エメラブルーの王女(25)
カリーナ姫の野望

「さて、ひとまず片づきましたか」
 カリーナたちのもとまで戻ると、ルーディは面白くなさそうにはき捨てた。
 カリーナはちらりとルーディを見て、ふるっと首を横に振る。
「ああ、だが失敗した」
「ええ、わたしとしたことが甘かったようです」
 ルーディは深くうなずいた。
 追うことも可能だったけれど、今の時点で深追いすることは得策ではない。それは、愚鈍な者がすること。
 後で口を割らせようと、あえて命までは奪わなかったことが災いしたらしい。
 そして、余計なところで余計な邪魔が入ったことも、関係がないとは言いたくない。
 パーシーを捨て置いたことが、今さらながら悔やまれる。
 さっさと蹴散らしておけば、巻き込まず、そしてこの場をルーディが離れることはなかった。
 まあ、そうは言っても、いつまでも気にしていても仕方がない。
 これからまだまだ、あの覆面たちは襲ってくるだろう。
 次を待てばいい。
 そして、それまでに、情報を集めておけばいい。
 次は、死体でもかまわない。
 カリーナに汚らわしい死体を見せることをためらっていたが、証拠され入手できるならばその生死は問わない。
 まあ、そうせずとも、それまでに必ずしっぽをつかんでおくけれど。
 そう、ルーディの暗躍とカイの情報収集力があれば、それもたやすい。
 これまでは、様子をうかがいつつ、おもちゃで遊んでいただけ。
 奴らは、とうとう、カイとルーディを怒らせ、本気にさせてしまった。
 橋の向こうから、この騒ぎを聞きつけてきたのだろう、王都守備官が駆けてくる姿が目に入った。
 建物の陰にかくれ、またはその中で様子をうかがっていた街の者たちも恐る恐る姿を現しはじめた。
 もはやこれ以上この場にとどまることは得策ではないと判断し、カリーナたちはそこから去っていく。
 二つほど行った角を、とりあえずは王都守備官の目を逃れるため、路地へと曲がる。
 この騒動の後、大通りの大店へ直接向かうことはさすがにためらわれる。
 守備官たちに見つかっては、さすがに暗殺犯を撃退した直後だとばれ、このまま城へ連れ戻されかねない。
 まったく、余計な邪魔をしてくれたおかげで、予定が狂ってしまった。
 今日は、偽善者――慈善家をとっちめに行くことはこれ以上はあきらめなければならない。
 カリーナはいまいましげにぎりっと親指のつめをかんだ。
 せっかく面白くなってきたところなのに、本当に邪魔をしくさりやがって、とあらぬ方向に憤っている。
 まあ、そちらの面白いことは邪魔されたけれど、それよりも面白いことが向こうから飛び込んできたので、それはそれでいいだろう。
 そう、よりにもよってカリーナの命を狙ってくるなど、これ以上面白いことはない。
 カリーナはにっと口のはしをあげ、すぐに難しい顔をつくった。
「……できすぎている」
 そして、ぼそりつぶやく。
「何がですか?」
 先ほど、この路地へ入る前に屋台でさっと買った細長くねじった焼き菓子プリュスをカリーナに渡しながら、カイは首をかしげる。
 カリーナのご機嫌とりには甘いお菓子がいちばんだと、カイは心得ている。
 その辺りも、カイは抜かりない。
 そう、これ以上カリーナにご機嫌をななめにされては厄介なことになる。
 王女様は楽しいお遊びを邪魔され、お怒りなのは誰が見ても明らか。
「先ほどの奴に、あの刺客、そして昨日のあの矢だ」
 カリーナはカイから奪うようにプリュスを受け取り、かりっと一口かじる。
 懐剣ほどの長さのプリュスは食べやすいように棒状になっている。
 その形態は、ねじっていたり、断面を花形にしていたり星型にしていたりと、いろいろある。
 味も素材そのままのものがあれば、蜂蜜や粉砂糖をまぶしたり、生地にお茶の葉や果物などを混ぜ込み手を加えたものもある。
 カリーナはその中でも、何の味も加えられていないそのままのものを好んでいる。
 なのでもちろん、カイが渡したプリュスも素材そのままのもの。
 手が汚れないように、持つ部分だけ紙が巻かれている。
 これは、エメラブルーの城下の子供たちがよく食べる、庶民のお菓子。
「ああ、そういえば、どれもガルディアですねえ」
「何だ? ルーディともあろう腹黒陰険策士男が、気づかなかったのか?」
 思い出したようにのほほんとルーディが答えると、カリーナは訝しげにじろりと視線をやった。
 あの覆面たちが構えていた剣は、ガルディアで鍛錬されているものにかたちがよく似ていた。
