エメラブルーの王女(21)
カリーナ姫の野望

 王都の中央には噴水広場がある。
 そこからまっすぐ南へのびる通りは、両側に商店がならび城下の中でもひときわにぎわっている。
 その通りで、より噴水広場に近い場所に店を持つことが、近頃はこの城下での社会的地位の象徴となっている。
 そして、そこからまっすぐ北へのぼっていくと王宮がある。
 この噴水広場から北側にいくと、貴族の屋敷がならぶ区画がある。
 また、東へ行くと、貴族ではないがそれに匹敵するほどの屋敷が建ち並んでいる。
 そこは、富豪たちが好んで屋敷をかまえている。
 その区画にある、都でもそこそこ名の知れた富豪の屋敷前に、無遠慮に馬車が一台とまっている。
 飾り気がまったくない黒一色だけれど、そのつくりから決して安物でないことはわかる。
 その馬車の屋根の上には、足を組みふんぞり返るように座る一人の少女。
 かもし出す雰囲気から、只者ではないだろうことがうかがえる。
 ちょうど、外出していたその屋敷の主が乗る馬車が通りの向こうから近づいてきた。
 黒を基調とはしているけれど、ところどころに無意味に装飾をほどこしている。
 それによって、自らが有する財を見せつけているのだろう。
 しかし、玄関正面にどうどうと居座る黒塗りの馬車のため、そこで馬車はとまった。
 ふいにとまった馬車を不思議に思ったのだろう、車窓からでっぷり太った中年の男が顔をだした。
「どうした――」
「おい、そこのたぬきじじい。お前、たしかキムベ街に長屋を持っていたな。何故売った?」
 男が御者にそう尋ねようとする言葉をさえぎり、いきなり頭上からそう声がかかった。
 窓から身を乗り出し、声がした方を見ると、自分の屋敷の門前に馬車が一台とまっていることに気づいた。
 そして、その馬車の屋根に腰かけた少女が、男を不遜に見下ろしていた。
 少女は太陽を背にしているため、男はまぶしさに思わず目を細める。
「え? あ、あの……?」
 そのあり得ない光景に、男はあっけにとられ、しどろもどろに答える。
 すると、屋根に少女が座る馬車の陰から一人の青年が現れ、ひとつに束ねた長い銀髪をふわりと風に遊ばせ、男ににっこり微笑みかけた。
「こちら、エメラブルー第一王女、カリーナさまです」
 瞬間、男はぎょっと目を見開き、転げるように馬車から飛び出した。
 そして、見下ろす少女の足元であたふたと礼をとる。
「お、王女!? こ、これは礼致しました。それで、あの……?」
 馬車の屋根に座っているというのもそうだけれど、何よりここに自国の王女がいるということに混乱し、男は相変わらず目を白黒させている。
 いきなり王女と言われ、その言葉を疑う余裕もないのだろう。
 たしかに、青年を見れば、あっさり信じてしまうのも無理はない。
 青年が身にまとっているものは、間違いなくエメラブルーの護衛官の制服だったのだから。
 そして、御者台に座る黒髪の青年もまた、同様に護衛官の制服を着ている。
 何故その王女がここに?と不思議に思い、男がちらりと馬車の屋根に座る少女を見上げた時だった。
 少女はふわりと宙を舞い、そのまま優雅に地面に降り立った。
 御者台に座る青年がそれを見て、さっと顔を青くした。
 そして、わたわたと慌てて、少女へ駆け寄る。
「姫、危ないですよ!」
 しかし、少女はさっと右手をあげ、駆け寄る青年を制する。
「理由を言え。一体何がある?」
 少女はじろりと男をにらみつけた。
 その言葉に男は少女の先ほどの言葉を思い出し、瞬時に何を問われているのか悟った。
 少女が王女とわかった時以上に、顔から血の気が失せる。
 そして、ばんと両手を地面につき、額がつきそうなほど頭をさげた。ぶるぶると体全部を大きく震わせている。
「お、お許しください。言えません! 言うと……殺されてしまいます!」
 それだけを叫ぶとばっと立ち上がり、馬車をおいてそのまま屋敷に逃げ込もうと門へ走っていく。
 しかし、少女の横に控えていた長髪の青年が、その首ねっこをあっさりつかみ引き寄せた。乱暴に地面へ放り投げる。
 地面にへたり込む男の手も足も、まるで死刑を宣告されたようにがくがく震える。
 男の前に少女がさっとまわりこみ、射殺すようににらみつけた。
「では、これだけは答えろ。ガルディアに関係があるか?」
「う、うわあっ!!」
 男はそう叫ぶと、そのまま地面をかくようにして、屋敷の中へ転げるように逃げ込んでいった。
 その様子を見送りながら、腰に手をあて、いまいましげに少女がつぶやいた。
「……ちっ。肯定か」


