エメラブルーの王女(19)
カリーナ姫の野望

 館から中庭へ出ると、そこでは子供たちが楽しそうな声をあげ、思い思いに遊んでいた。
 男の子たちは棒を剣にみたてぶつけあったり、女の子たちは花を摘んだり、ぬいぐるみを相手にごっこ遊びをしていたりする。
 日差しが強くなりつつある空を見上げ、カリーナはすっと目を細める。
 空は、雲ひとつなく、どこまでも深く澄んだ青を抱いている。
「あ、姫さまだ!」
「え? 本当? どこ!?」
 ちゃんばらを見学していた男の子の一人が声をあげると、皆一斉に指差す方を見る。
「わーい、姫さまー!!」
 そして、カリーナの姿を認めると、ぱっと顔を輝かせ、わらわらと駆け寄る。
 口々に、「姫さま、姫さま、姫さま遊ぼー!」と言いながら、カリーナに群がる。
 カリーナの腕やら腰やらに抱きつき、遊んでいた中庭の中央へぐいぐい引っ張っていく。
「ええいっ、がきども、まとわりつくな、うっとうしい!」
 カリーナがぶんぶん激しく腕をふるも、子供たちはさっぱりはなれようとしない。
 それどころか、さらにカリーナに抱きつく。
 きゃっきゃっと楽しそうな声をあげる。
 その姿は、まるで蟻にたかられた砂糖のように見える。
 カリーナは早々に観念してしまったようで、さくっと抵抗をやめた。どうあがいても、子供の底を知らない体力にはかないはしない。
 カリーナはにっと微笑むと、男の子の一人の首ねっこをむんずとつかみ上げる。
「まったく、少しだけだぞ。わたしは暇ではないんだ。――来い、がきども!」
 カリーナは叫ぶと同時に、子供たちをくっつけたまま、中庭へ歩いて行く。
 そして、次から次に群がる子供たちまとめて、乱暴とも思えるくらい子供っぽく一緒になって遊びはじめた。
 カイとルーディはやれやれといった様子で、カリーナのもとへ歩いて行く。
 口では何やかや言っても、結局のところカリーナはつき合いがいい。


