エメラブルーの王女(13)
カリーナ姫の野望

「なんだ、つまらん。もう片づいたのか」
 不満げにつぶやくカリーナの足元に、いかにも柄が悪そうな男が一人、ごろんところがっている。
 それを、うっとうしげにぞんざいにひと蹴りする。
 カリーナがカイとルーディに追いついた時には、もうすでに一戦交えた後のようだった。
 カリーナの足元だけでなく、一帯にいくらか転がる男の姿がある。
 皆、苦しげにうめき声をあげている。
 どうやら、お仕置きをしただけで、殺してはいないらしい。
 それが、さらにカリーナを面白くなくさせる。ちっと舌打ちする。
 一息つき、剣を鞘に戻そうとしていたカイが、カリーナの声にはじかれたようにぎょっとして振り返る。
「ひ、姫!? 来ては駄目だと言ったでしょう!」
 そして、慌ててカリーナのもとへ駆け寄る。
「お前の指図など受けん。というか、このわたしに指図しようなど、百万年早いわ。お前は何様のつもりだ?」
 抱き寄せようとするカイの胸をどんとおし、カリーナは恨めしげにカイをにらみつける。
 せっかくカリーナも参加して、転がる男たちで遊ぼうと思ったのに、さっさと二人だけで片づけてしまうとは何事だろう。カリーナはとっても面白くない。
 さらに、とどめをささず転がすだけなんて、甘い、甘すぎる。ここはさっくり命を奪ってしまった方が楽しいのに、……と何とも危険な訴えをカリーナはカイへ送る。
 言葉にせずともカリーナの考えが悲しいまでにわかってしまい、カイはぐらりとめまいを覚える。
 本当に、カリーナはなんて無慈悲で凶暴な姫君なのだろう。
 相手はただの地上げ屋。命まで奪う必要はないだろう。
「はあ、まったくもう、姫は……」
 カイは早々に観念し、微苦笑を浮かべる。
 カイの背では、ルーディが地面でもだえる男の一人の胸倉をつかみあげている。
 これから、ルーディの死んだ方がましと思えるような、簡単な尋問がはじまるのだろう。
 これだけの人数、しょっぴくにしても、カイとルーディ二人だけではさすがに無理がある。
 ひとまず拘束をして後で人を呼ぶにしても、とりあえず簡単な確認だけはしておくつもりらしい。
 ぶうと頬をふくらませすねるカリーナに、カイは困ったように眉尻を下げた。
 たしかに、カリーナがカイの言うことを素直に聞くはずがなかった。
 こうと決めたら頑として譲らない、それがカリーナだから。
 何より、遠慮なくいたぶれる鴨が目の前にいるのに、おあずけをくらわされてはすねても仕方がない。
「姫、こちらへ。この男たちは片づけたとはいえ、まだ付近に仲間がひそんでいるかもしれません」
 そう言って、カイはカリーナにすっと手をさしだす。
 カリーナはカイの手をじっと見つめ、嬉しそうにほわっと微笑み、その手に手をのばしていく。
 その時だった。
 重ねられようとしていた二人の手をかすめるように、すぐ下の地面に一本の矢が突き刺さった。
 はっとして、カイは乱暴にカリーナをぐいっと抱き寄せる。
 その胸に包み込むようにして、カリーナを守る。
 カリーナは一瞬のことに訳がわからず、カイの胸の中でぽかんとしている。
 すると、カリーナの目の前で、カイの剣がうなりをあげた。
 同時に、地面に、二つに折れた矢がぽとっと落ちた。
 どうやら、カイの憂いは迷惑なことに的中してしまったらしく、残党がいたらしい。
 そして、どこからか、報復の如く矢を放っているのだろう。
 ふいにカリーナとカイの前にルーディが現れ、飛んできた矢を素手でがしっとつかんだ。
 そして、地面にたたきつける。
 カイとルーディは互いにちらと目配せしあう。
 同時に、二人はばっと離れ、ルーディがまた一本、そしてカイがカリーナを抱いたまま二本、矢を叩き落した。
 二人、互いに背と背を向け合い、辺りへ意識をめぐらせる。
 カリーナはただぎゅっと、カイの胸に抱きついていた。
 カリーナも馬鹿ではない。
 二人のように、並外れた身体能力で矢をたたきはらうことはさすがにできない。
 では、足手まといにならないよう、ここは大人しくカイに守られている方が賢いだろう。
 いや、それでもいつものカリーナなら、自ら矢面に立つだろうけれど、今はなんだかこの胸の中からはなれがたく、素直に守られているふりをする。
 そうすれば、もう少し、カイの胸のぬくもりを感じていられるから。
 不謹慎だけれど、二人なら大丈夫と絶対の安心があるから、これも許されるだろう。
 しばらく二人は辺りを警戒していたが、もう矢が飛んでくる気配がないことを確認すると、ゆっくりと体から力を抜いていく。
 ふと辺りを見ると、地面に転がしていた男たちすべて、いつの間にか姿を消していた。
「……ちっ。逃げ足の速い奴らめっ」
 カリーナはそれを見て、苦々しく声をもらした。
 矢に気をとられている間に、まんまと仲間に回収され逃げられてしまったらしい。
 けれど、カイもルーディもさして気にした様子はない。
 まるで、そうなるように仕向けていたとすら思えるほど、余裕の笑みを浮かべている。
 カリーナは一人だけおいてけぼりをくらったみたいで、おもしろくない。
 果たして、飛んできたあの無数の矢は、男たちを逃がすためのものだったのだろうか。
 それとも、また別件か……。
 今の段階では、どちらとも判断し難い。
 しかし、、事はカリーナが想像するより、カイとルーディが把握していたより、大事になっているのだろう。
 仮に地上げ屋と矢が関係あるなら、そうまでしてのたかが地上げ屋の口封じあるいは回収など、普通は考えられない。
 彼らは、ただの地上げ屋ではなかったということになるだろう。
 つまりは、裏に黒幕がいるということになる。しかも、これだけの人間を使えてこれだけの仕事ができる、力を持った者が……。
 あのルーディが、複雑に顔をゆがめているくらいだから、事態は思いのほか大事になりつつあるのだろう。
 カイは悔しげにぎりっと奥歯をかんだ。
 そして、関係がなかったとしたら、話がややこしくなる。
 地上げ屋はまあそうでもないかもしれないが、どうしてカリーナたちが矢の攻撃を受けなければならないかがわからない。
 そうなると、矢の件については、一から調べ上げねばならなくなる。面倒なことに。


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update:11/07/30