エメラブルーの王女(17)
カリーナ姫の野望

 午前八時前。
 東からのぼってきた太陽の日差しが、少し明るさを増しまぶしさも増した頃。
 カリーナたちの姿が、城下西城門近くのアンテリナム神殿前にあった。
 街中からはずれ、広さだけはあるが決して立派とはいえない構えをしている。
「おっせーよ!」
 門柱にふてくされたようにもたれかかるロイルが、カリーナの姿を見つけるとはき捨てた。
 両手をずぼんの隠し(ポケット)につっこみ、いかにもやる気なくそこにいるように装っている。
 カリーナはロイルを認めると、思わずくすりと小さく声をもらしていた。
 その後ろに控えるカイとルーディもまた、顔を少しうつむけ、くっと肩を揺らす。
 悪態をつきつつも、ロイルのそわそわしたその様子が、カリーナたちにはおかしくて仕方がない。やる気まんまんではないか。
 昨日、カリーナはああは言ったけれど、ロイルがやって来るかどうかは半信半疑だった。
 キムベ街の子供によくある、口先だけの誤魔化しという可能性も捨て切れなかった。
 しかし、ロイルはやって来た。しかも、カリーナたちより早く。
 その様子から、もう随分前からそこにいるのだろうこともうかがえる。
 約束の時間まで、まだ十分以上もある。
 まさか、こんなに気合を入れてやって来るなど、さすがにカリーナも思っていなかった。
 この分だと、大丈夫だろう。
 照れ隠しなのかふてくされているけれど、根は真面目なのだろう。
 そして、嘘はつかない。
 カリーナはそう得心すると、皮肉るように口のはしをあげる。
「お前が早すぎるんだ。わたしは八時と言ったんだぞ? いつから待っているんだ?」
「いつからだっていいだろ!」
 ロイルは顔を真っ赤にして、悔しそうに叫ぶ。
 カリーナはとうとうこらえきれなくなり、あはははと声をあげて笑い出した。
 ロイルはぎょっと目を見開き、けれどすぐにいまいましげにカリーナをにらみつける。
「まったく、生意気ながきだな。ほら、来い」
 笑いすぎて涙目になってしまった目元をぬぐいながら、カリーナはロイルの頭をぽんとたたく。
 そして、さっさと一人、神殿の敷地へすたすた入っていく。
「ちょっ、ま、待てよ!」
 その後を、慌ててロイルもついていく。
 カイとルーディはやれやれといった様子で、ゆっくり後に続いていく。


 素朴だけれど、決して仕事は悪くない神殿の長い廊を渡り、カリーナたちは奥の建物にやって来た。
 ここへ来るまでもカリーナは我が物顔で歩いていたし、すれ違う神官たちもかるく頭を下げる者はいても注意する者はいなかった。
 顔を覚えられる程度に、この神殿にはよく来ているということだろう。
 カリーナの場合、はじめての場所でも、我が家のように振る舞うのだろうけれど。
 順調に最奥にある神殿長室の前までやってくると、カリーナは扉をたたかずに、当たり前のように乱暴に扉を勢いよくあけた。
「神殿長、邪魔するぞ」
 すると、執務机で書類に目を通していた神殿長――サイラスが驚いた様子なく顔をあげる。
 ふんぞり返るように立つカリーナの姿を認め、サイラスはゆっくり立ち上がる。
 そして、机をまわりカリーナへ歩み寄り、突然の闖入にも気を悪くした様子なく迎える。
「カリーナ姫様、おはようございます。今日はこのように朝早くからどうされたのですか?」
 くいと首をかしげ、サイラスは不思議そうにカリーナを見る。
 神殿長とはいっても、まだ年若い青年。長い茶色の髪を後ろでひとつにたばね、やわらかな笑みを浮かべている。
 カリーナはいつもはもう少し後の時間になってからやって来て、子供たちとじゃれたり、患者たちをからかったりして楽しんでいるので、不思議に思ったのだろう。
 この神殿は、その土地の広さを利用し、比較的下流の者が住む地域性もあり、孤児院と施療院を併設している。
 やはり、それだけ規模が大きい神殿のわりには、やけにそこの長は年をとっていない。
 長だけでなく、神官たちもまた、年齢層が低い。
 王都とはいえ寂れた神殿には、私利私欲にまみれたくさった年寄り神官たちは寄りつきたがらない。よって、必然的に、志ある若い神官たちが集うのだろう。
 カリーナは迎えるサイラスをさらっとかわし、すたすたと窓際へ歩み寄り、そこにある執務机にどかっと腰かける。
 窓から差し込む朝日を背に受け、カリーナはにやっと笑う。
 カイが慌てて、「うちの姫が本当にすみません」と、サイラスにぺこぺこ頭を下げている。
 けれど、サイラスはさっぱり気にした様子はない。カリーナのこれはいつものことと、カイを制し、さらっと流している。
「実はな……。――入って来い、ロイル」
 カリーナが扉の外へそう声をかけると、ロイルがおずおずと姿を現した。
 ロイルの手をルーディが引き、一気に神殿長室内へ引き入れる。
「そいつをここで使ってやってくれないか」
「この子を……ですか?」
 カリーナがあごをしゃくりロイルを示すと、サイラスは首をかしげた。
「ああ、そいつはキムベ街の子供なんだが、父親が死んで母親一人の稼ぎでは生活が苦しいらしいんだ。そこでこいつも働きたいと言ってな。やる気はあるぞ。――わかるよな?」
 机の上にどんと両足を投げ出し、カリーナは不遜に言い放つ。
 カイが体を震わせ慌ててカリーナに駆け寄り、その足をぺしっとたたいた。
 そして、むりやり足を下ろさせる。
 カリーナは不満そうに、じとりとカイをにらみつける。
「ええ、そうですね、働く気はあるようですね」
 そんな横暴な振る舞いを見せても、サイラスにはさっぱり気にした様子はない。
 よほど心が広いのか大物なのか、……それとも無頓着すぎるのか。
 否、カリーナだからとはじめから諦めているのだろう。
 サイラスの目から見ても、カリーナの言葉は間違ってはいないように映るらしい。
 たしかに、このような朝早くからやって来るとは、キムベ街の子供にしては真面目でしっかりしている。
 働く気があるということは確かだろう。


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update:11/09/14