エメラブルーの王女(7)
カリーナ姫の野望

「それよりも、カイ、どこへ行っていた?」
 カリーナはふと何かに気づいたようにぴたり立ち止まると、顔だけを背につくカイへ向けた。
 防波堤が見えるその道の向こうに、赤く染まる大海原が広がる。海面は紅玉をちりばめたような輝きを放っている。
 水平線に沈んでいく真っ赤な太陽を背に、カリーナがどこか淋しそうに探るようにカイを見つめている。
「そ、それは……」
 カイは思わずこくりとのどを鳴らし、消え入るような声でつぶやいた。
 カリーナが問うそのことが問題ではなく、今カイの目に映るカリーナのその姿が問題だった。
 どことなく艶かしささえ感じるカリーナのその姿は、海原で赤くきらきら光る太陽の化身のように、カイの目には映っていた。
 カリーナはすねたようにぷうと頬をふくらませる。
「わたしの護衛官ならば、片時もわたしのそばをはなれるな」
 カイは一瞬目を見開いたかと思うと、すぐにだらしなく頬をゆるめた。
「……申し訳、ありません」
 そして、口元をおさえ、すっと視線をそらす。
 カリーナにとって問題は、カイの行き先などでなく、カイが側から離れたことだった。
 素直にずっと側にいて欲しいと言えばいいものを、どうしたってそう言えないカリーナが、カイはどうしようもなく愛しく感じる。
 どうして、こんなに素直じゃない姫君が、かわいらしい、愛しいと思うのだろうか。
 平静を装いつつもまったく装えず、めろめろに顔を崩すカイの横で、ルーディが声を殺し、くくっと笑っている。
 その時だった。
 ルーディの目の前に、水平線で燃える太陽よりももっと激しくたぎる炎が現れた。
 しかし、ルーディは動じることなく、それをさっと避けた。
 すると、今の瞬間までルーディがいた場所、そしてその背後にあった『釣り禁止』の立て札がひとつ炭になった。
 カイがぎょっとして、慌ててカリーナに飛びかかる。
 カリーナの手から、手のひら大の筒のようなものを奪い取る。
「火炎放射器なんて物騒なものを振りまわさないでくださいよ。というか、そんな物騒なもの、どうしたのですか!?」
「バーチェスの第一王子からもらった。いいだろう? 最新式の女性でも簡単に持ち歩ける火炎放射器≠セ。ただ問題は、その大きさゆえの短時間一回使いきりというところだな。まだ研究段階だそうだがな」
「あの武器愛好家(マニア)め……っ」
 得意げに微笑むカリーナに、カイはがっくり肩を落とす。
 そして、その忌まわしい顔を不覚にもぽわんと思い浮かべたのか、憎々しげに小さく舌打ちした。
 まったく、余計なことをと、カイは心の中で毒づく。
 自らが狙われたというのに、ルーディはやけに落ち着いた様子で、ゆったりカリーナに歩み寄る。
「本来は護身用に作られたものでしょう」
「お前、詳しいな」
 カリーナが感心したようにルーディを見た。
 どうやら、たとえうまくさけられたとしても、ルーディに一発お見舞いしたので、カリーナはそれで満足したらしい。
「護身用にしたって、むちゃくちゃすぎる」
 カリーナから取り上げた火炎放射器≠震える手で握り締め、カイはさらにがっくり肩を落とす。
 世界一凶暴な姫に、安易に武器を与えないでもらいたい。
 つくづく、心から、そう思ったのだろう。
 たとえ狙われたのが憎らしいルーディだとしても、危険物(カリーナ)に危険物を与えるのはまた別の問題。
「ところで、……おい、そこに隠れているお前、いつまでそうしているつもりだ?」
 カリーナはちらりと、道沿いに続く防風林へ視線を流した。
 すると、びくっと何かが震える気配がした。
 どうやら、カイもルーディも気づいていたようで、すうと鋭い眼差しを向ける。
 ざっぷんと、波が防波堤を打ちつける。
 しかし、それ以上の動きが見えず、カリーナは早々に業を煮やしたように苦々しげに顔をゆがめた。
 そして、胸の内から黒く丸い物体を取り出した。
「大人しくでてきた方が身のためだぞ。でないと、これをくれてやる」
 右手にそれを持ち、そこについている安全留め具を口でくっと抜きとる。
「わあっ、姫! またそんな物騒なものを! こんなところで手榴弾を投げないでくださいよ!」
 カイが慌ててカリーナから手榴弾を取り上げ、それをそのまま海へ向かって放り投げた。
 海面につくと同時にそれは大きな音を鳴らせ弾け、一気に水しぶきをあげる。
 そのうちのひとつが、まぶしそうに目を細めるカリーナの頬にぴちゃんとあたる。
 水面に、ぷくりぷくりと、魚が数匹、白い腹を見せて浮かび上がった。
 つんと、火薬の臭いが鼻をつく。
 時間帯が幸いしてか、爆破に巻き込まれた船は一隻もない。
「あんたは破壊魔か!!」
 それと同時に、先ほどカリーナが声をかけた木の陰から、慌てて少年が飛び出してきた。
 その少年は、さきほど祭りの場で老女から財布をすった少年だった。
「まあ、否定はせん」
「そこは否定してくださいよ!」
 カリーナがけろっと言い捨てると、カイが泣きそうな顔で叫んだ。
 本当に、一歩間違えば、防風林の一角を吹き飛ばすところだった。
 あたふた慌てるカイをちらりと横目で見て、カリーナは面倒くさそうにため息をもらす。
「なんだ、カイ。このわたしが、このようなつまらん場所を破壊して良心が痛むとでも思うのか? むしろせいせいするわ」
 そして、声高らかにかかかと笑う。
 飛び出してきた少年が、あっけにとられたようにカリーナを見ている。
 しかしすぐにはっと正気に戻り、カリーナを指差し、わなわな震える体で叫ぶ。
「な、なんなんだよ、あんた! むちゃくちゃだぞ!」
「こそ泥に言われたくないわ」
 鼻で笑うように言い放ち、カリーナはぷいっとそっぽを向いた。
 その口元を、カイの手がさっと覆う。
 同時に、カリーナの背が、カイの胸にぽんと抱き寄せられた。
「あー、もう姫は黙っていてください。面倒なので」
 カリーナは驚いたように目を見開き、ふにゃっと頬をゆるめた。
 いつものように扱いはぞんざいだけれど、カリーナを抱き寄せる手だけは優しい。
 カイに触れている、それだけで、カリーナの怒りは一気に鎮まる。
 こんな場面でなければ、二人きりならば、いつまでもずっとこうしていられるのに。
 思わず、その胸に頬をすり寄せそうになるのを、カリーナは必死にこらえる。


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update:11/06/18