エメラブルーの王女(11)
カリーナ姫の野望

「ところでお前、仕事はしているのか? それとも学校に行っているのか?」
 あくまで不遜に見下ろすカリーナを、ロイルは物言いたげにじっと見る。
 けれどすぐに、何を言っても無駄だと悟ったのだろう、抵抗することを諦めため息をついた。
 どうやら、短時間のうちに、カリーナとの接し方を学習したらしい。
 この横暴姫君には下手に逆らってはいけない。
 子供とて容赦なく、逆らう者は踏みつける。逆らわなくたって、気に入らなければ踏みつけるけれど。
「学校に行く余裕なんてないよ。それに、どんなに働きたくたって、おいらみたいな子供を働かせてくれるところなんてないよ。みんな門前払いさ」
 子供ながらにこの世の酸いを悟ったように、ロイルは鼻で笑うようにはき捨てる。
 その態度には、そんなこと、聞かなくたってわかるだろう?という皮肉もこもっている。
 カリーナもそれをわかっていてあえて尋ねたのだろう、ロイルの返事に満足そうにうなずく。
 カイとルーディはやれやれといった様子で肩をすくめて、目配せしあう。
 まーたカリーナが面倒なことをはじめた、とでも言いたげに。
 座ったままになっているロイルの腕を、カリーナはぐいっとつかみあげる。
「そうか、では、仕事があれば、どんなに厳しくても、薄給でも、真面目に働く気はあるか?」
「当たり前だ! 働きたくても仕事がないんだよ! 仕事があれば、あんなことだってしない!」
 カリーナをきっとにらみつけ、ロイルは勢いよく叫ぶ。
 そんな当たり前のことを聞いて、馬鹿にしたいのか!?と、非難いっぱいを目にためている。
 そのようなロイルを見て、カリーナは興を覚えたようににやっと口のはしを上げた。
「よし、では明日朝八時、城下西城門近くの神殿に来い。仕事を紹介してやる」
「へ……?」
 得意げににかっと笑うカリーナを、ロイルはぽかんと見つめる。
 カリーナの言葉を理解できていないのだろう。
 ちんぷんかんぷんと首をかしげる。
 カリーナは面倒くさそうに舌打ちし、ロイルの腕を引き、一気に立ち上がらせる。
「だから、もう二度とあんな馬鹿なことはするな。あんなことばかりしていると、そのうちたちの悪い奴らに利用されるぞ」
「はじめてが未遂ですんでよかったですね」
 ルーディがちらとロイルに視線を流し、くすくすと楽しげに笑う。
 瞬間、何かに気づいたようにロイルはぎょっと目を見開き、悔しそうに舌打ちした。
「何から何までばればれかよっ」
 そして、いまいましげにはき捨てる。
 どうやら、ロイルがどんなに常習のふりをしてみても、ルーディにはあれがはじめてだったと、切羽詰った上での強行だったと、悟られてしまっていたらしい。
 つまりは、悪ぶってみても、無駄ということ。
 この分だと、きっとカリーナにもばればれだろう。
 そして、カリーナの言葉は正しいと、悔しいがロイルも納得している。
 だって、たしかに、何事においても上には上がいるのだから。それを、ロイルのすぐ目の前で証明している。
「っていうか、あんたたちも十分たちが悪いんだけれど」
 悔し紛れにロイルがぼそりつぶやいた。
 すると、ルーディはにっこり笑い、ロイルの頭を押さえつけるようにぐりぐりなでる。
「ぎゃあ、いってー! あんたは悪魔か!!」
 ロイルは必死にルーディの手をはらいながら、ぎゃんぎゃんわめく。
 本当に、なんてたちが悪い大人なのだろう。ロイルから財布をすり返すあの手際といい、ルーディこそが本物の悪だと、ロイルは心の底から実感する。
 悲鳴をあげわめくロイルを、カリーナは楽しげに笑い飛ばし、カイはさらっと無視しておろおろするルディアを寝台に横たえている。
 いたいけな子供がたちが悪い大人にいたぶられていたって、助けようとする大人はいない。
 ああ、世の中、なんて理不尽で無慈悲なんだと、ロイルは心の底から思ったことだろう。
 何しろ、相手にしたのが悪かった。
 知らなかったにしても、ロイルが相手に選んだのは、エメラブルーの王も手を焼く三人組なのだから。
