姫君と果てない野望(14)
カリーナ姫の野望

 ぐったりするカイの背をばしんと力強く叩き、カリーナは得意げに微笑む。
「まあ、何だ。とにかく、わたしはお前が気に入った。だから、護衛官にしてやる。来い。どうせ職にあぶれているのだろう」
 カリーナはにやりと意地が悪い笑みを浮かべる。
 言葉から態度まで、どこまでも不遜きわまりない。
 カイはもう抗うことすら諦めてしまったらしい。
 はあと、大きなため息をつく。
「はあ……。やれやれ……」
 そして困ったように、けれどどこか優しい気持ちで、かかかと高笑いするお姫様を見る。
 まあ、たしかに、カイは行くあてもなくふらふら旅をしていたので、途中でちょっぴり長い寄り道をしたところでたいしたことはない。
 それに、何故だか、もう少し、このお姫様のことを知りたくなってしまった。
 供も連れずに、こうも堂々と一人で城下を歩く、自信に満ちたお姫様のことを。
 そこには、力強い澄んだ魂すら感じられる。
 何より、このわがままお姫様からは、どうも逃げられそうにない。
 ここは、満足するまでつき合った方が賢明だろう。
 相手は、仮にもお姫様。さからっては、そのまま投獄すらされかねないだろう。
 だって、このお姫様はめちゃくちゃだから。
 きっと、常識でさえも、そのはちゃめちゃぶりで覆してしまうだろう。
 噴水のしぶきがぱしゃりとかかり、「うっきゃー」と奇声を発し楽しむカリーナを、カイが困ったように見て、そう決心した時だった。
「姫ーっ!」
 前方から、血相を変えた男が数人、駆け寄って来る。
 一人はこの国の護衛官の制服を着て、残りの数人は王都守備官の制服を身にまとっている。
「ああ、ルーディ。ちょうどいいところに来た」
 駆け寄る男たちに気がつくと、カリーナはすっと足を組み、ちょいちょいと手招きをする。
「ちょうどいいところではないでしょう、姫! あなたという方は、また城を抜け出して! 抜け出すことは止めませんから、せめて護衛の一人や二人はお連れ下さいと言っているでしょう! あり得ないとは思いますが、もし姫に何かあれば、わたしの首が危ないのですからね。まったく、迷惑な!」
 カリーナは、きーんと耳に響くその叫び声にしかめっ面をする。
 どことなく、その発言は、純粋に姫君を心配してのものとは思えないものがあるけれど、そこは恐らく気にしてはいけないだろう。
 カリーナの目が、とっても不服そうにずんとすわる。
 べしっと、平手でルーディの胸を打ちつける。
「頼りない、むしろいざという時わたしが助けねばならん護衛などいらん」
 ぷいっとそっぽを向き、カリーナはきっぱり言い捨てる。
「また、姫は……」
「ああ、すまんすまん。反省している。次からは気をつけてやる」
 非難がましい眼差しをじっと向けるルーディに、カリーナは抑揚なくさらりと適当に、やはり言い捨てた。
「まったく。これっぽっちもすまないと思っていないどころか、馬鹿にしているでしょう」
「当たり前ではないか」
「姫!」
 呆れたようにため息をつくルーディに、カリーナはけろりと言い放ち、けらけら笑い出す。
 あまつさえ、ばしばしと膝を打ち、大笑いをはじめてしまった。
 からから笑うカリーナの腕を、ルーディが乱暴にがしりとつかむ。
 それから、やはり乱暴にぐいっと立ち上がらせる。
「とにかく、さっさと城へ帰りますよ」
 しかし、さすがはカリーナと言うべきなのだろうか、げしっとルーディに蹴りをひとつお見舞いし、腕をつかむ手を振り払う。
 そして、にやりと企むような笑みを浮かべる。
 あっけにとられ、カリーナとルーディのやりとりをぼんやり見ていたカイの肩が、ぽんと叩かれた。
「それよりもな、ルーディ、お前の仲間だぞ。この男、今日からわたしの護衛官にすることにした」
「はあ!?」
 ルーディがすっとんきょうな声を上げる。訝しげに、カリーナとカイを交互に見つめる。
 カイの肩から手を放し腕組みをし、カリーナはふんぞり返る。
「腕はわたしが保証する」
「姫の保証ほど、あてにならないものはありませんけれどねえ……」
 じとりとカリーナを見つめ、ルーディは盛大にため息をもらす。
 その背では、ともに連れられて来た、まだ任官したてだろう若い守備官たちが、おろおろとしながら成り行きを見守っている。
 しばらくカリーナとルーディの無言のにらみ合いが続いたかと思うと、ルーディが諦めたように、もう一度大きくため息をついた。
 そして、カリーナの肩を抱き、ぐいっと引き寄せる。
 瞬間、カイの顔がどことなく不愉快にゆがんだ。
 カリーナを抱き寄せるルーディを、にらむようにじっと見つめる。
「まあ、いいでしょう。さすがに、姫付きの護衛官がわたし一人では身がもちませんからね。姫が腕を認めるというのなら、それなりではあるのでしょう。わたしほどではないでしょうけれど」
「ははは。さすがルーディ。むかつくほど自信たっぷりだな」
 ばしばしとルーディの胸を叩き、カリーナは楽しげに笑う。
「お誉めに預かり光栄ですよ。まあ、あなたほどではありませんけれどね。――それで……そこの君、名は?」
 カイへすっと視線をやり、ルーディがそう問いかける。
 お姫様とその護衛官のある意味とんでもないやりとりに、むかむかと胸に面白くない感情を募らせていたカイが、はっと我に返った。
「は?」
「ですから、仕方がないので、姫のわがままを聞き、とりあえず城へは連れて行ってあげますよ。採用するかどうかはそれからですけれどね」
「ルーディ! わたしが雇うと言っているのだから、絶対に雇うのだ!」
 べしっ、げしっと、手と足で同時にルーディに攻撃を食らわせ、カリーナはめいっぱい抗議する。
 姫であるカリーナの言うことが聞けぬというのかと、なんだかむちゃくちゃなところでむちゃくちゃな権力を大いに発揮する。
 しかし、それでもさっぱりひるまないのが、ルーディ。
「しかしねえ、相手の意思というものがあるでしょう」
「そんなものは必要ない」
「はいはい、さようですか」
 カリーナはやはりきっぱりと、自信たっぷりに言い切る。
 さすがにそこまで言われては、ルーディとてもうまともに相手になどしない。
 もとからまともに相手にしていないけれど。
 このお姫様に常識を求めることからして間違いだと、よーくわかっている。
 腕の中で暴れるカリーナをさっくり無視して、ルーディはカイに改めて尋ねる。
「それで、名は?」
「え、えっと……。カ、カイ……」
 カイは戸惑いがちにそう答えた。
 すると、ルーディの腕の中で攻撃をしつつもちゃっかり聞いていたのだろう、カリーナがにっこり笑う。
 ルーディに抱かれるそこからすっと腕をのばし、カイへ手を差し出す。
「カイ、ほら、行くぞ」
 そうはじめてカイの名を呼び、カリーナは得意げに微笑む。
 驚いたように目を見開き、けれどすぐにふと表情をゆるめて、カイは白い手巾を巻いた手でその手をとる。
 カリーナの手とカイの手が、互いにきゅっと握り締められる。
 ルーディに連行されるカリーナに引きずられるようにして、カイはわたわたと城へ連れられていく。
 そして、その後すぐ、カイは見事、この国の第一王女の護衛官の任を手に入れた。


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update:11/02/12