姫君と果てない野望(11)
カリーナ姫の野望

「……カイ、だから言っているだろう。そんなに怒ってばかりいると、はげる――」
「これが怒らずにいられますか! よりにもよって、あの王子、姫に、姫に……っ!」
 ぼふっと長椅子にうずまり、ふんぞり返るカリーナの前で、カイは体全部を震わせ憤っている。
 ぽりぽりと興味なさそうに耳をかき、カリーナはあらぬ方向へ視線をはせ、さっぱりまともに相手をする気がない。
 しまいには、退屈そうにふわあと大きくあくびをひとつし、すぐ横に控えていたルーディに、「おい、茶。のどがかわいた」と言い放つ始末。
 カイの言い分など、右の耳へ入って、そのままさらっと左の耳から出してしまう――はずだったけれど。
「おい、待て。お前、もしかしなくても、のぞき見していたのか?」
 ずどんと、カリーナの目がとっても面白くなくすわる。
 胸の前で両手を握りしめ嘆くカイに、カリーナはげしっとひと蹴りお見舞いする。
 かくんと、カイの膝がおれる。同時に、びくんと大きくカイの体が震えた。
「そ、それは、その……っ」
 明らかな動揺の色を見せ、カイは口ごもる。
 すっとそらされ泳いでいるその目が、図星であることを語っている。
 よりにもよって、主の、あのカリーナ姫の逢瀬をのぞき見しようなどとは、なんと不逞野郎なのだろうか。なんと命知らずなのだろうか。
 はっとそのことに気づき、カイは身構えた。
 しかし、一向にカイに降りかかる鉄拳はない。うつむくカリーナがいるだけ。
 カリーナは、こっそりと、カイに見えないようにほにゃっと顔をくずしていた。
 けれどすぐに、その顔をきっとひきしめ、がばりと上げる。
 馬鹿にするようにカイを見つめる。
「……まあ、いい」
 むっつりすねたように、カリーナははき捨てた。
 その言葉に、カイはぱっと顔を華やがせる。
 どうやら、お見舞いされるはずの鉄拳がなかったことに、安堵しているらしい。
 いや、そうではなくて、もっと別の……。
 長椅子にずずずーとうまっていくカリーナの肩をつかみ、カイは迫るように顔を近づける。
 まっすぐなその眼差しが、逃がさないとばかりにしっかりとカリーナをとらえる。
「では、さっさと断ってくださいね! あの王子、きっと本気ですよ! 本気で姫を……!」
「昨夜言っていたことと、ころっとまるっと一八〇度違うぞ」
「……くっ」
 ぷいっと顔をそらし、カリーナは馬鹿にするように言い放つ。
 カイはばつが悪そうにきゅっと唇を噛む。
 悔しそうに、カリーナの両肩から手を放していく。
 まさしく、そう。昨夜までは、昼間のぞき見するまでは、カイはそうだと思っていた。
 ファセランは、本気でカリーナを口説こうとはしていなかった。
 あわよくば……という気色は満ち満ちていたけれど、本気ではなかった。
 本気で、カリーナを手に入れようとはしていなかった。
 しかし、昼間目にしたファセランは、まるで恋する男のように見えた。
 優しい目でカリーナを見ていた。
 気づかなくてもいいのに、カイが惹かれてやまないカリーナの魅力に、ファセランもまた気づいたのだろう。
 それで悟れないほど、カイは鈍くはない。
 間違いなく、あの瞬間、ファセランはカリーナに恋をした。
 それがわかってしまうから、カイとしては、カリーナには一分一秒でも早く、さっくりとファセランをふって、追い返してもらいたい。
 こうなってしまった今は、とりまきなどは言語道断。
 悔しそうに顔をゆがめるカイを楽しげにまじまじ見つめながら、カリーナは不敵な笑みを浮かべる。
ルーディが差し出すカリーナお気に入りの茶葉で入れたお茶のカップを、ことりと持ち上げ、鼻の前で湯気をふわりと広げる。
 本当に、なんと甘くていい香りなのだろう。
「それに、そうだな。悪い話ではないと思うぞ? むしろ、早々にわたしの勝利か? 噂に名高いあの王子も、わたしの魅力にはころっといったようだな。ふむ、とりまきの一人にしてやろう」
 くくくと、企むようにカリーナは笑う。
 カイの顔から、さあと血の気が引いていく。
 カリーナのその発言がなくとも、すでに洒落ですむ段階ではなくなっている。
 洒落ですむのならば、カイだってこんなに焦ったりはしない。
 カリーナが言っていることは、珍しく本当。当たっている。
 きっと、ファセランはカリーナにころっといってしまった。
 一体どこでころっといったのかはわからないけれど、しかし、カリーナを見つめるファセランのあの目を見ていたら……。
 カイの胸が、いらいらとざわつく。
 カイのいらだちをあおるように、すぐ横で、妙に落ち着いてルーディがため息をついた。
「まったく、そう言って、これまで一人でもとりまきにできたことがありましたか?」
「ルーディ、うるさいぞ!」
 カリーナは、お茶を飲み干したカップをべしっとルーディに投げつけ、おまけにげしっとひと蹴りお見舞いする。
 さすがはカリーナ姫。自他共に認める乱暴者。
 しかし、カリーナの上手をいくのがルーディ。投げつけられたカップを、足蹴にされつつもあっさりと受け取っていた。
 そして、ことりと小卓の上に置く。
 ――そう、カリーナは、あれだけとりまきとりまきと叫んでいるにもかかわらず、まだ一人もとりまきにできていない。
 いや、できなかったわけではない、しなかっただけ。
 とりまき……というか、本気でカリーナに迫った男は何人もいたけれど、それら全て、さりげなさを装い、カリーナは遠ざけていた。
 いい男は全てとりまきにすることが野望とは言っているけれど、本気でそうしようと思っているわけではないのだろう。
 真剣みがないようにも見える。
 まるで、何かを、自らの気持ちを誤魔化すようにすら……。
 ぎんとするどい眼差しを向け、カリーナはいまいましげにルーディをにらみつけている。
 それから、すっと右手を出し、「茶だ、茶。さっさとおかわりを持って来い!」と怒鳴る。
 たしかに、悔しいけれど、ルーディの言う通り、それ≠ヘ、欺瞞。
 自らの心を誤魔化すためのものなのだろう。
 そして、いざそれを実行しようとすると、胸が張り裂けそうに痛み、カリーナはついあいつ≠フ姿を探してしまう。だから、結局できないでいる。
 あいつ以外の男なんて、どんなにいい男だろうと、たとえ世界一の男だろうと、欲しくなどない。
 本当に欲しいのは――。


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update:11/01/26