エメラブルーの王女(5)
カリーナ姫の野望

 カイの足跡をたどり港についた頃には、もう昼も半ばを過ぎていた。
 そして、そこから少し移動して祭りの只中にやって来た時には、もう夕暮れも迫っていた。
 だからといっても、少し見てまわるには十分な時間は残っている。
 どうやら、祭りというにはやはり少し淋しく、どちらかというと普段よりは大きな露店市に近い規模で催されていた。
 祭りといえば祭りだけれど、一体何の祭りかはカリーナもルーディもよくわかっていない。
 時折、こうして、庶民たちが気が向いたように自分たちで勝手に祭りを開催することが、この城下ではままある。なので、いちいち把握はしていないし、阻止もしない。ただ、王都守備に報告の義務はあるが。それさえ守れば、危ないことでなければ、ほぼ自由に何でもできる。
 そのしめつけがゆるい自由な気質が、王都の発展を助けている。
 道路の両脇にずらっと露店が並び、子供や大人が楽しげに行きかっている。
 呼び込みの声も、日が傾きかけた空に威勢よく響き渡る。
 見慣れた光景だけれど、いつもとなんだかちょっと違う雰囲気に、カリーナは意気揚々と通りを歩く。
 目をらんらん輝かせ、きょろきょろと、ひとつひとつの露店を見て歩く。
 その後を、ルーディが注意深くついて歩く。
 ひょうひょうとしているようで、さすがにこの人ごみの中ではカリーナを気にかけずにはいられない。
 不逞の輩が突然カリーナを襲うということではなく、不逞の輩に突然カリーナが襲いかからないように。
 興味深げにあちらこちら見てまわるカリーナの目がある一点をとらえ、ぴたりと足がとまった。
「あ、カイの色……」
 音になるかならないかほどの大きさで、ぽつりつぶやく。
 にぎわう人の声にかき消され、そのつぶやきはルーディの耳には届かなかったらしい。
 ルーディは不思議そうにカリーナをちらと見る。
 たいていは雰囲気を楽しむだけで、カリーナは露店で物を買ったりすることはない。まあ、買い食いは時折するけれど。
 それは、庶民の物を馬鹿にしているのではなく、余分なものを買うとカイに怒られるから。
 以前はいろいろがらくたを買ってはすぐに飽きぽいっと捨てていたが、カイに怒られるようになってからは自然に取捨選択を厳しくするようになっている。
「姫、その守り石に興味がおありで?」
 カリーナが足をとめ、穴があかんばかりに見つめるそこを見て、ルーディが問いかける。
 カリーナの足元には、色とりどりの石を使った細工ものが敷物の上に広げられている。
 首輪に指輪、洋灯(ランプ)に皿や壷など、主に装飾品と食器類が多く並んでいる。
 そのひとつ、腕輪にはめこまれた赤い石が、陽光を受けてきらりと光る。
 カリーナはびくんと体を震わせたかと思うと、ふんぞり返り、馬鹿にするようにルーディをちらりと見た。
「馬鹿者。このような安物のくず石、このわたしが興味を持つはずがなかろう」
「左様ですか」
 カリーナがぞんざいに言い捨てると、ルーディも興味なさそうにそうつぶやいて、ぷいっとそっぽを向く。
 そして、ちらちらと、辺りの店を見まわす。
 けれど、ルーディが気に入るような店はこの辺りにはないらしく、おもしろくなさそうにため息をもらした。
 そして、そろそろ赤くなりはじめた空をあおぐ。
 そのすぐ背後で、カリーナはルーディを気にするようにちらちら見ながら、さっとしゃがみこんだ。
 そして、先ほどじっと見ていたその露店の店主のおじさんに、さっと顔を近づける。
 すると、店主のおじさんは気がよさそうな顔をにこっとくずした。
 おかしそうに、でっぷりお腹をぽんとひとつたたく。
 カリーナはどことなく頬をそめ、店主をきっとにらみつけた。
「おい、でくのぼう。何をぬぼっとしている。行くぞ」
 空をあおぐルーディの背をげしっと一発蹴り、カリーナは居丈高に言い放つ。
 ルーディはゆっくりカリーナに視線を落とし、「はいはい」と面倒くさそうに答えた。
 するともちろん、もう一発カリーナの蹴りがルーディにお見舞いされる。
「姫は本当に乱暴ですね。もう少ししとやかにできないんですか?」
