エメラブルーの王女(23)
カリーナ姫の野望

「最近の兵には、ろくな者がいないのか?」
 大通りを力まかせにどすどす歩き、頬をふくらませぶすっとした様子で、カリーナはつぶやいた。
 まったくもって嘆かわしいと、その体中で言っている。
 しかし、嘆かわしいだけではなく、どうやっていたぶってやろうかという残虐な思いもにじみ出ている辺り、いかにもカリーナらしい。
 決してお仕置きでもしつけでもない。
 対策を講じるのではなく、気に入らないものは手っ取り早く片づける。
「仕方がないのですよ。わが国も近頃は財政難で……」
 やれやれと肩をすくめながら、ルーディがとりあえずそう取り繕う。
 いかにもなその棒読み口調から、あくまでとりあえずはかれた言葉であることは、カリーナでなくても誰が聞いてもわかることだろう。
 ルーディにとっては、財政難とかそういうものはどうでもいい。
 そんな面倒なことは、たぬきおやじたちが勝手にどうにかしておけばいい。ルーディにかかわりがなければ問題ない。
 そもそも、財政難という辺りからあやしい。贅の限りをつくせるほど富める国ではないが、だからといって頭を抱えるほど貧しくもない。いくら田舎国とはいえ、観光収入は十分にあるし、まあまあそこそこの国力のはず。
 カリーナは不服そうにぴたりと足をとめ、ルーディの鼻先へぴしりと人差し指をつきつける。
「職にあぶれた奴の救済だか何だか知らんが、誰でも彼でも採用する方が悪い。責任者は誰だ?」
 カリーナはじろりとルーディをにらみつける。
「あらら、ご存知でしたか」
 ルーディは驚いたようにカリーナを見つめた。
 その横で、カイもまた目をぱちぱちしばたたかせている。
 まさか、カリーナがそこまで知っているとは思わなかったのだろう。
 国政のことなどまったく興味なく、ただただまわりに迷惑をふりまき楽しむことだけに専念しているような王女様だから。
 カリーナは失礼きわまりない護衛官二人をぎろっとにらみつけ、面白くなさそうに腕組みをする。
「当たり前だ。ごろつきをのさばらせておくのもはばかられるからといって、更正の余地がない奴まで雇うな。そういうのは、石切り場にでも送って強制的に重労働をさせておけ。むしろ、始末しろ」
「もう、姫は過激なのですから。彼らにも一応、人権というものが……」
「そんなものは必要ない。害にしかならず、働く気のない奴は切り捨てろ」
 カイははあと盛大にため息をもらした。
 しかし、ご立腹のカリーナにはさっぱり通用しない。
 もともと、常識とか道徳とかは通用しないけれど。
 何でもかんでも面倒臭がって、間の過程をすっ飛ばして片づける過激発言が多い。
 かと思うと、それはあきらかに処罰ものだろうと思うことでも、忍耐強く改心を待ち見逃すこともある。
 ロイルやそのいとこのパーシーのことがいい例だろう。
 普段のカリーナなら、あんな面倒なことはせずに、そのまま牢にでもぶち込んでいる。
 その時の気分だけで行動するとも言えるからたちが悪い。また、両極端。
 しかし、それも実際にはルーディやカイでさえ舌を巻くほどの見極めをもって行っているから、反論もできない。
 本人が言うように人を見る目はない≠フだろう。
「はいはい。指導を徹底させますよ。あとは採用基準も引き上げさせます」
「それでいい」
 このまま言い合いをしても埒が明かないと判断したのか、ルーディが早々に白旗を揚げ、ぞんざいに答えた。
 すると、カリーナは満足そうに胸をはる。
 結局は、その七面倒くさい言葉を引き出したかったのだろう。
 この困った姫君も、何も考えていないように見えて、実はそれなりには考えているのかもしれない。
 あの王子の妹姫なのだから、そういう点においても一筋縄でいかないのも当たり前だろう。
 にこにこ笑って優しいふりをして、実は誰よりも容赦がない、あの王太子が溺愛する姫君なのだから。
 しかし、この傲慢で無慈悲で過激な姫君が、カイもルーディもとても気に入っている。
 時にはこういう極端で強引なことも、この平和ぼけした国には必要だろう。
 ただカリーナの場合は、度を越すことが多いけれど。
 そもそも、国政にはかかわっていないのに、自分でどうにかできると思っているその自信がすばらしい。
 まあ、カリーナのお願い≠ネら、あの王子は喜んできくけれど。
