エメラブルーの王女(14)
カリーナ姫の野望

 ルーディは腰をかがめ、落ちていた矢を一本ずつ、全部で十本ほどを拾い上げた。
 場所柄もあり、この場に放置しておくわけにもいかず、また証拠として持ち帰るのだろう。
 拾い上げたうちの一本を、ルーディはなめるように観察する。
「このやじりの巻き方は、……西の隣国ガルディアのもの?」
「え?」
 カイの胸の中で、カリーナがぴくんと反応した。
 抱き寄せるカイの両腕をぎゅっとにぎり、身を乗り出すようにルーディが持つ矢を見る。
「ああ、たしかにこれはガルディアだな。――しかし、何故ガルディアの矢がこんなところで?」
 カイもルーディが持つ矢を見て、こくりうなずいた。
 ガルディアといえば、すぐ隣のそこそこ大きな国。
 最近権力争いが勃発し、情勢が少々不安定と聞く。
 自国だけで大変な時期に、まさかよその国にちょっかいをかけるとも思えない。
 何より、何かを企む者が、このようにすぐに足がつくようなへまをするだろうか?
「お前たち、それだけで何故ガルディアだとわかる!?」
 カリーナは訝しげに、カイとルーディを見つめる。
 すると、二人は薄く笑みを浮かべ、この場からゆっくり歩き出す。
 カリーナも、カイに抱えられるようにつれられていく。
 ここにいつまでもとどまっていても、危険があるだけで意味はない。
 再び襲ってくることはないだろうけれど、用心にこしたことはない。
 それに、いつまでもここにいては、いつまでもカイの胸にカリーナを抱きしめておかなければならない。
 カイとしてはそれでも別にかまわないけれど、カリーナがどうにも矢に興味を持ちはじめたのでことさらこの場にとどまるわけにいかない。
 本当ならば、カリーナには見せたくはないけれど、あまり邪魔ばかりしているとご機嫌がななめになってしまう。
 それに、ここまできてしまったら、もうカリーナを誤魔化すこともできないだろう。
 ならば、下手に暴走されないために、ほどほどの情報は与えておかねばならない。
 仲間はずれにされていないと思わせておけば、とりあえずカリーナはおとなしい。あくまで、カリーナにしてはおとなしいだけで、世間一般ではまったくおとなしくはないけれど。
「姫はご存知ないのですね。やじりの巻き方は国によって異なるのですよ。戦場での敵味方を区別する目安にもなります」
 一戦交えた場所が見えなくなった頃、ようやくカイはその胸からカリーナを解放した。
 すると、カリーナは待っていましたとばかりに、ルーディの手にある矢へくらいつくように飛びかかる。
 そして、ルーディの手をつけたまま、二人が言っていたやじりをまじまじ見る。
 しかし、巻き方の違いというものがさっぱりわからず、早々に興味を失い、つまらなそうにぽいっと放り捨てた。
「へー、奇妙なことをするんだなあ」
 それでも、カリーナは一応は感心したように相槌は打つ。
 妙なところで誇りだけは高いので、あくまで会話に入ろうとする。
 カイは困ったように肩をすくめた。
「まあ、もとより、このグリーエデンではもう何百年と戦争などという無粋なものはありませんから、今ではあくまで形式的なものになっていますけれどね」
 ルーディが、先を促すようにぽんとカリーナの頭をなでる。
 すると、カリーナは皮肉るように笑みを浮かべた。
「そうか。ルーディ、お前、くさっても一応騎士だったんだな」
「くさってもは余分ですよ」
 カリーナはカイとルーディに手を引かれ、暗い通りを歩いていく。
 街灯のひとつもないこの通りでは、空からもたらされる月明かりだけが頼り。


