姫君と果てない野望(13)
カリーナ姫の野望

 見渡す限りの緑の丘の上に、古めかしい城がある。
 その麓に広がるように、活気あふれるにぎやかな街がある。
 けれど、その街から一歩出れば、目を見張るほどの絶景が広がっている。
 緑の草原。青い湖。奇怪な山。動物が戯れる森。
 そこは、自然に愛された、恩恵を惜しみなく受けた土地。
 美しく、風光明媚な土地が、この国には数多ある。
 ――さかのぼること、今より二年ほど前。
 この国の中でもとりわけ美しいその街に、一人の少女と一人の青年の姿があった。
 街の中心に位置する噴水の広場。
 飛び散るしぶきが、陽の光を浴び、宝石のようにきらきら輝いている。
 ここは、王のお膝元、王都エメラルディア。
「おい。手、怪我をしているぞ」
「……え?」
 かちりとカイが鞘に剣を戻すと同時に、そう声がかかった。
 不思議に思い振り向くと、そこには、腰に両手を当て、ふてぶてしく立つ少女がいた。
 剣をおさめたばかりのカイの手を、穴があかんばかりにじっと見つめている。
「ほら、これでも巻いておけ」
 そうかと思うと、胸元からおもむろに白い絹の手巾(ハンカチ)を取り出してきて、それをカイについっとつきつけた。
 ふわりと優しい風が吹き、少女が手に持つ手巾が揺れる。
 その時、ちらりと、何かの紋章のような刺繍が、カイの目にとまった。
「汚れるよ」
「かまわん」
 カイが眉尻を下げさりげなく辞退を申し出ると、さっくりと少女が却下する。
 さらにずいっと、手巾をカイにつきつける。
 カイは思わず目を丸くし、けれどすぐにくすりと小さく笑いをもらしていた。
「それじゃあ……。ありがとう」
 少女が突き出す手から、カイは手巾を受け取る。
 すると、少女は得意げににっかり笑った。
 そして、カイの腕をぐいっと引き、噴水を囲う低い塀に腰を下ろさせようとする。
 促されるまま、カイは何故だか素直に、そこに腰を下ろした。
 カイの横に、少女もちょんと腰を下ろす。
 そこから、じいとカイを見上げる。
 それを横目に見ながら、カイは差し出された白い手巾を、血がにじむ手の甲にくるりと巻きつける。
「お前、この国の者か?」
 隣に座る少女が、不遜にカイに問いかけた。
「え? いや、違うよ。今日、この街に来たばかりだよ」
 カイが答えると、少女は何やら一人納得したように、ふむとうなずいた。
 そして、にやりと得意げに微笑む。
「そうか。ならば、お前、わたしの護衛官にならないか?」
「……はい?」
 そのとんでもない申し出というか発言に、カイは思わず口をぱっくり開けてしまった。
 この少女は、いきなり何を言い出すのか。
「何だ、疑っているのか? わたしは、この国のれっきとした第一王女、カリーナさまだぞ」
 カイがあっけにとられたように少女――カリーナを見つめると、カリーナもまた非難するようにカイを見つめる。
 面白くなさそうに、ぶうと頬をふくらませる。
 たしかに、この手に巻く手巾に施されていた刺繍は、この国の王家の紋章。
 そこより、それを目にした瞬間、カリーナが何者であるか、カイはすでに悟っていた。
 よって、カイがあっけにとられているのは、カリーナが王女であるということではなく、もうひとつの方で……。
「いや、そうじゃなくて……。よく得体の知れない者に……」
 カイはがっくり肩を落とす。
 ――そう、そこ。よく得体の知れない者に、自分の命にかかわるような誘いをかけられるものである。
 このお姫様は、果たして、自分がどれほど重大なことを口にしたのかわかっているのだろうか?
「まあ、そうだが。だけど、お前、悪い奴ではないだろう」
「え……?」
 カリーナはやはり得意げに、カイににっと笑ってみせる。
 カイはまた、目を見開くことになった。
 先程から、このお姫様は、本当になんてむちゃくちゃなことばかりを言うのだろう。
 出会ったばかりの男、しかも、男数人を斬りつけ剣を鞘に戻したばかりの場面を目撃しただろうに、それでもそのような発言をするとは。
 果たして、よほどの目利きか、それともたんなる甘やかされ平和ぼけしたお姫様か――。
 驚くカイに、カリーナは面白くなさそうにぶうと頬をふくらませる。
 両足を、ぶーらぶーらと、やっぱり面白くなさそうに揺らす。
「だって、誰も助けようとしなかったさっきのあの子供を、お前は助けたし、それに、その目。そのような澄んだ目をした奴に、悪い奴などいない」
 カリーナはすねていたかと思うとまた得意げに微笑み、まっすぐにカイの目を見つめる。
 たしかに、まだ幼い子供が、先程蹴散らしたばかりのごろつきどもにからまれているところを、カイは助けたけれど……。助けるかたちになったけれど……。
 だからって、それだけで?
 ただたんに、いらついていて、いい鴨であるごろつきどもに八つ当たっていただけかもしれないのに?
 その他の可能性を考えず、そのひとつだけを、このお姫様は自信たっぷりに信じているのだろうか。
 カイはますます脱力感に襲われてしまう。
 このお姫様は聡いのか、それともやはり、たんなる能天気娘なのか……。
「あのね、だからって――」
「自慢じゃないが、わたしは、これでも人を見る目はないんだ」
「それじゃあ、駄目じゃないか!」
 カイの言葉を遮るように、カリーナはふんぞり返り自信たっぷりにそうきっぱり言い切る。
 思わず、カイは声を荒らげていた。
 本当に、呆れる。呆れるというか、このお姫様のむちゃくちゃな調子には、理論には、カイはついていけない。


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update:11/02/05