっても憂鬱になる。
 間違いなくただですむはずがない。とばっちりを食らう。特に、この国の王女様にかかれば。
 だから、お偉いじいさま方は、そこを心配し、ひそひそと内緒話をしていたのだろう。
 恐らく、この国中を探してもただ一人、ルーディだけが、そのような悲惨な状況を涼しい顔で眺めているのだろう。楽しんでいるのだろう。
 さすが、この男だけは、たとえ明日世界が終わると言われても、さわやかに微笑み続けるだろうと言われているだけのことはある。


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update:10/12/26