「お前相手にしとやかにしてやる繊細な神経は持ち合わせていない」
 呆れるルーディをさらにもう一発蹴り、カリーナはずんずん先に進んでいく。
「とにかく、行くぞ。とろとろするな」
 どんどんすすんで行くカリーナの後ろ姿を見て、ルーディは小さくくすりと笑った。
「まったく、本当に手がかかる姫君ですね」
 ルーディはぽつりつぶやき、ちらりと先ほどカリーナがいた辺りの露店の敷物を見る。
 すると、たしかに、そこに並んでいたはずの石細工がひとつなくなっていた。
「やれやれ、本当に面倒な姫君だ」
 ルーディは呆れながらもくすくすと楽しそうに笑いながら、カリーナの後を追いかける。
「馬鹿野郎! 気をつけろ!!」
 ずんずん歩くカリーナに、ルーディが追いついた時だった。
 前方で、腰のまがった白髪の老女に、年の頃は十そこそこといった少年がぶつかり、乱暴に叫ぶ姿がカリーナたちの目に飛び込んできた。
 見た目からして、この辺りで主流の中流の者ではない。汚れてよれよれの上衣から、ここから少しはずれた貧民街の子供のように見える。
 老女にぶつかった少年は、そのまままっすぐカリーナたちへ向かい走ってくる。
「ルーディ」
「はいはい」
 それを見て、カリーナが鋭くつぶやくと、ルーディは得心しつつも、面倒くさそうに相槌をうつ。
 同時に、横を通りすぎようとしていた少年の腕をぐいっとつかみあげた。
「いってー!!」
 少年の悲痛な声が、喧騒をかき消すように響いた。
 まわりにいた者たちが、一斉にカリーナたち、とりわけルーディに視線をそそぐ。
 ルーディがつかみあげた少年の手には、巾着袋がもたれている。
 カリーナはそれをひょいっと奪い取ると、のそのそ歩いてくる老女へ向かい、ぽいっと放り投げた。
「おい、ばあさん、落としたぞ」
 老女は投げられた巾着袋をあたふた受け取り、驚いたように目を見開く。
「次からは気をつけてくださいね」
 そして、ルーディも笑顔で少年をしめあげながら、つけ加える。
 老女はようやく、自分の身に起きたことを理解し、顔を青くする。
 そして、慌ててカリーナとルーディに、もげんばかりにぺこぺこ何度も頭をさげる。
 面倒くさそうに、カリーナは追い払うように手を振ると、老女はもう一度深々と頭をさげて、ゆっくり歩き去っていった。
 それを確認して、カリーナたちに注目していたまわりの者たちも、納得したようにそれぞれの仕事に戻っていく。
「ちっくしょうっ。余計なことをしやがって」
 少年はルーディの手を振り払い、ぎろっとにらみつける。
 瞬間、少年の脳天にごつんと一発、拳が降った。
「小物がほざくな」
 蔑むように少年を見て、カリーナがそう言うと、少年は舌を出して「覚えていろよ!」と月並みな捨て台詞を残して、すぐそこの路地へ転げるように逃げ去っていく。
「姫、逃がしてよかったのですか?」
 呆れたように少年が消えた路地を眺めながら、ルーディがつぶやく。
「かまわないだろう、あんな小物。これで、この界隈ではしばらくは動きにくくなるだろうしな」
「まったく、優しいのかただ面倒臭がっているだけなのかわかりませんね、姫は」
「後者に決まっているだろう。あんな餓鬼、このカリーナさまがいちいち相手にしてやる義理はない」
 面倒くさそうに舌打ちし、カリーナは散策を再開する。
 せっかく祭りを楽しんでいたのに、まったくとんだ水を差してくれたものだ。
 普段ならあんなものは捨て置くところだけれど、さすがに目の前で老女相手にかっぱらいをされては寝覚めが悪い。
 あんな子供も、あんなかっぱらいも、別段珍しいものではない。いちいち相手にする方が馬鹿らしい。
 そう、それ以外で、カリーナが手を出すことはない。正義感とかそんなものは持ち合わせていない。誰が何と言おうとも。
 ふうとひとつ、カリーナが重い息をはきだした時だった。
「げ……っ!!」
 カリーナははっと何かに気づいたように体を震わせ、そして目にも留まらぬ速さでさっと回れ右をした。


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update:11/06/05