「ね、姉ちゃん! 大丈夫だったか!?」
 ロイルの家まで戻ると、ロイルが血相を変えてカリーナたちに駆け寄った。
 カイとルーディはまだしも、さすがに王女であるカリーナまで飛び出していったので、気が気でなかったのだろう。
 なんだかんだ言ってもカリーナは女性、カイやルーディのような男のようにはいかない。
 だからといって、自分も行っては足手まといになると思い、ロイルは大人しく家で帰りを待っていたのだろう。
 カリーナよりはよほど賢明だろう。
「ああ、とりあえず、全部ぶちのめした、――こいつらが」
 カリーナが面白くなさそうに頬をふくらませ、親指をたてカイとルーディをくいっと示し、はき捨てる。
 カリーナも一緒になって暴れられなかったことが、よほど気に食わないのだろう。
「へえ、あんたたち、すごいんだな!」
 ロイルはカリーナの言葉をあっさり信じ、目をきらきら輝かせ、感心したようにカイとルーディを見る。
「当たり前ではありませんか。我々は王族を護る護衛官ですよ? ごろつきの十人や二十人、一瞬で片づけられなくては務まりません」
「十人もいなかったけれどな」
 ルーディがひょうひょうと答えると、カリーナがふてくされたように揚げ足をとる。
 やはり、悪者退治の仲間に入れてもらえなかったことを、相当根に持っているのだろう。
 まったく、面倒なお姫様なのだから。
 しかし、それでも、ロイルにとっては十分にすごいことなのだろう、尊敬の眼差しをカイとルーディに送っている。
 これまで、この界隈を困らせていた悪者を退治したのだから、それだけで十分ロイルにとっては敬うに値する。
 カリーナはますます面白くなくなり、舌打ちをする。
「お、お兄ちゃん、お姉ちゃんたちは大丈夫だった?」
 ごほごほせきをしながら、ルディアがよろりと家の中から顔をのぞかせた。
 瞬間、きらきら瞳を輝かせるロイルが、慌ててルディアへ駆け寄り抱き寄せる。
「ルディア! 馬鹿、寝てなきゃだめだろう!」
「だ、だって……っ」
 ルディアは訴えるようにロイルを見つめる。
「まあいい。ちょうどいいから、お前たち、来い」
 目の前でうっとうしいくらいの兄妹愛を演じる二人に、カリーナはぞんざいに言い放つ。
 ルーディから上着を乱暴にはぎとり、ルディアにさっと着せかけた。
「……え?」
 ロイルとルディアは同時に、不思議そうにカリーナを見上げる。
 にっと、得意げにカリーナの口元が笑みを刻む。
「腹が減った。つきあえ」
 そして、やはりぞんざいに言い放ち、親指で表通りの方角をくいっと示す。
 ロイルはびっくりしたようにカリーナをまじまじ見つめ、「うん!」と元気よく答えた。
 ルディアは風邪をひいているとはいえ、食事に出られないほどではない。
 カリーナは満足げにふんぞり返る。
 別に、ルディアに着せかけるのは、ルーディの上着でなくたって、カイの上着でもよかった。
 けれど、たとえ病気の子供相手でも、カリーナはどうしてもそれだけは嫌だった。
 カイの服が、今までカイのぬくもりを抱いていたそれが、カリーナ以外の者に触れることが、どうしても嫌だった。
 上着をはぎとられたルーディは、「もう、姫は乱暴ですねえ」とぶうぶう文句を言っている。
「まったくもう、姫は」
 カイは護衛官の制服の上着をさっとぬぎ、カリーナの肩にそっと着せかける。困ったように、微笑む。
 カリーナはじっとカイを見つめ、さっと顔をそらした。
 カイに気づかれないように、カイのぬくもりが残る上着にそっと頬を触れさせる。
 たしかに、夜ともなると肌寒い。
「それよりも、カイ……」
「ええ、これは一度詳しく調べる必要があるようですね」
 何事もなかったように振り返り、カリーナはそう耳打ちした。
 すると、カイもわかっていたようで小さくうなずいた。
 ルーディは相変わらず、カリーナの乱暴に不平をもらしている。
 ルディアに上着を貸すことは問題ないが、だからといって、乱暴にはぎとらなくてもいいだろうと、そこをねちねちぼやき続ける。
 カリーナが差し出した手をルディアが嬉しそうに握り、月明かりの下、明るい表通りへゆっくり歩いていく。


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update:11/08/14