姫君と果てない野望(22)
カリーナ姫の野望

 朝の陽光が、さんさんと差し込んでくる。
 昨夜は、窓掛けを閉めることも忘れ、あのまま眠りに落ちてしまった。
 いつもの朝以上に、朝日がたくさん注ぎ込んでいる。
 けれど、天蓋から垂れる更紗がその陽光をやわらげ、寝台は優しい光だけで包まれている。
 頬に涙のあとを残し、けれど幸せそうに眠るカリーナ。
 カイは一晩中、その愛しい寝顔を見つめていた。
 カリーナと手を絡ませるように握り合い。
 放そうとすると、ぱちっと目を開けたり、みじろぎしたりして、カリーナが決して許さなかった。
 それが、どんなにカイに喜びを与えただろうか。
 カリーナの私室の扉が、人目をはばかるようにうっすら開いた。
 そして、ちらちらと辺りを見て、誰もいないことを確認すると、そこからカイがさっと廊下に出た。
 ぱたんと扉を閉め、大きく胸をなでおろす。
 よもや、このように朝早くに、王女の部屋から出てきたところを見とがめられでもしたら、カイは仕置き部屋どころじゃなく、そのままあの世へ直行させられてしまう。
 間違いなく、死刑台行き。
 カイが大きく安堵の吐息をもらした時だった。
「カイ」
 非難するような声が、カイに襲いかかった。
 びくんと、カイの心臓が大きく跳ね、飛び出しそうになる。
 カイはそろーりと首をまわし、声がした方へ振り返る。
 けれどすぐに、はあと再び安堵の吐息をもらした。
「な、なんだ、ルーディか。こんなに朝早くからど――」
 しかし、その安堵も、すぐに消え去ることになる。
 見ると、ルーディはいつになく険しい顔でカイを見つめていた。
「カイ、わかっているとは思いますが、姫はあくまで、我々が仕えるべき、守るべき方ということを忘れてはいけませんよ」
 ルーディがそう告げた瞬間、カイは目を見開き、驚きをあらわにする。
 ルーディは物言いたげに目を細め、ふうと細い息をはきだした。
 すっと、カイから視線をそらす。
「わたしが言いたいことはそれだけです。さっさと仕度をして、官舎の方へ。すぐに朝礼の時間ですよ」
「……ああ」
 冷たく言い放つルーディに、カイはかすれた声でそうつぶやいた。
 それから、ちらりとカリーナの部屋の扉を見て、苦しげに顔をゆがめる。
 さっと、懐から白い絹の手巾を取り出し、それをじっと見つめる。
 そこには、この国の青い空、緑の大地を模した王家の紋章の刺繍がほどこされている。
 それは、二年前、カリーナがカイに渡した、あの時の手巾。
 綺麗に血を洗い落とし、ずっとそこに忍ばせ持ち続けているのだろう。
 取り出した手巾に押しつけるように唇を寄せ、カイはきゅっと目をつむる。
 そしてすぐに、また懐に仕舞い込み、その場からだっと駆け出した。何かを振り切るように。けれど同時に、後ろ髪をひかれてならないように。
 次第に小さくなっていくその背が、とても辛そうに見える。
「そうだ、わたしは、姫の護衛官。それ以上でも、それ以下でも……ない」
 廊下を駆けながら、カイは自分に言い聞かせるようにつぶやいた。
 ――そう、どんなに望んでも、カリーナとカイの関係は、それ以上にも、それ以下にもなれない。


 さわやかな風が吹き、優しい陽光が降り注ぐ庭の東屋に、カリーナとファセランの姿がある。
 カリーナは、円卓に片肘をつき、ぶうと頬をふくらませながら、その目をうっとりと細めている。
 感心したように、ファセランがカリーナを見つめている。
「へー、それで、ご機嫌ななめなような、ご機嫌なような、どちらともつかない微妙な顔をしているのか」
「ファセラン、うるさい」
 カリーナは茶碗を乱暴に手にとり、ずるずるずるーと下品にお茶をすする。
 ファセランは、困ったように、けれどおかしそうにくすくす笑う。そして、すっと、垣根の向こうを指差す。
「ほら、噂をすればやって来た」
「え……?」
 それにつられて、カリーナも垣根の向こうへ顔を向けた。
 すると、ファセランが言う通り本当にやって来ていた。垣根の向こうどころではなく、カリーナのすぐ目の前に。
 ぽかんと見上げるカリーナの前に、ぜいはあと荒い息をするカイがいた。
「カ、カイ……っ」
 思わず、カリーナは身を強張らせ、引いてしまった。
 けれどかまわず、カイはカリーナへずいっと身を寄せる。
「姫、探しましたよ。また抜け出されたのかと焦りましたよ」
 はあと大きく安堵の吐息をもらし、カイはその場にずるずるずるーとくずおれていく。
 カリーナは、あっけにとられたようにカイを見つめ、けれどすぐにくすりとおかしそうに笑った。
 どかりと椅子に座りなおし、腕組みをしてふんぞり返る。
「案ずるな。抜け出す時は、お前も道連れだ」
「そして、わたしはまた、鞭打ち百回の刑に処されるのですね」
 がっくりと、カイの肩が落ちる。
 カリーナはくすくすと楽しそうに笑い出す。
 にやりと、意地悪な視線をカイへ向ける。
「嬉しいだろう?」
「嬉しくなんてこれっぽっちもありませんよ! まったく」
 がばりと立ち上がり、カイはずーんとカリーナへ迫る。
 その目がとってもとってもお怒りで、危険な色をはらんでいる。
 カリーナは、カイの心配などよそにはははと高らかに笑い、その後わざとらしくにっこり笑ってみせた。
 そんなさっぱり気にした様子がないカリーナに、カイの怒りが限界を超えたのか、気のせいか、ぷしゅーと妙な音を立てながら頭から煙が出ているように見える。
 どうやら、今回は、カイは本気で焦っていたらしい。
 カリーナが一人でどこかへとんずらしたのだと。
 前例がてんこもりにあるので、その辺りはあえて否定しない。


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update:11/04/11