エメラブルーの王女(4)
カリーナ姫の野望

「ああもうっ、カイの奴、わたしに黙ってどこへ行った!? 許さんっ!!」
 とうとういらだちも頂点に達し、カリーナはその場でじだんだを踏む。
 だんだんどんどん地を踏みつけても、怒りはさっぱりおさまりそうにない。
 先ほどから、何故かカリーナの周辺には人がいない。
 皆、鋭利な刃物でも避けるように遠巻きにしている。
 たしかに、それだけ禍々しい気を発しいらだっていては、恐れて近寄りたくはないだろう。
 さわれば、間違いなく怪我をする。いらぬ火の粉をかぶってしまう。
 しかし、ルーディは慣れたもので、爆発寸前のカリーナを暴れ馬を扱うようにどうどうとあやす。
「ですが姫、これまでも何度もあったことですし、どうして今さら?」
「……うっ。べ、別に関係ないだろう、そんなこと!」
「はいはい、そうですね」
 どうやらルーディは痛いところを見事についたのか、カリーナは急に大人しくなり言葉につまった。
 ルーディは一人意気込むカリーナを適当にあしらう。
 核心をついたような問いかけをされても、カリーナは答えを持ち合わせていない。
 いや、持っているけれど、人に言えるようなものではないから、持っていないも同じ。
 カイはカリーナに黙って勝手にどこかへ行ったとか、今すぐカイを手もとに戻さないと胸がもやもやしてはじけ飛んじゃいそうとか、そんなみっともないことは、女の沽券にかけて言えない。
 しかも、ルーディになど言ったら、間違いなく両手をたたいて喜び楽しむ。
 だから、何がなんでも意地でも言えない。
 ――そう、たしかに、カリーナはいたいところを、いちばん触れられたくないところを、ルーディに触れられた。
 今のカリーナには、女の沽券以上に、カイが常にそばにいなければならない理由がある。
 これまではカイのことを考え抱く思いを我慢してきたけれど、これからはもう我慢しないと決めた。
 カイの意思なんて関係なく、カリーナは自らの望みを貫く。
 いざとなれば、どんなに嫌がったって、首に縄をかけて一緒に逃避行。
 ファセランとの約束もあるし、カリーナは最後まで諦めないと決めた。
 そう決めたら、不思議と気持ちが楽になった。突き進むことへのためらいも消えた。もう遠慮なんてしない。
 どんどんカイに攻めまくる。
 そして、間違ってカイがカリーナを受け入れないことがあれば、その時は仕方がない、諦めよう。……諦められればだけれど。
 カイを守る≠ゥらカイを手に入れる≠ノ願いが変わったので、カリーナは遠慮はしない。遠慮なくカイをいたぶる。
 そのためには、カイが常に横にいなければならない。だから、意地でもカイをとっ捕まえる必要がある。
「とりあえず、姫、街を散策して帰りましょうか? ひとまず満足したでしょう?」
 カイの足跡が途絶えた以上、早々にこれより先へすすむのは無理と判断し、ルーディはカリーナにそう提案する。
 さすがに、カリーナを船に乗せ、国外へまで追いかけさせるわけにはいかない。
 何やかやと言って結局のところカリーナに甘いルーディだけれど、それはあくまで王都内でのこと。王都より外へ出るとなると話は違ってくる。
「まだしていない」
 ぶすっとふてくされ、カリーナは面白くなさそうにはき捨てた。
 ぷいっとルーディから顔をそむけ、おまけに背を向ける。
 その目は、広がる大海原を見つめている。
 カリーナが見つめる先には、まるで蜃気楼のようにぼんやり浮かび上がるグリーエデン島。
 天気がいい日はその姿をはっきり映すことができるけれど、あいにく今日はもやがかかったようにぼんやりとしか見ることができない。
 カリーナはまだその島へ行ったことはないけれど、まるで神話の世界のように美しい島だと聞く。
 そのように理想郷のような土地がこの世界にあるのかといささか疑問ではあるけれど、その島は何故か誰もが畏怖の念を抱く特別な場所だから、そういうこともあってもいいのかもしれない。
 カリーナですら、グリーエデン島には普通ではない何かを感じているくらいだから。
「ですが、これ以上は無理ですよ。ぱったり情報が途切れているのですから」
 やれやれと肩をすくめ、ルーディはどうにかカリーナを説得しようとする。
 力ずくも可能だけれど、カリーナのことだから、そのようなことをしたら後々面倒なことになる。
 できるならば、諦めるよう説得する方が得策。
「カイの奴、きっと小国の出だな。だから、足跡がぱったり消えるんだ」
 カリーナは悔し紛れだろうか、鼻で笑うようにそう言い放った。
 それは、つまりは、見向きもされない船に乗ったとでも言いたいのだろう。
 たしかに、経済的に豊かでない国の船は、他の国のものに比べて見劣りし、気に留める者も少ない。
 誰も気にかけない船なら、乗り込んだところを見たという者がいなくても不思議ではない。
「偏見ですよ」
 ルーディも、少なからずカリーナに同意見のようだけれど、とりあえずそう諭した。
「ああもう、カイがいないとつまらん! ルーディ、何かおもしろいことはないか!?」
 どうやら、カリーナもルーディの望み通りこれ以上は無理だと諦めたようで、勢いよく振り返るといらだたしげに怒鳴る。
 今にも暴れだしてしまいそうなその姿に、周辺にいた人々が潮が引くように逃げていく。
 その横暴な振る舞いをする少女が自国の姫だとは、恐らく気づいていないだろう。
 姫とは知らずとも、近寄ってはいけないと本能で察知したのだろう。
 どうどうと暴れ馬をあやすようにカリーナの頭をなで、ルーディは面倒くさそうになだめる。
「ですから、街を散策しましょう。向こうの通りで、小さな祭りをしているんですよ」
「祭り!? よっし、では行こう!」
 ルーディの言葉を聞いた瞬間、カリーナの目がきらきら輝いた。
 落ち着きなく、そわそわしはじめる。
 どうやら、もうすっかり、カイをとっ捕まえることより祭りへと意識が飛んでしまったらしい。
 指折り、まずはあれを食べて、次にこれをして、そしてそれを飲んで……と、もうすっかり気分だけは祭りを楽しみはじめている。
 どうやら、カイは祭りに劣るらしい。
 実にあっさりしたもの。現金にもほどがある。
 カリーナの横では、ルーディが眉尻をさげ、小さく息を吐き出した。
「まったく、姫は……」
 単純なのだから、とはルーディはあえて口には出さなかった。
 しかし、うまい具合に、カリーナの気をそらすことができて、ルーディは内心、少しくらいはほっとしたかもしれない。――いや、ルーディのことだから、もともとどうでもよかったのかもしれないけれど。


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update:11/06/01