エメラブルーの王女(24)
カリーナ姫の野望

「あの男、実に気に入らん」
「まったくです」
 ループスの姿が小さくなった頃、カリーナがいまいましげに吐き捨てた。
 そして、大きくうなずき、カイもそれに同意する。
 珍しく、二人の意見が一致した。
 カリーナに気安く声をかけたことももちろんだけれど、まるで挑発しているようなあの態度が気に食わない。
 あえてガルディアの名を出すなど、自らわたしは怪しいですと言っているようなもの。
 そして、疑わせておいてなお、しっぽをつかませることはないと言っている。
 それでは、カリーナたちを軽んじ、無能と言っているも同じ。
 その自信が実に不愉快極まりない。
 まったく、馬鹿にしている。
 あえて自ら挑発しに来るなどよほどの自信家か策略家か、はたまたたんなる大馬鹿か。……いまいましい。
 たしかに、カリーナたちには、暗殺犯が放ったガルディアの矢くらいしか証拠になるものはなく、このきな臭い騒動のかたちがほとんど見えていない。
 そんなカリーナたちを嘲笑いに来たのだろうか。
 あの男が真に、今回のことにかかわっているのだとしたら。
 そして、かかわっていたら、ただではすまさない。
 こんなにカリーナをいらいらさせるのだから、証拠をつかみとっつかまえた時には、死よりも恐ろしい目にあわせてやる。――ルーディが。
「大丈夫……でしょうか?」
 カイが顔をカリーナの耳元にすっと寄せ、ささやいた。
 するとカリーナはちらりとカイを見て、むすっと頬をふくらませ答える。
「今のところは、好きに泳がせておいてかまわないだろう。何かあれば、すぐにわかるだろうからな」
「そうですね」
 カイはカリーナの返事を聞き、さらっとうなずいた。
 ちょうど、水路にかかる橋を渡った時だった。
 カイがふと思い出したように、たわいなくカリーナに問いかける。
「ところで、お気づきですか?」
 カリーナは得心していたように、うむとうなずく。
「ああ、そこの壁に隠れている奴か、それとも前方に隠れている奴、どちらだ?」
 斜め右後ろをちらりと見ると、カリーナはまっすぐ前を向いた。
 カイがぴとりとカリーナに寄り添うと、ルーディはその前にさっと踏み出した。
「しいて言うならば、前方かと。後方は捨て置いてかまわないでしょう」
「だな」
 カイがさらりと告げると、カリーナは目を得意げに細めうなずいた。
 その瞬間、前方の左右の建物の陰から、男が複数現れた。
 どれもが黒一色の服を着て、黒い覆面をかぶっている。
 いかにもなそのいでたちに、カリーナは少々うんざりする。
 覆面たちはばらばらとカリーナたちに駆け寄り、一瞬にして取り囲んだ。
 それにはじきとばされるようにして、まわりにいた人々が一斉に逃げ出す。
 辺りでは、小さな悲鳴が上がっている。
 カリーナたちを取り囲んだ男たちは皆、手に鈍く光る抜き身の剣をかまえている。
 しかし、カリーナはどこか感心したように、ゆったりと足をとめた。
「どうやら、今回は正面からぶつかってきたようだな」
 取り囲む覆面たちをぐるりと一瞥して、カリーナは得意げに口のはしを上げる。
「まわりくどいことをしても無駄だと、昨日のあれで悟ったのでしょう。存外聡いようですね」
 ルーディは面倒くさそうに吐き捨て、鼻で笑う。
 発した言葉とは真逆のことを考えているのだろうと、その不敵な笑みからうかがい知れる。
 そう、ルーディは暗に、単細胞や単純や浅慮とでも言いたいのだろう。
 その時、覆面の一人がカリーナめがけて剣を振り下ろしてきた。
 カイはカリーナを抱き寄せたまま、さっと一歩後退する。
 それを守るようにしてルーディが一歩踏み出し、襲いかかってきた覆面をとりあえずなぎ払った。
