エメラブルーの王女(12)
カリーナ姫の野望

「姫、この土地は今、何者かが買いあさっているのですよ。このような乱暴なやり方で」
「何だと!? わたしは知らないぞ!」
 諦めたようにカイがそう告げると、カリーナは今度はその胸倉をつかみあげる。
「当たり前ですよ。姫の耳に入らないよう緘口令をしいているんですから」
 面倒くさそうにルーディがつづける。
「何故だ!?」
「姫に暴走されないようにですよ。知ったら、絶対おもしろがって見にいくと言い出すでしょう。げんに今も、目がとってもきらきら輝いていますよ」
 はあとまた大きな吐息をもらすと、カイはカリーナの額をつんとつく。
「……くっ」
 カリーナははっとして、悔しそうに顔をゆがめた。
 そして、ゆっくりカイの胸倉から手をはなしていく。
 どうやら、カイが言ったことは図星だったらしい。事実、カイを問いただしていた時、目が楽しげにきらきら輝いていた。
 まあ、カイでなくたって誰でも、カリーナの行動などすぐに想像ができるだろうけれど。
 あっちで火事があると聞けば見学に行くといい、こっちで騒動があれば参加すると言う、そんな姫君なのだから。
「それで、何故こんな土地を? ここは無価値に等しいぞ」
 図星をつかれたことを誤魔化すように、カリーナは腕組みをしふんぞりかえる。
 カイにつんとされたおでこも気になるところだけれど、そこは必死に気にしていないふりをする。
 とりあえず、カイに気づかれたのが輝く瞳の方だけで、カリーナとしては実は少しほっとしている。
 まさか、つんと触れたおでこに熱を持ち、胸がどきどきしていることなど悟られてはいけない。それに気づかれることは、カリーナの誇りが許さない。恥ずかしくて、カイを殴り倒してしまう。
「どうやら外国からの圧力があるようで……。この辺り一帯の土地をまとめて買い上げようという物好きな動きがあるようです」
 ルーディは観念したのか、先ほどとは違い、カリーナにさらさら説明する。
 たしかに、カリーナにここまで知られてしまったら、隠す方が余計に厄介なことになる。
 どうしても知りたがったカリーナに単独行動にでられる方が面倒。
 ならば、適度な情報を与え、手のひらの上でころがしておいた方が扱いは楽。
 カリーナの暴走はそれはそれでおもしろいけれど、それも場合による。
 カリーナがかかわると余計にややこしいことになりそうな時は、余計な手間を省くためにかかわらせないこともある。
 まあ、その場合でも、騒動感知器でもついているのだろうか、カリーナは松露(トリュフ)を探す豚のようによく鼻がきくけれど。
 今回だって、城中に緘口令をしいていたはずなのに、こんな予想外のところでカリーナの知るところとなってしまった。
 いつものようにカリーナはきまぐれを起こしただけなのに、何故か気づけば問題の只中にいる。
 ここまでくると、カリーナ自ら騒動を吸い寄せているとしか思えない。騒動がカリーナを好いているとしか思えない。
 ロイルは、いきなりはじまった難しい話に、不安げに三人を見つめている。
「なんだそれ、妙な話だな。大枚をはたき再開発するにしたって、原資を回収できるだけの利益が生まれるようには思えないが?」
「ええ、ですから我々も……」
「ルーディ、待った! それ以上は姫には――」
 さらりとルーディが答えようとすると、カイははっとして、慌てて二人の間に割り込む。
 しかし、その時にはすでにおそかった。
 非難するようにカリーナがじろりとカイをにらみつけている。
「もう遅い。カイは黙っていろ、というか、お前、ルーディとぐるだな?」
 カイはぐっと口をつぐみ、必死に負けじとカリーナを見つめ返す。
 けれど、すぐに根負けしてしまい、ぶるんと首を横にふった。
 そして、なげやりに言い放つ。
「まったくもうっ。だから姫には教えたくなかったんですよ。お願いですから、無茶はしないでくださいね」
 カリーナはぱちくりと目をしばたたかせる。
 そして、にたりと意地悪い笑みを浮かべた。
「心おきなくしてやろう。そして、お前だけ苦労しろ」
「姫ー!!」
 カイの悲鳴に似た絶叫がとどろく。
 結局は、カリーナを相手には何をしても結果は同じ。
 どんなにカリーナから危険を遠ざけようとしても、自ら突っ込んでいくのだから意味がない。
 ならば、はじめから無駄な抵抗はしない方が楽だろう。
 そうわかっているはずなのに、何度も同じことを繰り返す。
 繰り返し、カイは嘆くことになる。
 カイはさっぱり学習しない。
