姫君と果てない野望(19)
カリーナ姫の野望

 街へのお忍びごっこを終え、カリーナとカイは城に帰ってきた。
 城門をくぐると同時に、何やら悪寒のようなものがはしった。
 これは、とっても嫌な予感がする。
 けれど、それをあえて気にしないようにして、カリーナはずんずん進み、館に足を踏み入れた。
 すると、そのような二人を待ち構えていたのは……。
「まあ、カイを連れて出たことは進歩したと誉めて差し上げましょう。――しかし、城を抜け出してはいけませんと、いつも言っているでしょう!」
 憤怒の形相でそう迫る、護衛官長ダリルのお説教。
 カリーナはぷいっと顔をそらし、とっても不服そうにふんぞり返る。
 それから、いまいましげに、お説教をするダリルをにらみつける。
 カリーナの背では、カイがおろおろと二人の様子を見守っている。
 なんとも情けないカイに、案の定、白羽の矢が立つ。
「それに、カイ。お前がついていながら、姫をまんまと逃亡させるなどとは……!」
 カリーナにお説教をしても無駄だと早々に悟ったのか――悟るまでもないけれど――矛先がカイへ変わった。
 カリーナを押しのけ、ダリルはカイへと迫る。
 思いっきりじりじりと後退しながら、カイは哀願するようにダリルを見つめる。
 ダリルの肩越しに、馬鹿にするように笑うカリーナの姿がカイの目に入った。
「護衛官長、そうきりきりしていると、はげる――ああ、もう手遅れか」
「姫ー!!」
 暴言をさっくり言い放つカリーナに、カイの悲鳴に似た雄叫びが上がる。
 ただでさえご立腹なのに、怒りをおあるようなことを、よりにもよって今言わないでくださいとばかりに。
 カイの目から、ほろりと涙がこぼれそうになる。
 同時に、ダリルの怒声が響いた。
「今度という今度は許しませんよ。お仕置きです!」
 ぐるんと振り返り、めっとたしなめるようなダリルの厳しい視線が、カリーナに注がれる。
 しかし、それでも変わらず、カリーナはふてぶてしい態度のまま。
 腕組みをして、逆にダリルを威嚇する。
「仕置きだと? お前が、このわたしにか?」
「はい。もう容赦しませんよ。――カイ、来い」
「……へ?」
 またしても、何故だか白羽の矢を立てられ、カイはぽけらっと呆けたように口を開ける。
「来いと言っている」
「は、はい」
 たたみかけるように言われ、カイは焦ったように、言われるままダリルへ歩み寄る。
 すると、どこから出てきたのか、ルーディがカイの両腕をがしっとつかみ、楽しげに拘束した。
 カイの顔のすぐ横にすっと顔をもっていき、にやりと微笑む。
「ル、ルーディ!?」
 瞬間、カイの顔から、さあと血の気が引いていく。
 ルーディがこういう顔をする時は、間違いなくよからぬことを企んでいる。
 さすがのカリーナも、これには驚き、ぽかんとしている。もう容赦しないと言っておきながら、どうしてここでカイがつかまるのだろうと。
 ぽけらっとするカリーナをまっすぐ見つめ、ダリルはきっぱり言い切る。
「姫にはこれがいちばんのお灸になりますからね。カイは、これから鞭打ち百回」
「ええー!? ど、どうしてわたしが……!?」
 もちろん、そのような理不尽なことを受け入れられるわけがない。カイはまたしても悲痛な叫びを上げる。
 ルーディから逃れようと、じたばたもがく。
「仮にも何を間違ったか迷惑なことに王族を、何が起こるかわからない城下へ連れ出したのだから、これでも手ぬるいくらいだ」
 疲れたように、けれど無慈悲に、ダリルは断言する。
 何故だか、カイと目を合わせようとしない。
「そ、そんな横暴な!」
「仮とは何だ、仮とは。失敬な。わたしは、紛うかたなく王女だぞ」
 カリーナはむっと目をすわらせ、どこか論点がずれたことを、面白くなさそうにはき捨てる。
 ルーディに拘束される中、カイは相変わらず悪あがきを続けている。
「ひ、姫! 姫もなんとか言ってくださいよ!」
 必死に救いを求めるカイに、カリーナはわざとらしい哀愁を漂わせ、ふと笑みを浮かべた。
「……カイ、大人しく成仏してくれ」
「姫ー!!」
 またしても、カイの悲鳴に似た雄叫びが上がる。
 すっかり顔の色を失ってしまったカイを、ルーディは楽しそうにずーるずーる引きずっていく。
 やっぱり楽しい言葉を添えながら。
「ほら、カイはさっさと仕置き部屋へ」
 くすくすと楽しげに笑いながら、ルーディは足取り軽くカイを連行していく。
「姫ー! 恨みますよー!!」
 夕焼け空に、カイの悲しげな叫び声が響き渡る。
 それは、まるで断末魔のようにすら聞こえたというから、救われない。気の毒で仕方がない。
 カイは、カリーナの護衛官になってしまったばかりに、すべてのお仕置きを背負わされる。
 ぎゃあぎゃあわめくカイと、ふふふと楽しげな笑いをもらすルーディの小さくなっていく後姿を、カリーナは静かに見送る。
 それから、ゆっくりと、背にいるダリルへ振り返った。
 ダリルはひきつったように、けれど疲れきったように微苦笑を浮かべる。
 ぽりぽりと、こげ茶の髪が豊かな頭をかく。
「はー、やれやれ。まったく。――姫、そのような目で見ないでくださいよ」
 カリーナはその言葉に答えることはなく、ただじっとダリルをにらみつけている。
「仕方がないでしょう。こうでもしないと、あなたはわかってくれないのですから。いくらお気に入りのおもちゃをいじめてもいいのはあなただけと言われても、さすがに今回ばかりは従えません。隣国から王子がやって来ているのですから、わきまえていただきたいですね」
 非難するようにダリルが一気にそう言うと、カリーナはぷっくり頬をふくらませた。
 そして、ぷいっとそっぽを向き、そのまま不機嫌を撒き散らしつつ、ずんずん去っていく。
 時折、置かれた壺やら壁にかかる絵画やらに、八つ当たりをしながら。
 もちろん、すれ違う者たちは、みんなカリーナの八つ当たりの餌食。
 狼藉を思うままに働き去っていくカリーナを眺めながら、ダリルがつぶやいた。
「それにしても、今日はやけにご機嫌が悪いようだな、カリーナ姫は」
 くいっと、不思議そうに首をかしげる。


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update:11/03/20