 雰囲気作り、威圧のために用意した馬車はそのまま帰し、カリーナたちは徒歩で街をまわっている。
 もともと街へお忍びに来る時は、馬車を使ったりなどはしない。
 その足で、あっちへふらふらこっちへふらふら歩きまわる方が、カリーナには性に合っているし、好ましい。
 先ほどの、成金お腹でっぷりたぬきおやじの屋敷を後にして、次の標的が経営する店へ向かっている。
 さすがにそろそろ正午に近くなってきたので、屋敷にはいないだろうと判断した。
 先ほどのたぬきじじいは、花街通いが趣味と事前に情報を入手していたので、そこから一度屋敷へ戻ってくるところを待ち伏せていた。
 まったく、一方で慈善活動に手を出しつつ、一方でろくでもない趣味に手を染めているとは、思い切り売名のための行為ではないか。
 まあ、そういう打算のもとの行為だとしても、結果的に役に立っているのならば目をつむる。そこは、もちつもたれつ、利用できるものは利用する。そして、利用できなくなったら切り捨てる。
 あのたぬきおやじも、そろそろ切り捨てる頃合だろう。
 何の信念も持たず売名のためだけに行うから、ああもあっさりキムベ街の長屋を売り払えるのだろう。
 もとより、あんなたぬきじじいなどに期待はしていなかったが。
 人々でにぎわいはじめた大通りから一本裏へ入った通りを、カリーナはむっつり顔で歩いている。
 この道は、次の標的の店への近道になっている。
 すぐそこに大通りが見えてきた頃、カリーナはそこに不愉快なものを見つけ舌打ちした。
「は、はなしてください!」
 嫌がる少女を、男三人が取り囲んでいた。
 腕をつかまれた少女が、必死にそれを振り払おうとしている。
 今にも泣き出しそうに青い顔をした少女を、にたにたと嫌な笑みを浮かべる男たちが、路地へ連れ込もうとしているところだった。
 カリーナは筒状衣(スカート)をばっとめくり、その下に仕込んでいた小刀を一本抜き取った。
 それを見て、カイはぎょっと目を見開く。
 慌ててカリーナをとめようと手をのばすが、その時にはすでに遅かった。
 カリーナの手から、前方へ向けて小刀が放たれた直後だった。
「嗚呼ーっ!」
 カイは思わず、頭を抱えてその場にしゃがみこむ。
 小刀は前方の男たちへ向けてするどく迫っていく。
 そして、男のうちの一人の頬をかすめ、大通りの手前の地面につきささった。
 小刀がかすめた男の頬から、つうと一筋血が流れ落ちる。
 それに瞬時に反応して、男たちはばっとカリーナへ振り返った。
 ふてぶてしくふんぞり返るカリーナの後ろで、ルーディが楽しそうに笑みを浮かべている。
「て、てめえら、何しやがる!!」
 そこにカリーナたちの姿を認め、男の一人がすごむ。
 しかし、カリーナは見下すように男たちを見て、さらっと一言つぶやいた。
「カイ、やれ」
「はいはい……」
 カリーナの言葉を受け、カイは面倒くさそうにのっそり立ち上がる。
 どうにも頭痛を覚えてしまい、人差し指でこめかみをぐりっと一度押す。
 別にやる≠フはかまわないけれど、不要にあおった後で丸投げするカリーナに、カイは果てしない疲れを覚える。
 そう、やる≠フは文句はない。もとより、カリーナに言われずとも、からまれる少女を見つけた時からやる≠ツもりではいた。
 事態をわざと面倒にして、そして相手を再起不能にまで追い込み楽しもうとしているのが手に取るようにわかるから、カイは頭痛を覚えずにはいられない。
 下手にあおればあおっただけ、始末するのに無駄な体力を使う。
 やっぱり面倒くさそうに近寄るカイに、男たちはじりっと一歩後退した。
 相変わらず少女の腕は男の一人に乱暴につかまれている。
「な、なんだ、てめえ。やるのか!?」
 男の一人がそうすごむも、カイは涼しい顔で近寄っていく。
 そして、カイがすぐ目の前までやってくると、少女の腕をつかむ男一人をおいて、残りの二人がカイへ飛びかかる。
 カイはさっと身をかがめ、男二人をさらっといなし、同時に一人は鞘の先でのどをつき、一人は急所に拳を深くお見舞いした。
 男たちは声にならないうめきを上げ、その場にどさり倒れこむ。
 残った一人の男は少女を突き飛ばし、カイへ抜いた短剣を向けた。
 しかし、次の瞬間、その剣は宙を舞い、陽光を受けきらりときらめいた。
 かと思うと、男の顔の前をかすめ、地面に勢いよくつきささった。前髪が数本、はらりと落ちる。
 男は顔色を失い、体をぴしっとかため、その場に立ちつくす。


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update:11/10/20