姫君と果てない野望(16)
カリーナ姫の野望

 おろおろと見つめるカイに、カリーナは幸せそうに笑みを浮かべる。
 先程から、まるで、カイがいっぱいカリーナを心配し、そしてやきもちをやいているように見えるから。
 だから、自然、カリーナの頬は、ほにゃんとゆるんでしまう。
 たとえ真意は別のところにあったとしても、これほど一生懸命、カイはカリーナのことを考えていると思うだけで、カリーナはとても幸せな気持ちになれる。
「とにかく、わたしはファセランと食事をする。お前たちは下がっていろ」
 けれど、カリーナはそれをおくびにも出さず、むしろカイとルーディを邪魔者扱いする。
「ひ、姫!?」
 カイがさらにうろたえたように、顔の色を悪くしていく。
 カリーナの胸の中のすみっこの方が、くすぐったい。嬉しさで満ちあふれる。
 カイがうろたえればうろたえるだけ、比例するようにカリーナの胸は熱くなる。
 ぐいっと椅子の背にもたれ、カリーナは両腕を組み、見下ろすようにカイへ告げる。
「命令だ。下がれと言っている」
「ぜ、絶対に嫌です!」
 カイはずずいっと身を乗り出し、カリーナに迫る。
 鬼気迫った目で、まっすぐにカリーナを見つめる。
 その目は、たとえ殺されたって譲る気はないと言っている。
 ますますカリーナの胸が、くすぐったくなる。あたたかくなる。
 けれどやはり、カリーナはうっとうしげにカイを見つめる。
 ほうと一つ、面倒くさそうに吐息をもらす。
「ルーディ、それをつまみ出せ。ついでにお前も消えろ」
 カリーナはじとりとルーディに視線を向け、ついっとカイを指差す。
 するとルーディは、こくりとうなずき、やる気なく答える。
「はいはい。人払いですね? しておきますよ」
「ああ、頼んだぞ」
 カリーナがそう言うと同時に、ルーディによってカイの首根っこがぐいっとつかまれた。
 それから、嫌がるカイをずーるずーる引きずり、館の中へ入って行く。
 その後を、給仕の者たちが、慌ててついて行く。
 唯一、カリーナに常に側にいることを許されている、稀有な護衛官のカイとルーディが追い払われたということは、もちろん、そこに給仕たちがとどまることなど許されない。とどまったならば、間違いなく無慈悲な方法で殺される。
 露台に続く扉が、ぱたんと閉められた。
 扉の向こうに人の気配がなくなったことを確認し、ファセランはカリーナと向かいあう椅子に腰を下ろしていく。
 円卓に両肘をつき、組んだ手にちょんと顔をのせ、ファセランはカリーナににっこり微笑みかける。
「これは、カリーナからの熱烈な求愛だと思ってもいいのかな? 護衛どころか、給仕まで皆下がらせて」
「ファセラン、いい加減にしろ。それでは、たんなる誤魔化しにしかならないぞ」
 先程、給仕が無度数の酒をついだ硝子杯を、カリーナはすっと持ち上げ、一口ぐいっと飲む。
 そして、こつんと小さな音を鳴らせ円卓に置き、じとりとファセランを見る。
 ファセランは驚いたように目を見開き、ふうと細い吐息をもらすと、やれやれと肩をすくめた。
 それから、乗り出していた上体を戻し、どすんと椅子の背にもたれかかる。
「誤魔化し……か。まあ、たしかにそうかもしれないね」
「そうだ。いちばん欲しい相手が手に入らないからと、代用を求めるな。っていうか、そもそも、わたしを身代わりにしようなどという時点で、万死に値するがな」
 どんと円卓を叩き、カリーナはいらだたしげに言い捨てる。
 ファセランの肩が、どこか切なげにすくめられる。
 それから、試すようにカリーナに微笑みかける。
「あははは。それは、あなたにも言えることでしょう。いちばん欲しい相手が手に入らないからと、その他大勢の男を、まして世界一の男を手に入れようなどとは」
「な……っ!? ど、どうしてそれを……!」
 がたりと大きく椅子を鳴らし、カリーナの体勢がずるりとくずれる。
 それから、いそいそと体勢を立て直し、ぎろりとファセランをにらみつける。
 まったくもって、なんたる失態か。
 この男の前で、思いっきりうろたえてしまうなど。
 カリーナさまとあろう者が、なんと情けないことだろう。
 どぎまぎするカリーナに、追い討ちをかけるようにファセランがにっこり笑う。
「これまでのことを考慮すれば、至極簡単だよ」
「くっそー!」
 椅子に座ったそのままで、カリーナは悔しそうにじだんだを踏む。
 それに合わせ、円卓ががたがた鳴る。
 ファセランはおかしそうに、そして見守るように、カリーナを見つめている。
 それから、ふと互いに視線を合わせ、ゆっくり顔を合わせていく。
 互いに互いへと、ずいっと顔を近づける。
 まるで悪巧みでも告げるように、カリーナとファセランはささやき合う。
「どうやら、我々は同士のようだね?」
「そうだな」
 カリーナは得意げににやりと笑う。
 ファセランも、妙に清々しくにっこり笑った。
 それから、互いにすっと上体を戻していき、どかりとまた椅子の背にもたれかかる。
「まあ、とりあえず、気がすむまで、あがけるだけあがくとする。本当に欲しいものは、決して手に入らないとわかっているからな」
 どこか吹っ切れたように、あるいは自らに言い聞かせるように、カリーナは微笑を浮かべる。
 ファセランは困ったように微笑んだ。
「さすがカリーナ。後ろ向きに前向きだね」
「積極的に後ろ向きなのだよ。手に入らないなら、とことん困らせてやるだけだ」
 ファセランの言葉を即座に訂正し、カリーナは得意げに微笑む。
 それから、かかかと、高笑いをはじめた。
「本当に、あなたという人は……」
 一人高らかに笑うカリーナを見守るように見つめながら、ファセランはぽつりつぶやく。
 そして、涼やかな風に吹かれながら、視線を煌々と輝く月へすっと移していく。
 月光は等しく皆を照らすのに、望みは、幸せは、等しくもたらされることはない。
 なんと皮肉なことだろう。
 望むものはたったひとつ、些細なことなのに、どうしてこうも上手くいかないのだろうか。
 とりわけ、苦しみを、悲しみを誤魔化すように、高飛車に笑うこの姫君に――。
 本当は辛いはずだろうに、その強がる姿に、ファセランの胸に妙に愛しさがこみあげてくる。
 なんということだろう。


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update:11/02/26