エメラブルーの王女(8)
カリーナ姫の野望

 カリーナを呆れたようにちらりと見て、ルーディが小さく息をはいた。
 さっと、少年へ向き直る。
「それで、少年。我々に何か用ですか? まさか、先ほどのことを根に持って……などと、愚かなことは言わないですよね?」
 ルーディは無駄にさわやかににっこり微笑む。
 どうみても微笑みを浮かべているはずなのに、何故かルーディからは恐ろしさしか、威圧感しか感じられない。
 にじみ出すそのまがまがしい気配に、少年はびくりと体を揺らした。
「根に持って……というよりは、狙われていたのではないですか?」
 カイが首をかしげる。
「どういうことだ?」
 口をふさぐカイの手を両手で解き取り、カリーナは怪訝にカイを見上げる。
 口の拘束は解いても、胸のぬくもりの拘束は解くつもりはない。
「ああ、そういえばそうですねえ。我々は、いかにも金を持っていそうですからね」
 ルーディが得心したように、ぽんとひとつ手を打つ。
 カリーナは一瞬ぽかんとルーディを見て、そしてぐったりとした様子でつぶやいた。
 ぽてんと、カイの胸に頭をもたれかける。
「って、ぬけぬけと自分で言うな」
「ははは、だって、わたしですから」
 ルーディはわざとらしく、清々しく笑みを浮かべる。
 カリーナはのろのろとカイの胸から抜け出して、そして、目の前で仁王立ちし、必死に虚勢をはる少年を見下ろした。
「それで、どうなんだ? 逆恨みからとか言うなら、この場で蜂の巣にしてやるぞ。……この男が」
 親指をたててくいっとカイを指し示す。
「ええ!? わ、わたしですか!?」
 カイはぎょっとして、肩を震わせ叫ぶ。
「カイ、重要なことを忘れています。ひっかかるところはそこではなく、蜂の巣では? まあ、わたしは楽しいので、それでもいっこうにかまいませんが」
 ルーディはちらりとカイを見て、意地悪くくすくす笑う。
 どちらにしても、蜂の巣には依存がないという辺りで、物騒で問題があるだろう。
 子供相手に大人げなく、よくそんな脅しができるもの。
 まあ、カリーナとルーディの場合、脅しではなくほぼ本気だろうけれど。
 この二人は、やると言ったら必ずやる。
 カイは面倒くさそうにぽりぽり頭をかき、少年にじりじりにじりよるカリーナとルーディの首ねっこをつかんだ。
 そして、ルーディはぽいっと横へ放り捨て、カリーナをさっと抱き寄せる。
「姫、この少年とお知り合いですか?」
 カイはのぞきこむようにして、カリーナに問う。
 カリーナはくいっと顔をあげ、カイを見る。
「ああ、さっきそこで、ばあさんからひったくった財布をすり返してやったんだ、ルーディが」
「それできっと、逆恨みでもして、後をつけてきたのでしょうねえ」
 やれやれと首をかるく振りながら体勢を立て直し、ルーディはひょいっとカイの前に顔を出す。
 その顔をおさえつけながら、カイはぎょっとした様子で、目の前でいまいましげに顔をゆがめる少年を見る。
 この少年は、まったくとんでもない二人に目をつけられたものだと、半分くらいは同情の念もこもっている。
 ひったくりは悪い。何をどう言い訳しても悪い。
 けれど、相手にした二人を思えば、気の毒にもなる。
 カリーナとルーディは犯罪をたしなめるのではなく、それにつけこんでいたぶることを目的にしているから、間違いなく。
 相手が泣いて助けを請えば請うほど、おもしろがってさらにいたぶる。
「君、どうしてそんな馬鹿なことを……!」
 カイは思わず、声を荒げ叫んでいた。
 この場合、馬鹿なことといったのは、ひったくりではなく、この二人を相手にしたことだろう。
 しかし、当然のように、カイの真意は少年には伝わらない。
 非難されたと思ったのだろう、カイをきっとにらみつける。
「うるさいな! 何が悪いんだ!? 金持ちからとって何が悪い!? お前たち金持ちなんて、おいらたち貧乏人を虐げて贅沢ばかりしているじゃないか! おいらたちを苦しめているんだ、ちょっとくらい失敬したって罰はあたりゃしないよ。当然の報いだろう! あんたたちのせいで、せっかくの獲物が台無しになったんだ。落とし前をつけろよ!」
「たわけ」
 そう言うと同時に、いつの間にかカイの腕から抜け出したカリーナの拳が、少年の脳天にお見舞いされていた。
 ごいんと、なんとも鈍い音が波の音の中響く。
「お前がひったくったあのばあさんのどこが金持ちなんだ。もっともらしいことを言うな」
 カリーナは腕組みをし、鼻で笑うように少年を見下ろす。
「な、何しやがるんだ!!」
「それはこちらの台詞だ。お前は馬鹿か。人から盗んだ金で生活して、お前の心はそれで満たされるのか。よく考えろ、こんなことをしていると、いつかは本物の悪人に目をつけられ利用され、あげくお前などひとたまりもなく殺されるぞ」
 威圧するように見下ろすカリーナに、少年は思わずたじろいだように一歩後ずさる。
 カリーナからさっと視線をそらし、足元からのびる自らの影を見つめる。
 体の横で握った両手が、ぶるぶる震える。
「だ、だって……っ」
「だって?」
「だ、だって、病気の妹を医者に診せる金がないんだ。だから……っ」
 少年は搾り出すように叫んだ。
 するとルーディが、感心したように、同時に馬鹿にしたようにほうと吐息をもらす。
「ああ、なんて王道なお涙ちょうだい話なんでしょう」
「だからルーディ、茶化すな」
 カイがあきれたように、ルーディの肩をつかみぐいっと引き寄せる。
 カリーナでさえ、馬鹿にしたような視線をちろりとルーディに向ける。
 そんなこと、ルーディに言われなくても、カリーナもカイもわかっている。
 こんないかにもな、ありきたりな作り話を聞かされたって、はいそうですかと信じる馬鹿がどこにいるだろう。
 しかし、そうは言っても、万が一ということもある。
 カリーナはふむと、考えるように一度小さくうなずく。


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update:11/06/23