エメラブルーの王女(9)
カリーナ姫の野望

 カリーナは試すように、少年をじろりと見る。
「たとえそれが本当だとして、そんな金で助けられても妹は喜ばんだろう。実際、お前が狙ったのは金持ちでも何でもない弱そうな老女だったじゃないか。お前のしたことは、お前が嫌う金持ち連中と大差ない」
「……くっ」
 少年は悔しそうに唇をかむ。
「うわっ、姫が珍しくまともなことを……」
「黙れ、ルーディ」
 相変わらず、ルーディは少年の話をまともに聞こうとはしていない。
 むしろ、カリーナをからかって遊ぶ気まんまん。
 カリーナは蔑むようにルーディを横目で見て、乱暴に言い放った。
 まったく、ルーディが邪魔ばかりするから、話がさっぱりすすまないと言いたげに。
 事実、ルーディはこんな面倒なことにカリーナをかかわらせたくないのだろう。
 ただでさえカリーナ自身が面倒なのに、これ以上厄介事を持ち込まれてはたまらない。
 無駄な仕事が増えるだけ。
 カリーナに関係ないことは、誰が苦しもうとどうでもいい。極力かかわりたくはない。
 とりわけ、人様のものを盗むようなこそ泥は、たとえ子供だとしても相手にしたくないだろう。
 そう、小事でも大事にしてしまうカリーナだから、かかわらせたくない。
 しかし、カリーナは、隙あらばすすんでかかわろうとする。
「妹が病気というのは本当なんだな? 嘘ではないな?」
「嘘じゃねーよ!」
 カリーナの問いかけに、少年はみつめるようににらみつけ、きっぱり言い放った。
 カリーナは探るように少年をにらみつける。
 少年もまた、カリーナの鋭い視線に怖気づくことなく、まっすぐ見つめ返す。
 しばらくそうしていたかと思うと、ふうと、カリーナの口から細い息がもれた。
「そうか、わかった。では、お前の家へ案内しろ」
「はあ!?」
 少年はいびつに顔をゆがめ、すっとんきょうな声をあげた。
 たしかに、あの異様なにらみ合いの末、カリーナの口から出た言葉がそれでは、そんな声のひとつも出したくなるだろう。
 まったく意味がわからない。脈絡がなさすぎる。
 どうして、嘘ではないとそういうことになるのだろうか。
 カリーナはいらだたしげに、とんと地を踏む。
「なんだ、嫌なのか? 妹を医者に診せたいのじゃなかったか?」
「だ、だから、金が……っ」
「だから案内しろと言っている。わからん奴だな」
 業を煮やしたようにカリーナが吐き捨てる。
 すると、少年は探るようにカリーナを見て、はっと何かに気づいたように勢いよくカリーナの手をとった。
「え? あ、う、うん! こっちだよ!」
 ぱっと顔をはなやがせ、とったカリーナの手をぐいっと引っ張る。
 瞬間、カイの目がかっと見開き、怒りの形相を見せる。
 そして、少年の手からカリーナの手を乱暴に取り戻す。
 しかし、カリーナはカイのその手を振り払い、少年の手をつかんだ。
 カイは雷に打たれたような衝撃に顔をゆがめ、がくりと膝を折る。
 まさかここで、カイの手が振り払われるとは思っていなかったのだろう。
 いつものカリーナなら、カイが手をとると、嬉しそうにすり寄ってくるのに。
 カリーナがカイの手より少年の手を選んだというその事実だけで、カイはすぐさま死ねる。
 衝撃にぐわらんぐわらん頭をまわすカイを、ルーディは楽しげにつんつんつつく。
 まったく、子供相手にやきもちをやくなど、カイはなんて心がせまいのだろう。
 少年は先ほどまでの生意気そうな目を、今は年相応に嬉しそうにきらきら輝かせている。
 そうして見ると、普通の無邪気な子供のように見える。盗みを働くようには見えない。
「おいら、ロイルってんだ。あんたは?」
「カリーナさまだ」
「そっか、カリーナか」
 またしても、カリーナの鉄槌がロイルの脳天にお見舞いされた。
 カリーナが威圧するようにロイルを見下ろす。
「カリーナさまと言っているだろう」
 ロイルは涙目になり、ごつんとやられた脳天を手でおさえる。
 腑に落ちないと、ぶうと頬をふくらませる。
 悔しそうに、カリーナを見上げる。
「……くそっ。カリーナ……姉ちゃん」
「まあ、よかろう。それで許してやろう」
 納得はできていないが、仕方ないといった様子で、カリーナはおもしろくなさそうに舌打ちする。
 呼び捨てよりもまあ、それの方が幾分かはましだろう。
「はあ、やれやれ。姫にもこまったものですねえ。すぐに厄介事に首をつっこみたがるのですから」
 面倒くさそうに、ルーディがカリーナへ歩み寄る。
 その後を、ようやく衝撃から立ち直ってきたカイものろのろついていく。
「というか、どうせこうなるだろうと、二人とも気づいていたでしょう」
 カイもまた、面倒くさそうにため息をもらした。
 カリーナが厄介事に首をつっこむと、ルーディ以上に面倒になるのはカイだから。
「いなかったくせに、やけに知ったふうな口をきくな。カイのくせに生意気だぞ」
 カイとルーディのつぶやきが聞こえたのだろう、カリーナはぐるんと首をまわし、にらみつけるようにカイを見る。
 カイはカリーナをじっと見て、諦めたように肩を落とした。
「知ったふうというか、簡単に想像がつくんですよ、二人の行動傾向など」
 カリーナはにやっと笑うと、楽しげにカイの肩をばしばしたたく。
 その手をカイはとり、ぎゅっと握り締める。
「ははは、それでこそカイだ。仕方がないから誉めてやってもいいぞ」
「遠慮しておきます。全然誉められている気になれないので」
「なんだ、つまらんな」
 恨めしそうに見つめるカイに、カリーナはにっと得意げな笑みを向けた。
 太陽はもうすっかり水平線の向こうに沈み、空が夜の準備をはじめていた。
 冷たくなった海風が、ぴゅうと通り過ぎていく。
 潮騒が、夜を運んでくる。


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update:11/06/28