 覆面の手から剣が飛び出し、すぐそこの商店の壁にざくっとささった。
 かと思うと、今度は二人、覆面が襲いかかってくる。
「姫、心当たりは?」
 くすりと笑うと、ルーディはちらりとカリーナに視線を流した。
 ルーディはその二人も難なくかわし、その手から剣を奪い取る。
 カリーナはカイの腕の中で、馬鹿にしたようにふんぞり返る。
「ないわけがないだろう。たっぷりありすぎて、どれだかわからん」
「そんなこと、得意げに言わないでくださいよ」
 カイはカリーナをぐいっと抱き寄せ、飛びかかってきた覆面の一人の手首にさっと剣をすべらせる。
 瞬間、覆面はうめき声をあげ、持っていた剣ががらんがらんと耳障りな大きな音をたて地面に落ちた。
 足元で手首をおさえ悶絶する覆面を見下ろし、カリーナはけろりと言い放つ。
「とりあえず、ガルディアじゃないのか? 何が狙いかはわからんが」
「同意見です」
 その時だった。
 覆面の一人が、胸元からさっと銃を取り出した。
 それを、カリーナたちへ向けかまえる。
 少し遅れて、背後で小さく悲鳴が上がるのが耳に入った。
 カリーナは面倒臭そうに舌打ちをする。
 それと同時に、かまえる銃が辺り一帯に響き渡る爆音を上げた。
 カイとルーディが同時にさっと身を翻す。
 カイはカリーナを抱きしめたまま、背から商店の壁に倒れこみ、ルーディはなぜかさっと背後に走っていた。
「まったく、面倒をかけないでください。邪魔なので、あなたはさっさと逃げなさい」
 橋の欄干のもとで、ルーディが面倒くさそうにはき捨てる。
 ルーディがのばした腕の先には、水路に背から傾く男の腕が握られている。
 腕を一気に引き戻し、ルーディはその男を乱暴に地面に放り投げる。
 放り投げられ尻餅をついた男は、顔を蒼白にしてがくがく震えている。
 その頬には一筋の傷が入り、そこからつうと血が流れ落ちている。
 恐らく、先ほどの流れ弾がかすったのだろう。
 その男は、先ほど神殿でおいたをしたロイルのいとこ、パーシーだった。
 どうやら、カリーナたちの後をつけていたのは、パーシーだったらしい。
 ルーディが蔑むように見下ろすと、パーシーははっと気づいたように目を見開き、そのままわたわた起き上がる。
 そして、ルーディを悔しそうににらみつけると、転げるようにして橋の向こうへ逃げ去っていく。
「何ですか、礼のひとつも言えないのですか。教育のほどが知れますね」
 ルーディはぶつぶつつぶやきながら、ゆっくりと振り返る。
 すると、先ほど銃を放った覆面だけでなく、残っていた覆面たちも皆、じりじりとカリーナとカイから離れていくところだった。
 気を失ったままの何人かは、仲間に支えられている。
「おやまあ、つまらない」
 それを見て、ルーディはくすりと笑う。
 案外あっさりカイ一人で片づけてしまったので、半分手間がはぶけてよかったと思いつつ、半分おもちゃをとられて面白くないのだろう。
 まあ、あの程度の刺客など、カイ一人で十分片づけられることを、ルーディは知っていたけれど。
 どれもとどめはささず、気を失わせているだけというその見事な仕事ぶりも、ルーディはちょっぴり面白くない。
 ルーディがゆったりと歩み寄ることに気づき、覆面たちは一気にその場から走り去っていく。
 その場で気を失う仲間の息の根をとめることも可能だったけれど、それだと死体から身元がばれる可能性を恐れたのだろう。
 存外、敵は聡かったようだ。
 それを不満げにカリーナが見送る。
 カイとルーディもいまいましげにかるく舌打ちをした。


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update:11/11/16