姫君と果てない野望(8)
カリーナ姫の野望

 日課のカイいじめをして楽しむカリーナを生暖かく見守っていたルーディが、ふと何かに気づいたように、嘆きうなだれるカイの肩をぽんと叩いた。
「……そういえば、カイ、護衛官長が探していましたよ」
「へ?」
 目を点にして、カイはぽけらとルーディを見上げる。
「はははっ。気づくのが遅いぞ、ルーディ」
 その横には、意地が悪い笑みを浮かべ楽しむカリーナがいる。
「ええ、わざとですから」
 ルーディはけろりと、楽しげに言い放つ。
 同時に、カリーナが「よくやった」とルーディを誉めていた。
 ぴきりと、カイの中の何かが切れた。
 握り拳を作り、ふるふる震える。
 禍々しい気をまとい、静かに憤る。
 しかし、そこにあえて油を注ぐが如く、怒りをあおるように余計な言葉を一言も二言もつけ加えるのが、ルーディで……。
「ほらほら、さっさと行きなさい。どうせまたお小言でしょうけれどね。……たしか、姫が、鍛錬だとか言って槍を振りまわし、王の胸像を破壊しましたからね。そして、それを止めようとした王宮警備官の何人かに、軽くですが怪我を負わせていましたね。これは間違いなく始末書ですね、カイが。まったく、しっかりお守をしていないからこうなるのですよ」
「ああ、そういえば、そういうこともあったな。そして、お前はそれを楽しそうに見ていただけだよな、ルーディ」
 カリーナも一緒になり、わざとカイの怒りをあおる。
 カリーナとルーディは互いに顔を見合わせ、にやりと笑い、ちらりとカイに視線を流す。
 瞬間、どかーんとカイが爆発した。
「姫ー! まったく、あなたは。ルーディ、お前も見ていないで、ちゃんと姫を止めろよ。っていうか、どうしていつも、わたしばかりなんだ!? ルーディも姫の護衛官なのに!」
 ばりばりと頭をかきむしり、カイが怒り泣き叫ぶ。
 ルーディはくいっと首をかしげ、にっこり微笑んだ。
「それはね、人徳の差ですよ」
「悪徳の差ではないのか?」
「ああ、それはたしかに」
 カリーナとルーディはそう言って、けらけら笑い出す。
 明らかに、カイをからかって遊んでいる。しかも、真面目に遊んでいる。
 それに気づいてしまい、カイはくらりと嫌なめまいを覚えた。
 同時に、このままこの二人に関わっていては、無駄な労力を費やすだけだとようやく気づいた。
「姫! ルーディ! 覚悟しておいてくださいね、後でたっぷりお説教をしますから!」
 びしっと二人を指差し、泣き叫びながら、カイがだっと駆けて行く。
「あはははっ。楽しみにしておいてやろう。さっくりと返り討ちだ」
 いじめられて逃げ出したカイを見送りながら、カリーナは愉快そうにけらけら笑う。
 本当に、カイをいじめて遊ぶのは、なんて楽しいのだろうか。
 からから笑うカリーナの横に、ルーディがぽすんと腰を下ろした。
 ふわりとカリーナの前髪をかきあげ、のぞき込む。
「さてと、そろそろ満足しましたか?」
 のぞき込むルーディの顔をじっと見つめ、カリーナはこくりうなずいた。
「……うん」
 ルーディはくすりと小さく笑い、すっと手を戻していく。
 同時に、顔もカリーナから離していく。
 そして、わざとらしく、横目でちらりとカリーナを見る。
「まったく、あなたという人は。好きな者ほどいじめたいって、子供ですか」
「うるさい、ルーディ」
 ぷいっと顔をそむけ、カリーナはぶうと頬をふくらませる。
 同時に、ルーディの額をべちりと叩いていた。
 その手をすっととり、ルーディはふうとため息をもらす。
 困ったように眉尻を下げ、カリーナを見つめる。
「カイと離れてそのように辛いのなら、最初から素直にカイのそばにいればいいでしょう。とりまきにするなどと心にもないことを言って、カイの気を引くためだけに、好きでもない王子とともにお茶をするくらいなら」
「うるさい、黙れ」
 カリーナはルーディの手をぶるんと振り払い、そのままばしっと胸を打ちつける。
 ぎらりと、鋭い眼差しをルーディへ向ける。
 その目は、どことなく潤みを帯びている。
 図星をさされてしまって、ばつが悪そうに唇をとがらせている。
 ルーディはふうと細い吐息をもらし、カリーナに優しい眼差しを注ぐ。
「たった一人、何よりも欲しい男が手に入らないなら、世界中のいい男をとりまきにし、世界一の男を手に入れる、とねえ。――くすっ。それは、欺瞞ですよ?」
 にやりと、ルーディは意地悪く笑む。
 瞬間、カリーナはかっと頬を赤くし、どんとルーディの胸を叩きつけるように押した。
 悔しそうにルーディをにらみつける。
「お前に、何がわかる」
「少なくとも、姫がとっても素直でないということだけはわかりますよ」
 胸をどんどんと打つカリーナの手を、ルーディはにやにや笑いながらがっちりつかみ、それ以上の攻撃をあっさり阻止する。
 カリーナは悔しそうに舌打ちをした。
「うるさい。知ったふうな口をきくのじゃない。……何もわからないくせに」
 ふいっと顔をそらし、カリーナは苦しそうに顔をゆがめた。
 きゅっと結ぶその唇が、小刻みに震えている。
 何かを誤魔化すように、何かをこらえるように。何かに怯えているように。
 ルーディは困ったように微苦笑を浮かべ、カリーナの肩を抱き寄せ、ぽんぽんと頭をなでる。
「はいはい、カリーナ姫、あなたも報われない恋をしたものですねえ」
 カリーナは頭をなでるルーディの手をぺしっと払いのけ、じろりとにらみつける。
「お前は本当、抜け目がなくて嫌いだ」
「それは光栄です」
 ルーディは涼しい顔でにっこり笑った。
 にらみつける目をふとやわらげ、カリーナはルーディの肩に頭をぽすっともたれかける。
 うつろな目で、苦しげにぽつりつぶやく。
「ルーディ、わたしは、いつまでこのままでいればいい?」
 からかいがちにカリーナを見るルーディの顔が、ふと曇った。
 そして、ふるっと首を一度横にふり、ぐいっとカリーナを抱き寄せ、その胸に抱きしめる。
「……姫、お辛いでしょうが、ずっと……一生です。おわかりですよね? あなたのお立場、そして、カイの置かれている立場」
 カリーナの耳に唇を寄せ、言い聞かせるようにルーディがささやいた。
 ルーディの吐息で、カリーナの髪がさわりと揺れる。
 カリーナは大きく体を震わせ、辛そうにこくんとうなずく。
 悔しそうに、ルーディの胸に顔をおしあてる。
 ルーディは、カリーナの頭をぽんぽんと優しくなでる。
 愛しそうに、見守るように、カリーナを見つめながら。
 覇王の妃などではなく、カリーナが本当に心から望むものは、抱く野望は――。
 それは、決して叶わない。叶えるには、犠牲を払いすぎる。
 そこまでの勇気は、そこまでのむちゃは、カリーナにだってできない。
 だって、野望が叶うと同時に、全てを失うことになるから。
 いちばん失いたくないそれを、悲惨なかたちで失うから。
 王女とそれに仕える者が結ばれるなどは、決してあってはならないこと。
 いちばん大切な人を守るためには、いちばん望むものを諦めねばならない。
 それが、この国の王女に課せられた、定め――。


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update:11/01/15