姫君と果てない野望(20)
カリーナ姫の野望

 お仕置きをされたカイが、地下の仕置き部屋からのっそり姿を現した。
 地上へ続く階段には、妖しい月明かりが差し込んでいる。
 両側の壁には、等間隔で明かりがともる燭台がある。
 どうやら、今宵、地下の仕置き部屋を使用していることを聞いた誰かが、気を利かせて明かりをつけたのだろう。
 仕置き部屋はめったに使われることはないので、普段は明かりをともすことはない。
 ……まったく、そのような余計なところではなく、もっと違ったところで気を利かせてはどうなのか。
 たとえば、ちょっぴりでもいいので処分を軽くしてくれるように働きかけるとか。
 まあ、そのような奇特な人間が、この城にいるなどとは最初から誰も思っていない。
 恨めしそうに照らす明かりを見つめながら、カイはとぼとぼ階段を上っていく。
 上り切ると、一気に視界がひらけ、煌々と輝く月明かりがカイに襲いかかった。
 カイは思わず目を細める。
 その時だった。すぐ横に人の気配を感じ、カイはばっと振り返った。
 するとそこには、カイのすぐ横の地面には、膝を抱えどっかり座り、むっつり目をすわらせたカリーナが、物言いたげにじいとカイを見上げていた。
「わあっ! ひ、姫!? そんなところで何をしているんですか!?」
 カイは驚き、思わず一歩後退する。
 カリーナはじいとカイを見つめたまま、無言ですっと立ち上がった。
 そして、やはり何も言わず、カイを置いてすたすた歩き出す。
「まったくもう、姫。待ってくださいよ!」
 慌てて追いかけ、カイはぐいっとカリーナの腕を引く。
 すると、その勢いのまま、カリーナの体がくるりと翻った。
 けれど、その顔だけは執拗にカイに向けようとしない。
 握るカリーナの腕が、ふるふる震えている。
 カイに言い知れぬ罪悪感が襲い来る。
 ダリルはああ言ったけれど、カイは実際にはお仕置きなど受けていない。
 お仕置き発言は、ただちょっと、カリーナにお灸をすえるための言葉にすぎない。あくまで、カリーナに反省を促す演出にすぎない。
 よって、カイは、カリーナに信じ込ませるためにこもっていた仕置き部屋から、頃合を見て出てきただけ。
 そもそも、目を離すとすぐに一人で城を抜け出すカリーナだから、それについて行ったというだけで、カイは十分に誉められるべきことをしたことになる。――何かが大いに間違っているような気がするけれど。
 しかし、それをカリーナに知られてはますます調子に乗り厄介になるので、あえてお仕置きと言って脅す。
 また、お仕置きの最中、カリーナが突入して来ず、大人しく仕置き部屋へ続く階段の上で待っていたのは、恐らく、ダリル辺りの仕事だろう。
「姫、察してやってください。鞭打たれている無様な姿で、あなたのお目を汚したくないとカイは望むはずですよ?」
と、やんわりと、けれど有無を言わせず、カリーナの突入を阻止したのだろう。
 何しろ、カイ奪回のためカリーナに突入でもされれば、今回のこのお灸は台無しになってしまうから。
 カイは、ふるふる体を震わせるカリーナを、背からぎゅっと抱きしめた。
「大丈夫ですよ、姫。心配してくださったのですね」
「違う。わたしは、お前が鞭打たれるところを、嘲笑ってやろうと来たのだ」
 カリーナの耳に、優しく暖かいカイの吐息がかかる。
 カリーナは思わず、びくりと体を大きくゆらしてしまった。
 けれど、それを必死に誤魔化すように、つっけんどんに言い放つ。
 恐らく、仕置き部屋への階段に明かりを灯しておいたのは、カリーナだろう。
 しかし、そうわかっても、カイは口に出すことは決してしない。
 口に出すとカリーナは力いっぱい否定した後、すねることをカイは知っているから。
 カイは苦く微笑を浮べる。どこか優しくあまやかな目をして。
「はいはい。それはどうもありがとうございます」
 では、何故、仕置き部屋に闖入してこなかったのか……?
 などという意地悪な問いは、カリーナじゃないのでしない。
 その理由は、カイには痛いほどわかっている。
 カイが守るこのお姫様は、とっても素直でなくて天邪鬼。
 お姫様が、よもや、護衛官ごときの心配をしていたと知られるなど、そのように屈辱的な墓穴を自ら掘るはずがない。
 誰かがとめずとも、カリーナはもとより闖入などしなかっただろう。
「だから、違うと――」
 うつむくように下を向き、カリーナは乱暴にそう言い放とうとし、そこで言葉を切った。
 きゅっと、唇を噛む。
 それから、意を決したようにがばりと振り向き、そのままぼすんとカイの胸に顔をうずめる。
 ぎゅうと、カイの背に、カリーナの腕が力強くまわる。
 まるで、その体いっぱいで、その背にすがっているようにすら見える。
 カイは、カリーナの背を、ぽんぽんと優しくなでた。
「姫、夜は冷えますよ。お部屋までお送りしましょう」
 カイはそうささやき、さっとカリーナを抱き上げる。
 カリーナは驚いたようにカイを見つめる。
 けれどすぐに、ふわりと微苦笑を浮かべた。
 カイの首に、カリーナの手がきゅっと絡みつく。
 月明かりが注ぐ中、カイはカリーナの部屋へ歩いていく。
 カイの胸の中で、そこに頬を寄せて、カリーナはこっそりと、幸せそうに微笑を浮かべていた。
 ちらりとカイの顔を見て、すりっと胸に頬を押しつける。


* BACK * NEXT *
* TOP * HOME *
update:11/03/26