エメラブルーの王女(22)
カリーナ姫の野望

 カリーナとルーディが、ゆったりとカイのもとへ歩いていく。
「ルーディ、こいつらを知っているか?」
 みぞおちをおさえうめく男をがっと蹴り、カリーナがくいっと首をかしげてルーディを見る。
 ルーディはにっこり微笑み、うなずく。
「もちろんです。これは……たしか、王都に帰省中においたをして、現在謹慎処分中の辺境警備隊所属、バリーにベン、そしてチャドですね〜」
 ルーディの言葉を聞き、男たちは大きく体を震わせ、声にならない悲鳴をあげた。
 どうやら、恐ろしいことに、ルーディが言ったことは的中しているらしい。
 何故、ルーディがそのようなことまで知っているのかは、触れてはいけないだろう。
 ただのごろつきではなく、一応兵役につくものだった。これは由々しき問題だろう。
 カリーナはルーディの返答に、楽しげににたりと笑う。
「なんだ、ただのちんぴらか。ならば、ダドリーにたっぷりお仕置きをしてもらわねばな」
「そうですね」
 くくくと不敵に笑うカリーナに、ルーディも不気味に笑みを浮かべる。
 たしかに、地方へ行けば下っ端の兵なんてこの程度。ごろつきとさして変わりない。
 しかし、一部例外も存在する。たとえ辺境といえど、それを統べるとなると相応の能力が必要となる。
 カリーナが告げた名は、彼ら辺境警備隊の鬼隊長と呼ばれる男の名だった。
 カリーナの言葉を聞き、男たちは震え上がる。
 ルーディが彼らの名をぴたりと言い当てただけでなく、カリーナまで彼らの上官の名を言い放ったので、男たちはもはや発狂寸前の混乱と恐怖を覚えている。
 何故それを知っているのか、という疑問を抱く余裕はもはやない。
 体は明らかにがたがた震え、顔からは色が完全に失われている。
「お、お前ら、一体……!?」
 男の一人が、かすれる声で、どうにかそれだけを吐き出した。
 すると、ルーディはふと気づいたように、楽しげに男たちを見下ろす。
 ぐりっと、カイにのどをつかれた男を踏みつける。
「あれ? ご存知ありません? いくらあなた方のような箸にも棒にも掛からない下っ端といえど、名前くらいはきいたことがあるでしょうに……」
 どこか哀愁を漂わせながら、ルーディはふうとため息をひとつつく。
「いや、名乗ってないし」
 一緒になって楽しんでいたはずのカリーナが、たまらずつっこみを入れる。
 たしかに、名乗ってもいないのに、ご存知ありません?≠ヘないだろう。
 しかし、先ほどから、カイやルーディの名はカリーナが呼んではいる。
 その横では、からまれていた少女がわけがわからずぽけらっとその様子を見ていた。
 それに気づいたカリーナが、先ほど蹴りとばした男を踏みつけて、少女のもとへ寄る。
「大丈夫か?」
 カリーナは少女の肩をそっと抱き寄せ、安心させるようににこっと微笑みかけた。
 すると少女ははっと気づいたように、慌てて大きくうなずく。
「は、はい!」
「そうか、よかった」
 カリーナがにっこり笑うと、少女はぽっと頬を朱に染めた。
 少女の目には、彼女を案じ微笑むカリーナの笑顔は、大輪の薔薇のようにあでやかで神々しく映っていた。
 等しく生命の光を注ぐ太陽よりもまぶしく映る。
 そう、まるで天上の女神のように。
 少女を案じるカリーナに、優しさと気高さをのぞき見たのだろう。
 理想の王子様でも見つけたようにうっとりしている。
「あ、ありがとうございます」
 少女は心を奪われたように、カリーナを見つめる。
 その様子を見て、カイは「騙されている、騙されている」とぶつぶつつぶやき肩をすくめ、ルーディは「また、姫は女性を軟派して……」と呆れつつも楽しげに笑う。
 カリーナはこうしていつも、男女問わずだまくらかし、たらしこむ。カリーナ得意の猫かぶりで。
 そのため、あの真実とは違う噂が一人歩きしている。
 それを重々承知しているだけに、カイもルーディも呆れて何も言えない。
「ルーディ、今の騒ぎを聞きつけて、王都守備官がやって来たようだぞ」
 ふと大通りの様子をうかがい、カリーナがけろりと言い放った。
 カイとルーディもふむとうなずき、転げる男二人の上にかたまったままの男をぽいっと放り投げる。
「そのようですね。では、後は彼らに任せましょう」
「ああ。行くぞ、二人とも」
 うっとりカリーナを見つめたままの少女の頬にふわりと触れ微笑むと、カリーナはさっと踵を返した。
 それと同時に、カリーナたちの前に、守備官の制服を着た男が一人現れた。
「何の騒ぎだ!?」
 その後すぐに、ばらばらと一隊の守備官たちもやってくる。
 この後の面倒を思い、カリーナはわずらわしそうにむっすりして、カイはうめくように頭を抱える。
 ルーディだけは、おもしろそうににたにた笑っている。
 守備官にばれれば護衛官長に伝わり、たっぷりのお説教が待ち受ける。たとえ人助けだと弁解しても、危ないことをしてはいけませんとさらにお説教をされる。なんて気分が滅入るのだろう。
 地面に積まれた男三人を見つけ、守備官の一人が駆け寄ろうとした。
 けれど、一人だけ彼らと少し異なった制服を着た守備官がさっと手をだし、それを制する。
「た、隊長!?」
 制された守備官が、隊長と呼んだ男を怪訝に見つめる。
 すると、隊長の守備官は面倒くさそうに重いため息をもらした。
