姫君と果てない野望(9)
カリーナ姫の野望

 緑の大地に、陽光がきらきら輝いている。
 これといって特出するものはなく、大きくも小さくもない中途半端な国。
 けれど、その自然がもたらす景色だけは、どこにもひけをとらない。
 風光明媚な土地が数多あり、あえて言うならば、それら自然を楽しむ観光を売りにしているといったところだろう。
 もちろん、丘の上の城から見渡すその景色も、絶景のひとつに数えられている。
 そのような国が、ここ、エメラブルー。
 ぷっくりと頬をふくらませ、眠い目をこすりながら、カリーナが朝食をとるために食堂の前へとやって来た時だった。
 ちょうど、前方からファセランもやって来た。
 ファセランは、カリーナに気づくと同時に、ふわりと笑顔を浮かべる。
 そして、颯爽とカリーナに歩み寄る。
「おはようございます、カリーナ姫。本日もよいお天気ですね」
「あら、ファセランさま。おはようございます」
 朝のお目覚めでご機嫌ななめだったカリーナに、さっと優雅さがたたえられた。
 本当に、こういうことにかけてだけは、素晴らしく即応でき、よく勘が働く。
 そこには、眠い目をこすり、むっつりとしていたカリーナの姿は欠片もない。
「朝食の前に、少しよろしいですか?」
 カリーナに歩み寄ったファセランがすっと顔を寄せ、耳打つように問いかける。
「それはかまいませんが……」
 いきなり近づいたファセランの顔にちょっぴり恥らうようなふりをして、カリーナはためらいがちに答える。
 ファセランの目をとらえ、にっこり微笑む。
 普通の男ならば、この仕草、眼差しだけで、いちころ。
 しかし、やはりファセランは普通の男とは違った。
「では、庭園の方へ。あなたにお話したいことがあります」
「え、ええ」
 流れるようにカリーナの腰に手をまわし、ファセランは当たり前のように促していく。
 さすがはその名をとどろかせる、理想的な王子様。カリーナの作戦に流されることなく、逆に主導権を握る。
 もしかすると、理想的な王子様なのではなく、したたかな王子様が正解かもしれない。
 どのようにすれば女性の受けがいいか、とっても心得ているよう。
 カリーナを口説きにやって来たというのも、あながち嘘ではないらしい。
 自らがよりよく見える術を心得ているのだから、この王子様は。……なかなかに、侮り難し。


 ありのままの姿を活かし、自然のままで作り上げられた均斉が美しい庭園に、カリーナとファセランの姿がある。
 小道に向かい合うように建てられた二つの東屋のうちの一つに、二人は入っていく。
 そして、花の芳香が心地よいそこへと、ファセランはカリーナを座らせた。
 自らも、さりげなくその横に腰を下ろす。
 手と手が触れ合いそうなほど、すぐ横に。
「あの……? ファセランさま?」
 くいっと首をかしげ、カリーナは不思議そうにファセランを見つめる。
 もちろん、これも、ファセランをたぶらかすためのカリーナの作戦のひとつ。
 裏がない限り、カリーナがこのようにかわいらしい仕草をするはずがない。
 どちらかというと、普段のカリーナは、椅子にふんぞり返り、その足の下にカイを敷いている様がよく似合う姫君なのだから。
 不思議そうに首をかしげるカリーナに、ファセランがふと切なげな眼差しを向ける。
 椅子に置かれたカリーナの手に、ファセランの手がさりげなくふわりと重ねられる。
 ファセランはどことなく悲しげに微苦笑を浮べ、ぽつりと語りだす。
 それは、意を決して、カリーナに、カリーナだからこそ告げるのですよ、とでも言っているかのよう。――つまりは、カリーナは特別だと……。
「ほのかに思いを寄せていた姫が、婚約をしましてね。――では、この傷心を癒すにはどうすればよいか……?と考えた時、ふと思ったのですよ。これは、世に並ぶ美姫はいないと噂のあなたを拝見し、傷ついたこの心の慰めになればと」
 ファセランは、重ねる手にきゅっと力をこめる。
 すいっと、カリーナへ身を寄せる。
 カリーナはさりげなさを装い、少しだけ身を引く。
 それから、ちらりと流すようにファセランに視線を向け、はにかんだような微笑を浮かべた。
「まあ、そのようなお戯れを。ふふふ……」
 わたしが美姫か、この男、なんと正直者なのだ、と間違いなく内心は得意になっているだろう。カリーナのことだから。
 しかし、それを悟らせないように、カリーナはしとやかぶりっこを続ける。
 本当ならば、今すぐにでも、かかかと高笑いをはじめたいところだろう。
「戯れなどでは決してありませんよ。カリーナ姫、まこと、あなたは美しい」
 ファセランは、握るカリーナの手を胸の前まであげてきて、両手で包み込む。
 ファセランの顔が、すっとカリーナの顔に寄せられる。
 ぱちくりと目をしばたたかせるカリーナと視線が合うと、ファセランは極上の笑みを落とした。
 カリーナとファセランがいる東屋の横の茂みが、風にでも吹かれたのだろう、がさりと小さな音を立てる。
 そのまま、風がやって来た方、風上へと視線を移していくと、すぐそこの大樹の陰に二人の男の姿があった。
 その木に隠れるようにして、カリーナとファセランの様子をうかがっている。
「あの王子、歯の浮くような台詞を、よく恥ずかしげもなくぬけぬけと言えるものですねえ」
 呆れたように、のぞく男の一人――ルーディが、目をすわらせている。
 呆れるというよりかは、あの王子≠馬鹿にしているふうさえある。
 よく、あのはちゃめちゃ姫を口説こうという気になったものだ。
 よほどの物好きか、単なる馬鹿か……とでも言いたいのだろう。
「まったくだよ。姫に取り入ろうとしても、そうはいかない」
 がりっと幹に爪をたて、もう一人の男――カイが、いまいましげにはき捨てる。
「いや、カイ。それは、君の勘違いですよ」
「何だって? ルーディ」
 ルーディは、ファセランに向ける眼差しそのままを、横のカイへ向ける。
 瞬間、ぎらりと鋭いカイの視線が、ルーディにつきささる。
 けれどルーディは、その視線をさらりとかわし、楽しげににやにや笑い出した。
「勘違い勘違い。カイの目は節穴ー。盲目すぎます」
「姫は世界一かわいいんだよ!」
 けろりと貶めていくルーディの胸倉を、カイはがしっとつかみ上げる。
 いまいましげに、ルーディをにらみつける。
 胸倉をつかむカイの手をぽんぽん叩きながら、ルーディはにたりと笑った。
「あー、はいはい。では、そういうことにしておきましょう。――美しいではなく、かわいいね、かわいい。……くすくす。本当、カイは正直ですねえ」
 そう言いながら、ルーディはあっさりとカイの手を胸から放していく。
 カイは、何故だかとっても馬鹿にされたような気がして――気がするどころか、間違いなく馬鹿にされているのだけれど――その場で悔しそうにじだんだを踏む。
 そしてまた、がしっと幹にしがみつき、カリーナたちがいる東屋をにらみつけるように見つめる。
 カイの背では、ルーディが困ったように肩をすくめた。


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update:11/01/19