 カリーナは得意げに、かかかかかと笑う。
 ルーディもとりあえずふりをしただけて、はじめからカリーナをとめる気はなかったのだろう。
 単独行動をとられれば面倒だけれど、そうでなければとっても面白いことになる。
 カリーナの行動は予測が簡単だけれど、時に予想外のことをしでかす。それが、愉快でたまらない。
 おいおい嘆くカイをげしっと足蹴にして、カリーナはルーディに向き合う。
「それで、ひどい追い出しにあっているわけか」
「そのようですね」
 ルーディもにっこり笑い、じめじめうっとうしいカイをどんと突き飛ばした。
「ん? でも妙な話だなあ。この辺りは、慈善家たちが安い家賃で貸し与えている場所だろう? それを理由に税も優遇してやっているんだ。世間の批判をあびるとわかっていて、慈善家たちが黙って見ているとも思えないが……?」
「ですから、我々も不審に思い、調べているところなんですよ」
 むっと眉根と寄せ考え込むカリーナの顔に、ルーディはずいっと顔を寄せる。
 カリーナとルーディは顔を見合わせ、互いに確認しあうように目配せする。
 すると突然、ルーディがやけにさわやかににっこり笑った。
「ところで、悲鳴まで聞こえてきましたが、このままほうっておきますか?」
 くいっと首をかしげて、あっけらかんと言い放つ。
 瞬間、それまでくさっていたカイがはっとして、ばっと立ち上がった。
 たしかに、屋外の向こうの方から悲鳴のようなものが聞こえる。
「そのようなわけがないだろう。行くぞ、ルーディ。姫はここでおとなしくしていてください」
 カイがルーディの腕をぐいっと引く。
 けれど、ルーディはそこに足をはりつけたように、ぴくりとすら動こうとしない。
 そして、不満げに、じとりとカイを見る。
「何故わたしが行かねばならないのです? 行きたいならカイお一人でどうぞ」
「ルーディ!」
 カイに怒鳴りつけられると、ルーディはすねたように口をとがらせる。
 面倒くさそうに、渋々、のそりと足を一歩踏み出した。
「いいですか、姫はここでおとなしく待っていてくださいね」
 カイはもう一度念を押し、じっとカリーナを見つめる。
 すると、カリーナはぶうと頬をふくらませた。
 けれどすぐに諦めたように、カリーナは素直に扉を開け、二人を促す。
「はあ、やれやれ。カイは熱くてかないませんねえ」
 カリーナがあけた扉から、ルーディは気が乗らないといった様子で、カイにずるずる引っ張られていく。
 大通りや貴族の屋敷が集まる区画、港などの主要なところは、街灯の恩恵を受け夜でも十分明るい。
 しかし、この辺りのように半分見捨てられたような土地には、街灯は設置されていない。
 カリーナは暗い路地へ歩き出す二人へ向けて、ひらひら手をふる。
 どうやら、ルーディ同様、そんな面倒なことには手をかすつもりはないらしい。
 それを見届け、カイもどこか安心したように、ルーディを引っ張っていく。
 満月の今宵は、明かりがなくとも十分に道を行く程度には明るい。
 暗がりにうっすら二人の姿が浮き上がる程度に離れた頃、カリーナはにたりと口のはしをあげた。
「というか、このわたしがおとなしく待っているはずがなかろう」
 そして、にっと笑って、カリーナも楽しげに家を飛び出し、二人の後を追いかけていく。
 気をきかせたのは、一度カイを安心させ油断させるための行動だったのだろう。
 騒動大好きのカリーナにしてはやけに物分りがいいと思えば、そういう魂胆だったらしい。
「カ、カリーナ姉ちゃん!? 行ったら危ないぞ!」
 るんるんと家を出て行ったカリーナに気づき、ロイルは慌てて叫ぶ。
 すると、カリーナはくるんと振り返り、得意げに言い放つ。
「誰に言っている? わたしはカリーナ姫さまだぞ。このわたしがこの程度でやられるはずがない」
 そして、ロイルがとめるのも聞かず、カリーナもまた、暗がりに姿を消していく。
 ロイルはこの短い間でも、カリーナは言い出したら聞かないと十分理解していた。顔を青くして、ただカリーナを見送ることしかできなかった。
 本当に、なんて困った姫君だろう。
 こういう場合は、おとなしく騎士の帰りを待つのが、普通の姫君だろうに。自ら危険の渦中に突っ込んでいく姫君など、聞いたことがない。
 カリーナの場合は、渦中に首を突っ込むだけでなく、さらにそこで誰よりも大暴れして、必要ない犠牲者を生み出すのだけれど。


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update:11/07/20