姫君と果てない野望(7)
カリーナ姫の野望

「見たか、わたしの見事なまでの技巧。わたしの前では、誰もがひれ伏すのだ」
 私室に戻り、カリーナは背からぼすんと寝台に倒れ込んだ。
 同時に、カリーナの体重がかかり寝台から飛び出した空気で、天蓋から垂れる布がふわりと舞う。
 ふかふかの寝台に体全部をあずけ、カリーナはくふふとほくそ笑む。
「ああ、美しいって罪だなー」
 天蓋を見つめ、うっとりとつぶやく。
 そして、ひょいっと上体を起こし、寝台横でカリーナを見下ろすルーディへ迫る。
 ぐっと、力強く拳を握り締め、自信たっぷりに言い放つ。
「この分だと、覇王妃になる日もそう遠くはないな!」
「勝手に言っていなさい」
 迫るカリーナからすいっと視線をそらし、ルーディは、はあと大きくため息をもらした。
 それから、ぼすんと寝台に腰を下ろす。
 ルーディの背に、もたれかかるようにカリーナはがばりと抱きつく。
「おお、言うとも! 世界を統べる男ですら、このわたしにかかればいちころなのだからな!」
 やはり自信たっぷりに、ルーディの耳元で、カリーナはからから笑う。
 ルーディの顔が、ふと優しげにほころんだ。
「世界を統べる男。言葉通り、世界一の男……ですか」
 寄せるカリーナの頭を、ぽんぽんとルーディは軽くなでる。
「ああ」
 カリーナは得意げに大きくうなずいた。
 ぽてっと、ルーディの肩に、カリーナの頭がおかれる。
 その姿は、どこか切なそうにも見える。
 ――覇王。
 それは、空と緑に囲まれた平和なこの世界、グリーエデンを統べる者。
 世界の頂点に君臨する統治者の下、いくつもの土地にわけ、それを預かる王がそれぞれの国を治めている。
 彼らは皆、覇王の下、覇王に従い、争うことなく平和に暮らしている。
 覇王はいわば、かつてはばらばらだった国々をひとつにまとめあげた功労者。
 知らず知らず、皆何かしらの畏敬の念を抱いているという。
 また、グリーエデンとは、世界の中枢を担う国の古い言葉で、きらきら輝く緑の楽園という意味を持つ。
 世界すべてが、いつも陽にあたりきらきら輝き続けるようにという意味が込められ、そう名づけられた。
 エメラブルーは、数多ある国のひとつ。
 カリーナの野望は、覇王の妃になること。
「なあ、ルー――」
 おもむろに、カリーナが口を開きかけた時だった。
 ばんと扉が乱暴に開けられ、カイが飛び込んできた。
 そして、ルーディにぺとりと抱きつくカリーナに気づき、人のものとは思えぬ奇声を発する。
 かと思うと、ずかずかと二人に歩み寄り、べりっと引き離す。
 カイは、ルーディにぎらりと鋭い眼差しを向け、ばんと突き飛ばした。
 ぐるんと首をまわし、カイはカリーナを苦しげに見つめる。
「姫、何ですか、あれは。ファセラン王子にされるがままではないですか!」
「……ん? カイ、どうした? 何をそんなにかりかりしている。はげるぞ」
 両肩をがしっとつかみ迫るカイに、カリーナは蝿でも追い払うように、ぞんざいにふりふりと手を振る。
 カイがつかむ両肩がとっても気になるけれど、カリーナはあえて気にならないふりをする。
 とってもつれないカリーナに、とっても傷ついたようにカイの顔がゆがむ。
 カリーナの肩をつかむカイの両手に、さらに力がこめられる。
 ずずいっと、その顔がカリーナの顔に迫る。
「姫! わたしは姫と冗談を言って遊ぶつもりはありません。少しは自重なさってください。わたしは、反対です。あの王子をとりまきにされることは」
「カイ、今さら何を言っている。いい男をわたしのものにするのは、わたしの趣味のひとつではないか。どうだ、見事な野望だろう?」
 その他の趣味の中には、もちろん、カイいじめにカイいびり等も含まれている。むしろ、それらは日課だろう。
 かかかと、カリーナは高らかに笑う。
 カリーナの肩をつかむ手にさらに力をこめ憤るカイに、胸の内で嬉しさをかみしめながら。
「もうっ、姫は! あなたは、まったくご自分のことをわかっていませんね。あの様子、王子は本気ですよ。本気であなたを手に入れ、そして……。嗚呼、想像するだけで胸がつぶれそうですよ。いいように扱われるだけ扱われ、ぼろぼろになり捨てられた姫を想像するだけで……」
「カーイ。命は大切にした方が、わたしはいいと思うぞ?」
 ぶるるっと身を震わせるカイの額に、カリーナはにっこり笑い、銃口をごりっと押しつける。
「って、いつの間にわたしの銃を!?」
 ばっと自らの胸に両手をあて、カイは慌てて叫ぶ。
「今の間だ」
 カリーナはけろりと言い放った。
 一瞬にして、カイの懐から銃をすり盗っていたらしい。
 何というか、お姫様にはあるまじき、見事な芸当を持ち合わせている。
 カイの額に押し当てる銃を、カリーナはすっと引き戻す。
 そして、ごそごそとカイの胸元をあさり銃を戻していく。
 どうやら、妙に律儀なところがあるよう。していることは、はちゃめちゃでも。
 カイは、カリーナにされるがまま、その行動を見守っていた。
 銃を返すと、カリーナは寝台に座り直し、すらりと足を組んだ。
 それから、意味深長に、艶かしい視線をカイへ流す。
 カイののどが、こくりと鳴る。
「まあ、それはさておき、案ずるな、カイ。わたしはそれほどやわでも愚かでもない。あの王子が一癖も二癖もあることなど百も承知だ。しかし、そのような王子を手なずけ、わたしのとりまきの一人にした時のことを想像すると、こう……わくわくしてこないか? この高揚感、お前にはわからないか?」
「わかりたくもありません!」
 きらきら目を輝かせ、その言葉通りとってもわくわくし楽しむカリーナに、カイは悲鳴に似た叫びを上げていた。
 わかっていたことだけれど、カイが仕えるこの姫君は、とっても厄介で仕方がない。
 普通の女性ならば、そのような棘の道などあえて選んだりはしないだろう。
 もっと簡単にもっと無難に男を選び、そして利用するだろう。
 自分の幸せに、清々しいまでに貪欲だろう。
 それなのに、この姫君ときたら、どうしてこう好戦的なのだろうか?
 多少悪女ちっくの方が、護衛をする方としては、かなり楽。
「ああもう、どうして姫はこうなのですか!? わたしの苦労、わかっているのですか!?」
 足と両腕を組み、にやにやした笑みを向けるカリーナに、カイはずいっと詰め寄る。
 迫るカイの顔を片手でべちゃりと押しやり、カリーナは平然と言い放つ。
「お前が勝手に、一人で苦労しているだけだろう。わたしは、苦労してくれと言った覚えはない」
「姫ーっ!!」
 またカイの悲痛な叫び声が上がる。
 しかし、何度叫び声を上げようとも、たとえそれが王宮中に響き渡っていようとも、気に留める者など一人もいない。
 それは、あまりにも今さらすぎるから、日常茶飯事すぎるから。
 むしろ、下手にかかわりたくなどないので、誰もカイを助けようとはしない。
 カイには気の毒だけれど、ここはやはり、生贄になってもらうしかない。城の平和のために。


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update:11/01/08