姫君と果てない野望(6)
カリーナ姫の野望

 エメラブルーの王宮には、美しい広大な庭園がある。
 そこには、無意味に豪奢な、いくらかの東屋が建てられている。
 この王宮の者はなかなか利用することがないけれど、時折、こうしてやって来た客人をもてなすために使われることはある。
 手を抜けば、「エメラブルーとは、所詮、この程度か」などと諸外国にそしられる恐れもあり、上辺だけはとりつくろっている。
 カリーナとファセランは、そのような中のひとつ、池の中に浮かぶ東屋で、優雅にお茶をしている。
 とりあえず一通りの挨拶を終え、今宵の晩餐までの暇な時間、ともに過ごそうということになった。
 カリーナにとっては、思い切り本意。望むところ。
 何しろ、ファセランをとりまきの一人にしようと、虎視眈々と狙っているのだから。
 この好機、カリーナが逃すはずがない。
「カリーナ姫。エメラブルーは、緑豊かで、まこと美しいですね」
 かちゃりとカップをソーサーの上に置き、ファセランはにっこり微笑む。
 明らかに作られた王子様の微笑みに見えるのに、何故だか目を奪われ、どきんと胸をときめかせてしまう。……普通の女性ならば。
 それほどまでに、ファセランの微笑みは、完璧。
 ファセランは、女心をつかむ術を熟知しているよう。
 さすがは、噂に名高い、恐ろしいまでに理想的な王子様。侮れない。
 しかし、「とりまき、とりまき」とそればかりを考えているカリーナには、その手管もさっぱり通用しない。
 ファセランに応えるように、カリーナもことりとカップを置く。
 そして、やっぱりこちらも作られたお姫様の微笑み。
 よもや、ここまで似た者同士だとは。
 なんとも分厚い仮面を被っているものである。
 このまま仮面舞踏会にでも突っ走っていただきたいほどの、見事なまでの仮面。――ファセランの本性がわからない今は、あくまでカリーナだけ。
「ありがとうございます。嬉しいですわ、国を誉めていただいて」
 カリーナは微笑み、風にさらっと黒く艶やかな髪をなびかせる。
 微笑み返すカリーナの鮮やかな深緑色の瞳は、少し憂いを含み、潤んでいる。
 その控えめな微笑みに、思わず庇護欲がわいてしまう。
 胸にきゅっと抱き寄せ、守ってあげたい。――と、たいていの男なら、この時点で早々に完敗。
 どこをどう間違ったか、それなりに飾り立てれば、一応は見られる@e姿のカリーナだからこその猫かぶりだろう。
 しかし、相手はあのファセラン。
 ある意味、とってもカリーナと同類のファセラン。
 カリーナ同様、さっぱりよろめいたりなどしていない。
 にこにこと、胡散臭いほどさわやかに微笑んでいる。
 そこまでべったり笑顔の仮面をはりつけられるとは、まったくもって結構な性格の持ち主。
 かなりの詐欺師。
「それでも、あなたの美しさにはかないませんけれどね」
 そのように歯の浮くようなことを、何気なさを装いさらりと清々しく言い放つのだから、よほどのつわものだろう。
 ファセランは、再びカップをその手に優雅に持つ。
 やっぱり、普通ならばこの時点で、たいていの女性は陥落だろう。
 しかし、くどいようだけれど、相手はあのカリーナ。さっぱり揺らぐ気配はない。
 むしろ、頬がさりげなくひきつっていたりする。
 「ちっ。この男、なかなかやるな」などと、胸の内で毒づいているに違いない。
 これでは、本当に、狐と狸の化かし合い。
 果たして、軍配はどちらにあがるのか……?
 それとも、永遠に決着がつかぬまま、引き分け(ドロー)
 ただ、ひとつだけはっきりすることは、この戦にカリーナが負けでもしたら、その護衛官であるカイの苦労がさらに大きくなるだろうことだけ。
 そこはかとなくなどではなく、思いっきり予想できる。
 ただでさえ手に負えない、負けず嫌いのカリーナが負けでもして、やさぐれたその時を想像するだけで……ぶるるっと身震いが起こる。
 いや、カイならば、「姫、おかわいそう。そして、かわいい」などと言って、目に愛情が満ち満ちていそうな気もしないこともないけれど。
 どのような状況下でも、とっても節穴のカイの目には、カリーナはかわいらしく映ってしまうようだから。
 本当に、カイの目は腐っている。
 化かし合いをしつつ、カリーナとファセランはどちらからともなくすっと席を立った。
 そして二人、絶妙な間隔ですっと寄り添う。
 どちらも、頭が痛くなるほどの清々しい微笑みを浮かべている。
 これは、傍から見ると、なんとも微笑ましい光景に見えるだろうけれど、さりげなく二人の間に散る火花はとてもではないけれど捨て置けない。
 この後巻き起こるであろうその騒動が、手にとるようにわかる。
 それを想像するだけで、頭が割れそうに痛む。
 果たして、この王宮のどのくらいの者が、無事ですむことができるだろうか?
 隼が一羽、城の上空を、悠然と旋回している。
 隼は夫婦の絆が深いという。なんと皮肉な鳥だろう。
 普段から時折見かけるものの、よもや、今この時に、この城の上空を飛んでいるとは。
 仲睦まじく――見えるだけ――庭園を散歩しはじめるカリーナとファセランを、茂みの中からこっそりとカイは見守って……尾行している。
 「姫におかしな真似でもしてみろ、その首落としてやる」と言わんばかりの鬼気迫った表情を浮かべ。
 別にカイがそこまでしなくとも、そのようなことはほぼあり得ないのだけれど。
 本当に、カリーナのこととなると、この護衛官は心配性になる。
 普段、あれだけ虐げられているにもかかわらず、それでもカリーナをかわいいとか言ってのけられるのは、カイくらいのものだろう。
 だから、カリーナの護衛官などという苦役を、こうも長く続けていられるのだろう。
 カイの趣味が悪いことは、この城のほとんどの人間が知っている。
 城でたった一人、カリーナをかわいいと言ってのけていることも。
 こそこそとカリーナの後をつけるカイのその後を、呆れたような視線を注ぎつつ、ルーディがついて行く。
 呆れつつも、間違いなく、カイのその奇行を楽しんでもいる。
 ルーディにいたっては、カリーナのことなどさっぱり心配していない。
 ただ、面白そうだからカイの後をつけているに違いない。
 それにしても、いつまで、もしも≠フ事態にそなえ、茂みの中で剣に手をかけているのだろうか、カイは。
 あのカリーナが、よもやファセランに襲われるなど、そのようなことはあり得ないのに。
 本当に、カイは趣味が悪すぎる。心配性。


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update:11/01/01