姫君と果てない野望(17)
カリーナ姫の野望

 どすんと体をうずめる長椅子の背に両肘をのせ、カリーナはうっとうしげにはき捨てる。
 昨夜の夕食の後から、カイはずっとこの調子。
「……カイ、いい加減にしろ。じめじめじめじめうっとうしい」
「で、ですが、姫ってば……」
 まったく、こんなきのこを栽培するような男に側にいられては、カリーナまで気が滅入ってしまいそう。
 本当に、いい加減にしてくれ。
 まるで捨てられた子犬のように、訴えるようにうるんだ瞳でカリーナを見つめてくれるな。
 いろんな意味で、危険、危ない。カリーナの理性が。
 そんな思いを押し殺し、カリーナはつとめて平静を装う。
「ああ、もう、はいはい。わたしが悪かった。もうファセランとは二人きりにならない」
 カリーナはひらひらと手をふり、おざなりにとりあえずそう答える。
 だって、カリーナは知っているから。カイがどうしていじけているのか。
 そして、どの言葉を望んでいるのか。
 わかってしまうから、あえて意地悪をして、わからないふりをしている。
 けれど、さすがに、そろそろ本当にやばい。カリーナの理性が。
「本当ですね!?」
 ついに望む言葉をカリーナがはき出すと、カイはぱっと顔を華やがせた。
 そして、嬉しそうにカリーナに詰め寄る。
 カリーナは、カイのその顔をぐいっと押さえつけ、押し返す。
 それ以上顔を近づけられては、本気で危険だから。カリーナの理性が。
 どうしてカイは、そう、カリーナ好みの顔をしてくれるのだろうか。
 そのような顔を見せられると、忍耐というものがぐらぐら揺れて、カリーナはますますカイをいじめたくなってしまう。
「本当だ。……昨日は、その……ちょっと、二人だけで話したいことがあったから……」
「二人だけで?」
「それ以上は聞くな」
「……はい」
 カリーナがつき放すように言うと、カイはしょぼんと、耳としっぽを垂れる。
 本当に、なんといじめ甲斐がある男なのだろう。
 カリーナの一挙手一投足で、こうもころころと感情を変化させるのだから。
 なんて、カリーナ好みのへたれなのだろう。
 なんて、カリーナを嬉しくしてくれるのだろう。
 そんなに思いをたくさんぶつけられては、カリーナの理性は吹き飛び、そのままカイの胸に飛び込みそうになってしまう。
 しかし、それは許されないことを知っているので、ぎりぎりの理性でどうにか押しとどめる。
 ちらりちらりと、やっぱり訴えるように見つめるカイに、カリーナはあてつけるように大きくため息をもらす。
 それから、長椅子背にかけていた両肘を戻し、すっと立ち上がる。
 背をまるめ膝を抱え込み、床に見事な幾何学模様を描くカイの目の前に手を差し出す。
「じゃあ、来い。カイ、城下へ行くぞ」
「はい!?」
 カイはがばっと顔をあげ、目を見開きカリーナを見つめる。
 心なしか、その目は、拾ってもらえた捨て犬のように輝いている。
 そんなカイを目にしては、カリーナの理性とか忍耐とか、いろいろなものが、ぐらりと大きく揺れる。
 けれどきっと顔を引き締めて、あえて馬鹿にするようにカイを見下ろす。
「あのなー、お前、わたしの護衛官なら察しろよ。ファセランがやって来てからの三日間、ずっと城に閉じ込められっぱなしなのだぞ? これが、どういう意味かわるよな?」
 カリーナはつんと顔をそむけ、むうと頬をふくらませる。
 するとカイは、ふわり頬をゆるめ、くすりと笑った。
「……嗚呼、はいはい。嫌というほどに」
 そして、うんざりといった様子を装い、そう言い捨てる。
 けれど、その目はとっても嬉しそうにきらめいている。
「理解が早くて助かる」
 カリーナはぷいっと顔をそむけつつ、けれど手はカイに差し出したまま、ぶっきらぼうにつぶやいた。
 カイはすっと立ち上がり、カリーナが差し出す手をきゅっと握る。
 ぴくりと、カリーナの肩が動き、カイの手をさりげなく握り返した。
 それに気づき、カイもこっそり微笑を浮かべる。
「それで、今日はどちらへおでかけに?」
「そうだなー……久しぶりに、あそこにでも行ってみるか」
 ぷいっとそむけていた顔を戻し、カリーナはむむーと首をかしげる。
 カイはにっこり微笑んで、ためらいなく答えた。
「ああ、街の中央の噴水広場ですね?」
 カイはくすりと笑い、握るカリーナの手をさっと引き寄せる。
 カイの肩に、カリーナの頬がとんと触れる。
 そのまま、カリーナはカイの肩に顔をぽすんとのせ、得意げに微笑む。
「そうだ。わたしのいちばんのお気に入りの場所だ」
「わたしたちが出会った場所ですね」
 くすくす笑い、肩にもたれかかるカリーナを、カイはさっとその腕の中に抱き寄せる。
 カリーナは驚いたようにカイを見て、嬉しそうにほにゃっと顔をくずした。
 それから、握るカイの手を引き、軽い足取りで部屋を後にして行く。
 ――背に、カイの気配を感じる。
 泣きたいくらい幸せ。
 カイはちゃんと、カリーナとの出会いの場所を覚えていてくれた。
 それが、どうして、これほど嬉しいと、幸せだと思えるのだろう。
 背に熱を、胸にくすぐったさを感じながら、それに気づかれないように必死に誤魔化し、カリーナはいつもより乱暴にカイの手を引く。
 カイはそのようなカリーナを愛しそうに見つめながら、ぶうぶう不平を言いつつついて行く。


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update:11/03/05