エメラブルーの王女(15)
カリーナ姫の野望

 空には月が浮かんでいる。
 先ほどまで月を隠していた雲は、上空に吹く風にさらうようにつれられ、向こうの方へ逃げて行ってしまった。
 カリーナの流した艶やかな黒い髪を、風がさわさわ揺らしていく。
 ゆったりとした夜着に身を包み、揺れる窓掛けに包まれるように窓辺に座り、外を眺めている。
 カリーナの手には、からまる細い鎖。
 手のひらには、空から落ちてきた星がひとつ光っている。
 それをそのまま手のひらから鎖を流し、真ん丸い月へ星をかざし、見ほれるように仰ぎ見る。
 月の光を受け、それは赤から青、黄色に紫と、いろいろな色に変化する。
 そして、思い出したように、星がきらめく白金の鎖を首へまわしていく。
 手間取るように、首の後ろにまわした両手をおたおた動かしていく。
 その時だった。くすりと、小さく笑う声がカリーナの耳に届いた。
 はっとして振り返ると、そこに笑いをこらえるように肩を小さくゆらすカイが立っていた。
「……カイ、こんな夜更けに夜這いか?」
「あなたと一緒にしないでください」
 カリーナがにやりとからかうように笑みを浮かべると、カイがぴしゃりと言い切った。
 カリーナの場合、するとしたら夜這い≠ナはなく夜討ち≠ネのだけれど。
 満月を背に、カリーナは小さく口だけを動かし、「なんだ、つまらん」と残念そうにつぶやく。
 声にならないそのカリーナの言葉に、果たしてカイは気づいたのだろうか。
 困ったように小さく笑うと、カイはカリーナへすっと手をのばす。
「姫、貸してください。つけてさしあげますよ」
 そう言ってカイが手をのばした先には、カリーナの手にからまるようにして星形の石をつけた鎖がある。
 その鎖は――首飾りは、昼間、カイがカリーナに送った偽物≠フイリスの首飾り。
「な、何を勘違いしている。わたしはまさしく今、これを引きちぎろうとしていただけ――」
 カリーナは慌てて、イリスの首飾りを持つ手を引っ込める。
 すると、カイは妙に真剣みを帯びた眼差しをカリーナへ向けた。
「つけさせてください」
 カリーナはかっと頬を赤らめ、ぷいっと顔をそむける。同時に、首飾りを持つ手を、ぐいっとカイへ突き出した。
 カイはおかしそうに笑いながら、カリーナの手から首飾りを受け取る。
「ありがとうございます」
 そして、両手で髪をかき上げるカリーナの首に、カイの手によってしゃらりと鎖がまわされていく。
 カリーナの鎖骨に、こつんと星型の石が触れた。
 カリーナの耳のすぐそばで、カイの息遣いが聞こえる。
 カイの指が、するりとカリーナの首をなぞるように触れる。
 カリーナは思わず、かき上げる髪の下で両手を組みぎゅっとにぎりしめていた。
 そうしていないと、今にも息がとまりそうだったから。
 全神経がカイが触れるそこに集中してしまい、呼吸の仕方を忘れてしまう。
 蒸発してしまいそうなほど、体中が熱い。
「はい、終わりましたよ」
 ふわりとカリーナの首筋をカイの吐息がくすぐる。
 カリーナの目が、思わずぐるぐるまわりそうになる。
 さらりと、かき上げた髪が再び背に流れる。
 月明かりを受けにっこり笑うカイの顔を、カリーナは思わずじっと見つめてしまう。
 そうして、二人、どちらからともなく引き寄せられるように、顔がゆっくり近づいていく。
 カイの吐息がカリーナの唇に触れそうになった時、カリーナは慌ててぱっと顔をそらした。
 帯びる熱を誤魔化すように、カリーナは手の甲できゅっと唇をおさえる。
 そして、寝台へ駆ける。その上に脱ぎ散らかしたままになっていた、昼間着ていた服をごそごそあさった。
 それから、くるりと振り返り、カリーナは再びカイへ駆け寄る。
 カイは不思議そうに首をかしげ、カリーナの行動を見ている。
 カイのもとまで戻ると、カリーナは握った右手をぐいっと突き出した。
「カイ、やる」
 そうして、握っていた手をぱっとひらいた。
 そこには、小さな石がついた革の腕輪があった。
 石は、カイの瞳のように、深く濃く優しい、それでいて透き通った藍色をしている。
「え? これは、守り石……ですか?」
 カイは確認するように石を見つめる。
 すると、カリーナは得意げににっと笑みを浮かべた。
「お前にはこの安物で十分だろう。わたしと違って、安い男だからな」
「ああもう、姫は。はいはい」
 カイは眉尻を下げ、カリーナの手のひらにのる腕輪へ手をのばしていく。
 カイの手が腕輪に触れそうになると、カリーナはそれを再びぎゅっとにぎり、さっと窓の外へ向けて手を突き出した。
 カイは戸惑いがちにカリーナを見る。
「手を貸せ。このわたしがつけてやろう。ありがたく思えよ」
 やはり得意げに笑いながら、カリーナはカイの左手を乱暴にとった。
「まったく、姫は……」
 不器用に必死にカイの腕に腕輪をつけようとするカリーナを、カイは呆れながらも愛しげに見つめる。
 そして、どうにか無事つけ終わり、どうだとばかりに顔を上げたカリーナとカイの視線が、ばっちり合った。
 カリーナは一瞬困ったように顔をゆがめ、そしてすぐにはにかむように微笑をうかべた。
 月明かりに照らされたカリーナは、伝説の月の女神のような艶かしさがあった。
 カイは、まるで自分を律するように、右手で腕輪とともに左手首をぎゅっと握り締めた。
 少しでも油断すれば、そのままカリーナへ腕がのびそうだった。
 その薄く色づく頬に、艶やかな赤を放つ唇に触れたいと。
 夜風が、まるで二人が帯びる熱をさまそうと、邪魔するようにふきつける。
 けれど、その程度では、熱はまったくひく気配がない。
 カリーナはじいとカイを見つめたかと思うと、そのままその胸にぽすっと体をあずけた。
 カイの胸の中で、幸せそうに「えへへ」と笑っている。
 カイとともにいるこの幸せな時を、決して手放したりなどしない。
 カリーナは再び、胸の内で強く決意する。
 カイは苦しげに顔をゆがめた。
 なんて残酷で罪深い姫君なのだろうと。


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update:11/08/27