エメラブルーの王女(20)
カリーナ姫の野望

 カリーナたちのカイいじめはまだまだ続いている。
 次第に増長しはじめて、カイはもう群がる子供たちにもみくちゃにされている。
 へろへろになってもなお、子供たちは執拗にカイをいたぶり続ける。おもちゃにして遊び続ける。
 おもちゃの持ち主であるお姫様の許可があるので、子供たちも遠慮がない。容赦がない。
 なかには、男の子が調子にのって、カイに拳を何度も浴びせたりしている。
 けれど、カリーナはとめる様子なく、嘲笑うようにそれを見ている。
 カイの不運が、不幸が、とっても楽しいらしい。
 もちろん、カイがよれよれと腕をあげ助けを求めても、ルーディはさらっと無視。
 カイがいたぶられればいたぶられるほど、興を覚える。
 まったく、なんという悪魔たちなのだろうか。
 カリーナも一緒になって、子供たちが群がるカイに飛び乗ろうとした時だった。
「泥棒ー!!」
 中庭の向こう側、本殿からそう叫ぶ声が聞こえた。
 カリーナははっとして、ぴたりと動きを止める。
 ルーディもにたにた浮かべる笑みをすっとひそめ、カイも群がる子供たちへの抵抗をやめた。
 子供たちもつられるように、カイいじめの手をとめる。
 そして、本殿へ意識をやる。
 すると、本殿の方から、男が足をもつれさせながらこちらへ駆けてきた。
「カイ、ルーディ!」
 カリーナが鋭くそう名を呼ぶと、カイは子供たちからさっとすり抜け、ルーディとともに身構えた。
 一瞬のことに、子供たちはぽかんとしている。
 あれだけ子供たちにめちゃめちゃにされていたのに、その気になれば実に簡単に抜け出たことに、驚いているのだろう。
 決死の表情で駆けてきた男の足にカイが足をかけ、よろけたところで、手に持っていた神像を奪い取る。
「姫!」
 そして、そう叫び、カリーナへ向けて神像を投げた。
 カリーナはそれを、危なげなくさっと受け取る。
 同時に、男は地面に倒れこんだ。
 そこを、すかさずルーディが地面におさえつけ、腕をねじあげる。
 男の苦痛に満ちたうめき声があがる。
 子供たちも状況を理解したようで、皆身を寄せ合い、不安げにカイたちの様子を見ている。
 ようやく追いついた神官たちがその光景を目にし、はっとして、慌てて子供たちのもとへ駆け寄りかばうように背へやる。
 ちらりと視線をやりそれを確認すると、カリーナは神像でぽんぽんと肩をたたきながら、カイたちのもとへ歩いていく。
 そして、地面におさえつけられる男のすぐ前までくると、汚らわしげに見下ろした。
「神像を盗もうなんて、罰当たりな奴だな」
 くっと、咽喉の奥で意地悪く笑う。
「かつて神殿を半壊させた人の言葉とは思えませんね」
 ぱんぱんと手をはらいながら、カイがあきれがちにつぶやいた。
 カリーナの横にすっと歩み寄る。
 ルーディにおさえつけられ苦痛に顔をゆがめながら、男はいまいましげにカリーナとカイを見上げている。
「あれは手がすべったんだ」
「手がすべって、新しく手に入れた武器の試し撃ちと称して、乱れ撃つものですか?」
「それはお前の見間違いだ、勘違いだ。手がすべったんだ」
「はいはい。では、そういうことにしておきますよ」
 実のところは、無駄に贅をつくしたその造りが気に食わなかったからという理由も、少なからず含まれている。
 贅沢太りしたおやじ神官どもが泡を食う姿を見て、カリーナはにんまり微笑んでいた。
 同じ神殿とはいっても、一方贅の限りをつくし、一方その日暮らしを余儀なくされている。よって、前者に多少嫌がらせをしても罰は当たらないだろう。
 もちろん、その隠された本意に、カイもルーディも気づいている。だからあの時、本気でカリーナをとめなかったのもある。
 ふてぶてしく言い放つカリーナと非難がましくも呆れた様子のカイのすぐ足元で、ルーディが実に楽しそうに、ぎちぎちと男をしめあげていく。