 カリーナは満足げにうなずき、目的の店へ向かい再び大通りを歩き出した。
 その時だった。
「いやー、先ほどは実にお見事でした」
 ぱちぱち手をたたきながら、カリーナたちの前に男が一人現れた。
 肩までの少し癖のある茶色の髪を後ろでひとつに無造作に束ね、その髪色と同じ目を楽しげに細めている。
 わざと粗末にみせかけた、けれど実はいい布地を使った外衣(マント)をはおっている。
 なんとも胡散臭い。
「誰だ、貴様」
 いきなり現れカリーナの進行を邪魔し、そして訳がわからないことをほざく男を、あからさまに面倒くさそうにちらりと見る。
 カリーナは不機嫌をこれでもかというほど漂わせ、うっとうしげにその横を通り過ぎようとする。
 とりあえずは「誰だ」とは聞いているが、はじめから相手にする気などさらさらない。答えを求めていない。
 しかし、カリーナが通りすぎようとすると、男はさっと身をわりこませ、そのいく手をさりげなく阻んだ。
 ぴくりとカリーナの眉尻が上がる。
 それを見て、カイが慌ててカリーナをはがいじめるように抱きしめた。
 こんな大通りで、下手に大立ち回りを演じられては困るというように。
「これは失礼致しました。私は、ループス。ガルディアから来ました」
「ガルディアから?」
 しかし、男は気にしたふうなく、にこやかにカリーナの問いに答えた。
 カイの腕の中で、カリーナは怪訝にループスと名乗る男をにらみつける。
 その横で、ルーディがのほほんと様子をうかがっている。
 のほほんとしているように見えて、さりげなく腰の剣に手をかけ、その目は笑っていない。
 カリーナを抱き寄せるカイの腕に、ぎゅっと力が入る。
「ええ、風光明媚で有名なエメラブルー観光にね」
「嫌味にしか聞こえないぞ」
「誤解ですよ。エメラブルーは実に美しいではありませんか」
「ど田舎の小国だからな」
 にこにこと楽しげに微笑むループスを、カリーナは面倒くさそうに適当にあしらう。
 抱き寄せるカイの腕を、きゅっと握る。
 たしかに、エメラブルーは風光明媚なその風景をうりにしている。
 旅行者というならそうだろう。しかし、その旅行者が何故今カリーナに声をかける。
 しかも、ループスはガルディアからやって来たという。
 登場の仕方といい、胡散臭いこときわまりない。
「そのガルディア人が何か用か?」
「いえ、特には……。先ほどのごろつきどもを相手にしたあなた方の手腕、実に見事なものでしたので、つい……」
 カリーナがじろりとにらみつけると、ループスは意に介した様子なく微笑む。
 恐らく、先ほどのろくでなし兵たちをいたぶっていたところを見ていたのだろう。
 では、カリーナが姫と呼ばれているところも耳にしただろう。
 それにもかかわらず、こうしてひるむことなくすすんで声をかけてくるなど、疑ってくれといっているようなもの。
 普通なら、恐縮して、もしくは敬遠して、声などかけない。関わらないようにするだろう。
 危ないことにはかかわらない。それがいちばんの保身になる。
 カリーナは疑わしげにちらりとループスを見ると、そのまま抱き寄せるカイの腕をつかみ、強引に一歩踏み出した。
「ふーん。――行くぞ、カイ、ルーディ」
 そして、抱き寄せるカイを引きずるように歩き出す。
 カイは慌ててカリーナの拘束をとき、その後についていく。
 ルーディもちらりとループスを見るとさっと視線をそらし、カリーナとカイの後についていく。
「え? ちょっと待ってくださいよ。このまま放置ですか?」
 さくさくっと去ろうとするカリーナに、ループスは慌てて引き止めるようと手をのばす。
 しかし、カリーナは振り向くことすらせず、そのままぞんざいに吐き捨てた。
「当たり前だ。わたしはお前に用はない」
「ひどいですねえ」
 つれないカリーナを見送りながら、ループスは楽しげにくすくす笑う。
 カリーナにつれなくされたって、会話ができたことを楽しんでいるようにも見える。
 そう、これで、エメラブルーの王女の記憶のすみくらいにはループスという存在が残るだろうと確信したように。
 事実、面白くないことに、カリーナの、そしてカイとルーディの記憶に、しっかりとその存在が刻み込まれた。


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update:11/11/07