 子供でも手加減なんてものはしない。もとから持ち合わせていない。やる時はとことんやる。
 近所迷惑もおかまいなしにぎゃあぎゃあ騒ぎたてるも、ルディアの目にはどことなく楽しそうに見えたのだろう。ルディアは横たわる寝台からロイルを見つめ、くすりと小さく笑う。
 実際、子供らしく騒ぐロイルの姿を、ルディアは久しぶりに見た。
 その時だった。
 ぐらりと地面がゆれ、地響きとともに爆発音のようなものが聞こえた。
 そのすぐ後に、建物が崩壊するようなにぎやかな音が響く。
「お、お兄ちゃん!」
 ルディアが不安げに薄布をぎゅっと握り締め、すがるようにロイルを呼ぶ。
 ロイルはルーディの押さえつける手を乱暴に振り払い、ルディアにさっと駆け寄った。
 そして、怯えるルディアを、守るように抱きしめる。
「大丈夫だ、ルディア。兄ちゃんが守ってやる」
 鬼気迫った顔で、ロイルは辺りを警戒するように窓の外をにらみつける。
「……何だ?」
 カリーナが怪訝につぶやくと、カイがさっと寄り添い、肩を抱き寄せる。
 先ほどの揺れ具合は、地震のようではなかった。
「さあ? 外が騒がしいようですが……」
 そして、外の様子をさぐるようにつぶやく。
 ルーディもまた、先ほどまでの意地悪い笑みを消し、ぴりっとした空気を身にまとった。
 様子を確認するため、一歩扉へ足を踏み出す。
 その背に向かい、ロイルが悲痛に声を上げる。
「奴らだ、奴らがまた来たんだよ!」
 カリーナは抱き寄せるカイの腕をぐいっとつかみ、上体をロイルへ乗り出す。
「ロイル? どういうことだ?」
「地上げ屋だよ! 奴ら、おいらたちをここから追い出そうとしているんだ!」
 ロイルは恐怖に瞳をそめ、ルディアをぎゅうと抱きしめる。
「ああ、では、あの噂は本当だったのですねえ」
 すっと扉へ歩み寄り、そこから外の様子をうかがいつつ、ルーディがほのぼのつぶやく。
 瞬間、カリーナの顔が険しくゆがんだ。
 つかむカイの腕に、ぎりっと力がこもる。
「ルーディ、どういうことだ?」
「いえ、何も」
 ルーディは振り返り、カリーナににっこり笑ってみせる。
 またいちだんと、カイの腕をにぎるカリーナの手に力がこもる。
 カイは一瞬、痛みに顔をゆがめた。
「ルーディ、言え」
 そして、カリーナはぼそりつぶやくと、とうとうカイの腕を振り払い、突き飛ばす。
 ずんずんルーディの元へ歩み寄る。
 目の前にやってきたカリーナに、ルーディはやはり清々しく微笑む。
「嫌ですよ。言ったら、姫はまた暴走するじゃないですか」
「……いいから、言え」
 カリーナは、取り出した懐刀を、ルーディの首にぐりっとおしあてた。
 今にもそのまま刃を首に沈める勢いで、カリーナはいまいましげにルーディをにらみつける。
 すると、横からするっと手がのびてきて、それをあっさりカリーナの手から奪い取った。
 カリーナがさっと視線をやると、カイが呆れたようにそこに立っていた。
「ああもう、はいはい。姫、危険だからこれはしまいましょうね」
 カイはそう言って、カリーナの左手にもたれていた鞘も奪い取り、刀をしまっていく。
 カリーナは腹立たしげに、舌打ちする。
 そして今度は、両手をルーディの首にかけた。
「これくらいでは、ルーディは死なん」
「まあ、それはそうですが……」
 カイはやれやれと肩をすくめ、今度はカリーナの手に手をそえる。
 そして、ルーディの首から奪うように、カリーナの手をはがしていく。
「カイ、何か言いましたか?」
 首にほんのり手形をつけ、ルーディはにっこり微笑んだ。しかし、目はさっぱり微笑んでいない。
 カイはじとりとルーディを見たかと思うと、ふうと重いため息をもらした。
 そして、訴えるように見るカリーナを、諦めたように見る。
 カリーナから奪い取った懐刀を胸の内にしまう。


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update:11/07/14