 男の顔がさらに苦痛で満ちる。思わずもれるうめき声に、ルーディは顔を喜色にそめていく。
「それはそれとして、さて、こいつをどうしたものか?」
 カイの相手も飽きたのか、カリーナはふうとため息をつくと、腕組みをして再び男に視線をやった。
 その時だった。
「パーシー兄ちゃん!?」
 そう叫びながら、渡り廊下の向こう側からロイルが青い顔をして駆けてきた。
 洗濯を終えたばかりなのだろう、からの洗濯籠を抱えている。
 駆け寄るロイルに気づき、カリーナはくいっと首をかしげる。
「なんだ、ロイル、このこそ泥と知り合いか?」
「こ、こそ泥!? おいらのいとこの兄ちゃんだよ」
 カリーナのもとまでやってくると、ロイルはぜいはあと荒い息をしながら戸惑いがちにうなずいた。
 ルーディが後ろ手に拘束したまま、パーシーを立ち上がらせる。
 その様子だけで、ロイルは瞬時にすべてを悟ったように苦痛に顔をゆがめた。
 そして、悲しそうにルーディに拘束されるパーシーを見る。
「パーシー兄ちゃん、なんでこんなことを……」
「金がいるからに決まっているだろ!」
 パーシーはロイルからぷいっと顔をそらし、そう吐き捨てる。
 ロイルの瞳が悲痛にそまる。手に持っていたからの洗濯籠が、ぽとんと地面に落ちた。
 恐らく、昨日の自分自身の姿と重ねたのだろう。ロイルも金がいるからと、弱者相手に盗みを働こうとした。
 ロイルはためらいがちにパーシーへ手をのばしていく。
 のばすロイルの手を、カリーナはぱっとつかむと引き寄せ、そのまま乱暴に自分の背へおしやった。
 そして、ルーディに拘束されたままのパーシーをにらみつける。
「このうつけ者が! ロイルだってこうしてまじめに働いている。金が欲しいならお前もまじめに働け。子供のロイルが働いているというのに、もう立派な大人のお前が働かなくてどうする!」
 瞬間、パーシーの目が悔しそうに見開かれた。
 同時に、乱暴にルーディの腕を振り払う。
「うるせーよ! ばっかやろー!! こんな貧乏神殿なんて、もう二度ときてやらねーよ!!」
 そう叫びながら、パーシーは乱暴に走り去っていく。
 ルーディは振り払われた手をさすりながら、やれやれといった様子でそれを見送っている。
 その様子から、どうやら、わざと逃がしたらしい。
 それはカリーナもよくわかっている。
「姫、捨て置いても?」
 とりあえずそう確認するカイに、カリーナはしっかりうなずいた。
「ああ、人相風体だけ守備官に伝えておけ。あんな小物にかまっている暇はないからな。わたしはこれから行くところがある」
「承知しました」
 カイとルーディは心得たようにうなずいた。
 未遂で終わったこともあり、三人はもともとパーシーを本気でとらえる気はなかったらしい。
 去り際のあの悔しそうな様子から、放っておいても大丈夫だと判断したのだろう。
 大切なことに気づいた。けれど、それを認める勇気がまだないだけだろう。
 そう、パーシーはたしかに小物だった。本来なら、窃盗を働く勇気すら持ち合わせていない小心者だろう。
 そもそも、人目が多い朝っぱらから盗みを働くなど杜撰。慣れていないと語っているようなもの。夜の闇に紛れた方が格段に安全で効率がいい。玄人なら夜を利用するだろう。
 ロイルは心配そうに、走り去ったパーシーとカリーナたちに交互に目をやる。
「ロイル、手を出せ」
 突如、カリーナの声とともに目の前に神像が降ってきて、ロイルは慌てて受け取める。
 ぎょっとしてロイルが上を向くと、カリーナが背を向け歩き出しているところだった。
「カイ、ルーディ、行くぞ」
 そうしてうなずく二人を連れて、カリーナはすたすた歩き去る。
 ロイルは無言でカリーナたちを見送りながら、神像をぎゅっとにぎりしめた。


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update:11/10/10