 ロイルがサイラスにつれられて外廊を歩いていると、若い神官がやって来た。
 そして、一言二言言葉をかわすと、サイラスはロイルにそこで少し待つように言いおいて、どこかへ行ってしまった。
 まだ右も左もわからないうえ、勝手に歩きまわることもはばかられ、ロイルは大人しくそこで待つことにした。
 外廊から見上げる空はどこまでも青い。
 頬にさわやかな風が触れる。
 風にのってやってきたのか、子供の楽しげに騒ぐ声が聞こえる。
 それで、ここが施療院と孤児院を併設しているというサイラスの言葉を、ロイルはようやく納得することができた。
 ロイルが今立つ外廊は、神官たちの宿舎と孤児院をつないでいると、先ほどサイラスが説明していた。
 ふと視線を向こうの庭へ向けると、子供たちがはしゃぐ姿が見える。
 ロイルはどことなく違和感を覚えもう少ししっかり見ると、次にはぎょっと目を見開いた。
 騒ぐ子供たちの中心になっているのが、どう見ても大人であるこの国の王女様だったから。
 ロイルは少々頭が痛くなる。
 どこに子供と一緒になって、子供以上に遊ぶ姫がいるだろう。
 楽しそうにはしゃぐ子供たちは、ちょうど妹のルディアと同じ年頃の子たちばかりで、ロイルは思わず見入っていた。
「おや、姫様がおいでになっていたんだね」
 呆れたように子供たちと遊ぶカリーナを眺めていると、ロイルの耳にふとそんな言葉が聞こえた。
 はっとして慌てて振り返ると、目を細めて微笑む老女が立っていた。
 ロイルは首をかしげて老女を見る。
「いつもああなのか?」
「そうだよ、ああして時折やって来られては、子供たちと一緒に遊んだり、わしら年寄りの話し相手になってくださる」
 微笑む老女の背からひょいっと、今度は老人が顔をのぞかせた。
 そして、老女と顔を見合わせ、にっこり微笑む。
「この神殿も、姫様の口利きで、二年前から王家の援助を受けてどうにかやってこられているしね」
「わたしたち貧乏人にはありがたいことだよ」
 老女と老人はにこにこ笑いながら、ロイルに得意げに語る。
 ロイルは思わず、二人をじっと見詰めてしまった。
 たしかに、これだけおんぼろの神殿で、さらに施療院と孤児院まで持っているとなれば、援助なくしてはやっていけないだろう。
 けれど、一口に援助とはいっても、人々の批判を受けない程度、けれど生かさず殺さずではいけない。誰もが納得できるものでなければならない。適度な援助が求められる。
 それが、援助を与える側にも受ける側にも重要なこと。判断を誤れば、いらぬ妬みを買うことになる。
 しかし、それがいちばん難しい。
 その点、この神殿は、まるで朽ち果て見捨てられていたところから息を吹き返したように活気づいている。ここの雰囲気はあたたかい。
 この神殿の援助も、カリーナの力ではなく、王家の力を利用していると言われることがある。
 また、限られたところにのみ援助をしたところで、同じ問題を抱えているところは無数にあるのだから、根本的な解決には至らない、無駄だと言う者もいる。
 しかし、無駄だと言われても、カリーナにはやめる気はない。
 カリーナ自身、無力だと自覚があるから、自分の目で見て知ったものから、可能な限り対処していく。
 使える力に限りがあるからこそ、力の限りどうにかしようとあがく。利用できるものは利用する。
 それが、今のカリーナにできる精一杯。
 ひとつひとつ問題を潰していけば、いつかは未来が拓けるかもしれない。
 それを希望に、カリーナはあがき続ける。
 ロイルは再び、子供たちと遊ぶカリーナへ視線をやる。
 カリーナはやはり、子供たちの誰よりもいちばんはしゃいでいる。
 その姿が、ロイルの目には妙にまぶしく映る。
 あんなにむちゃくちゃなのに、むちゃくちゃだからこそ、目を奪われる。
 決して、子供に合わせたふりなどではなく、カリーナは心から楽しんでいる。
 あんな王女、ロイルは見たことがない。
「おいら、知らなかった。金持ちにもいい奴はいるんだな」
 ロイルが思わずぽつりつぶやくと、老女は得心したようにうなずいた。
「姫様は特別だよ」
 ロイルはぽかんと口をあけ、老女を見つめる。
 すると老女は、ロイルの頭をぽんとかるくなでた。
「あ、だけど、これは姫様には秘密だよ。嫌がるから」
 ロイルは目を見開き驚きをあらわにすると、くしゃりと顔をくずした。
「違いないや」
 老女と老人も、同意するようにうなずいた。
「ところで、ぼうやは新入りさんかい?」
 ふと気づいたように、老女がロイルに尋ねる。
 ロイルはその新入りの意味がよくわからなかった。
 けれどすぐに、あの子供たちと一緒、孤児院の新入りかと聞かれていることに気づく。
 ロイルは一瞬ためらったように顔をゆがめ、戸惑いがちに答える。
「う、うん。あ、いや、おいらは、ここの雑用の仕事を紹介してもらって……」
「姫様にかい?」
「うん」
 ロイルはこくんとうなずく。
「ならば、神殿長もあっさり受け入れただろう」
「姫様は人を見る目がおありだからね」
 老女と老人はうんうんとうなずき合う。
 ロイルは、老女たちの言葉が信じられず、怪訝に顔をゆがめる。
「でも、姉ちゃんは、人を見る目がないと自信満々に言っていたぞ」
「あはは、姫様らしいねえ」
 不満げにロイルが言い放つと、老女たちはおかしそうに声をあげて笑う。
 ロイルはますます訳がわからなくなり、難しそうに眉根を寄せた。
 あの姫の一体どこに、老女たちにそう言わせるほどの人望があるのだろうか。
 はちゃめちゃだということはたしかだけれど。
 ロイルも今はもうカリーナを嫌いではないが、だからといって手放しに誉められる要素などないだろう。
「よっし、がきども、怪獣カイゴンへかかれー!」
 ロイルが難しく首をかしげていると、ふとそんな叫び声が聞こえた。
 はっとして顔をあげ前方を見ると、カリーナが子供たちをけしかけ、一斉にカイを襲わせていた。
「わっ、ちょ、ちょっと待ってくださいよ! ルーディも見ていないでとめろ!」
 子供たちが飛びかかり、たまらず、カイはぐらりと体勢をくずす。
 勢いがついたまま、どしんと尻餅をついた。
 けれど、子供たちはかまわずに、倒れたカイの上に次から次へと飛び乗る。
 カイの恐怖に満ちた悲鳴が響き渡る。
 そんなカイを、カリーナは大笑いしながら見下ろしている。
 ロイルはなんだか呆れてどっと疲れを覚えた。
 本当に、なんてめちゃくちゃな王女なのだろうか。
 ロイルのような貧民層の子供に手を貸すだけでも普通ではないのに、孤児院の子供たちともためらいなく遊んでいる。
 普通、王女なら、身分が上の者たちなら、こういうところは避けたがるだろうに。存在自体、認めたがらないだろうに。
 むちゃくちゃだけれど、そんなむちゃくちゃなところを、ロイルはなんだか嫌いじゃない。
 ロイルが呆れがちにカリーナたちを見ていると、サイラスが戻ってきた。
 外廊の向こうから、手招きしている。
「ロイル、早速で申し訳ないのですが、こちらへきて洗濯を手伝ってください」
「はい、神殿長さま!」
 ロイルは元気よく返事をすると、一緒にカリーナたちを眺めていた老女たちに手をふる。
「ばあちゃん、じいちゃん、それじゃあな!」
 老女たちはにっこり笑い、大きくうなずいた。
「頑張って働いておいで」
「おう!」
 ロイルは拳をぐっと振り上げて自信たっぷりに答えると、サイラスの元へ駆け出した。


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update:11/10/01