 ちらりと、ルーディへ視線を送る。
「こいつらを……連れていけばいいのだな?」
 どうやら、その場面を見ただけで状況を把握したらしい。
 地面に積まれた、ごろつき風情の男三人。
 その状態を作ったであろう、やたら偉そうな少女一人に、それに従う青年二人。
 さらに、彼らをうっとり見つめる街娘一人。
 これだけで、たいていの者はあっさり何があったか悟れるだろう。
「ああ、頼んだぞ、アレックス」
 隊長――アレックスに声をかけられ、諦めたようにカイがつぶやく。
 どこからか哀愁が漂ってきそうなカイのその姿を見て、アレックスは同情めいた微苦笑を浮かべる。
 そして、控えていた守備官たちに手でさっと合図をして、山積み男三人をとらえさせる。
 守備官たちに拘束された山積みの男たちを、アレックスは汚らわしげにちらっと見る。
「まったく……。こいつらもとことんついていないな。よりにもよって、この三人に目をつけられるとは」
「何か言ったか?」
 カリーナは目に殺気を帯びさせ、アレックスににっこり微笑みかける。
「いえ」
 頬をひきつらせながら、アレックスがすぐさま答えた。
 どうやら、ようやく、怪訝に感じていた守備官たちもそこにいる三人組が何者であるかさとったらしい。
 瞬時に顔色を悪くした。
 とりわけ、先ほどアレックスに制された守備官などは、まるで命拾いをしたというように胸をなでおろしている。
 たしかに、あそこで下手に飛び出していようものなら、今頃どうなっていたことか……。
「そうか。ならば、たっぷりとお仕置きをしておいてくれ。二度とおかしな気をおこさないようにな。たっぷりと」
「……してみますが、無理だった場合は?」
「――善処しろ」
 かんで含めるように告げるカリーナに、どこか疲れを覚えたようにアレックスが答える。
 すると、カリーナは顔から笑みを消し、瞳をぎらりとぎらつかせた。
 アレックスは果てしない疲れを覚えたように、ふうと長い息をはきだす。
「……はいはい。つまりは、始末しろということですね」
「話がはやいな、アレックス」
 カリーナが楽しげににっと笑うと、捕えられた男たちは声にならない悲鳴を上げた。
 ただの毛並みがいい生意気な女とそのお付と思っていたが、そうではなかったと悟ったのだろう。
 ようやく、自分たちがとんでもない相手を敵にまわしたことに気づいたらしい。
 そして、自分たちの身にこれから待ち受けているであろうものを悟ったらしい。
 王都守備官隊長のアレックスを鼻であしらうことができる相手となると、辺境警備隊の問題児などとはあきらかに身分が違う。
 そして、その相手は無慈悲で非道。
 少女一人に青年二人。この組み合わせで、かなりの地位がある者といえば、兵役につくものならば一度くらいは聞いたことがあるだろう。
 それは、あの<Jリーナ王女一行しかない。
 そのことに気づき、男たちは生きた心地がしなかった。
 何しろ、さらっともたらされた言葉は、「お仕置きしても無駄だったら、さっさと殺せ」そう告げているも同じだったから。
 王女の命令とあらば、それはたやすく実行されるだろう。
 震え上がる男たちを楽しげに見て、カリーナはアレックスをぐいっと押しのける。
「それじゃあ、わたしはもう行くからな」
「はい、お気をつけて」
 アレックスは、背を向けるカリーナへ向け一礼をする。
 いつの間にか集まっていた野次馬たちに一瞥で道をあけさせ、大通りへとすたすた歩いていくカリーナの後に、カイとルーディも続く。
「アレックス、後は頼んだぞ」
「ああ、カイもルーディも気をつけろよ。カリーナ姫に殺されないように」
 カイの言葉にアレックスがうなずくと、同時にびゅっと小刀が飛んできた。
 それを、アレックスはすかさずさっとかわす。
 かわした小刀が、その後ろでひったてられる山積み三人の頭上をかすめていく。うち一人の頂点の髪が、はらはら舞い落ちる。
「た、隊長ー! あっさりよけないでくださいよー! 我々を殺す気ですか!?」
 ひったてる守備官の一人が、非難をこめて叫んだ。
 するとアレックスはくるりと振り返り、けろりと言い放つ。
「だって、危ないだろう?」
 ――俺が。
 そうは告げていないが、その目が間違いなく言っている。
 守備官たちもそして山積み三人もあんぐりと大きく口をあけた。
「……もう、いいです」
 消え入るように、守備官の中からため息まじりにもらされた。
 誰もがひどい脱力感に襲われていた。
 まるで、どこかの姫君を相手にしているような脱力感に。
 そして、何事もなかったように歩き出したアレックスに続き、守備官たちもその後をついていく。
 それを見送りながら、一人残された街娘がぽつりつぶやいた。
「今の方が……カリーナ姫?」
 驚きに戸惑いながらも、カリーナが去っていった大通りをうっとり見つめていた。
 そう、からまれた街娘を助け、むちゃで無慈悲なことを言い放って去った少女こそが、このエメラブルーのあのカリーナ姫だった。
 王都守備官の隊長がそう発し、少女についていた青年二人も否定しなかったので、間違いないだろう。
 様子をうかがっていた街の人々は、互いに顔を見合わせうなずき合う。


* BACK * NEXT *
* TOP * HOME *
update:11/10/30