 まさかそこに気づいていたとはと、カイはカリーナに気づかれないようにふうと小さく息を吐き出す。
 昨日、余計な手がかりを与えてしまったばかりに、カリーナは一人でその先まで読んでしまったらしい。
 カイとしては、少し面白くない。
 しかし、暴走されないためには、この程度の手がかりは必要だろう。
「姫よりは気づいていたと思いますよ。あの男、観光と言っていましたが、観光で来たのではありませんしねえ」
 ルーディはくすりと笑うと、のんびり答える。
 カリーナは持っていたプリュスをぎゅっと握り締める。
 あまりに強く握ったために、そこからぽきっと折れて、まだ長いまま残っている頭の部分がとれ落ちそうになる。
 それを、カイが慌てて支える。
 そして、非難がましく、ルーディをじろりとにらみつける。
 せっかくカイがカリーナのために買ったお菓子を台無しにするのかと。
「それくらい、わたしも気づいていたぞ」
「おや? そうですか。姫にしては珍しく聡いですねえ」
 くすくすくすと笑い出したルーディに、カリーナはぎりっと奥歯をかみしめる。
 それにはっと気づいて、カイは慌ててカリーナからプリュスを奪い取った。
「殺してやる、ぶっ殺してやる、この男!」
 次の瞬間、どこから取り出したのか、カリーナはプリュスほどある長さの太い針を構えていた。
 その針の先は、鈍色に変色している。
「だから、姫、そのように物騒なもの、一体どこに隠し持っているんですか!?」
 カリーナから奪い取ったプリュスを握り締め、カイは悲鳴に似た叫びをあげる。
 その針先の変色具合から、絶対に普通の巨大針などではない。
 きっとそこに触れれば、笑い出すとかしびれだすとか、絶対にろくなことにならない。
「衣装の下だ」
 悲鳴を上げるカイをちろりと見て、カリーナはけろりと答える。
 そして、その針先を、じわじわルーディに寄せていく。
 そのまますぐにルーディへ放たなかったことだけは、誉められるだろう。
 いや、それよりも、カイはもっと問題にしなければならないことがある。
「いや、そうではなくて……。もういいです。――危ないから、これは没収」
 そう言って、カイはカリーナの手から巨大針をさっと取り上げた。
 間違って、その針先にカリーナの柔肌が傷つけられるようなことがあってはならない。
 そもそも、そのようなものを衣装の下に隠し持っていたなど、なんと危険なことを!
 持ち歩いているうちにカリーナの柔肌が傷つけられでもしていたらと思うと、カイは生きた心地がしない。
 次からは、城を出る時は、念入りに身体検査をせねばならないだろう。
 だからといって、さすがに衣装の下まで……は、カイにはできない。そのような破廉恥なこと。
 嗚呼、では、カイはどのようにしてカリーナを監視しておけばいいのか……。
 カイが仕える主は、なんてなんて残酷な姫君なのだろう。
 カイをこんなに心配させるなんて。
 巨大針の先に触れた相手がどうなろうとかわまない、カイには関係ない。
 ただ、それが間違ってカリーナに触れればと、それだけが不安でたまらない。
 カリーナが苦しむ姿だけは見たくはないのだから。
 それにしても、即効性の致死毒ではなく、ちょっと苦しむ程度の毒を仕込む辺り、カリーナはなんて慈悲深いのだろう。
「何をする、カイ! 返せ! それは高かったんだぞ!」
「そのようなことは知りません」
 カイが取り上げた毒針を奪い返そうと、カリーナは必死に手をのばす。
 カイはそれをさっと頭上にあげ、ぴしゃり言い切る。
 そして、プリュスを持つ方の脇に長針をはさみ、反対の手で毒が塗られた部分を手巾で念入りに巻き、ルーディにさっと手渡した。
 その瞬間、何故かカリーナはぴたりと大人しくなった。
 恨めしげにカイをにらみつける。
 さすがに、ルーディに渡ってしまったら、それ以上奪い返そうとは思わないらしい。
 カイならカリーナにめろめろに甘いので奪い返せるけれど、それがルーディとなるとカリーナが後悔することになると、カリーナはよくわかっている。
 さすがに、このような危険なものを、その辺にぽいっと捨て置くわけにはいかない。
 それにしても、このような原始的な一種の暗殺道具を、カリーナはどこから手に入れたのだろう?
 とりあえず、いまわしきあの王子がいるバーチェスでないことは確かだろう。あの国はもっと派手で高度な技術を駆使したものを好んで製作する。
 では、やはり、アルスティル辺り……?
 あそこの王子は、毒愛好家(マニア)で有名だから。
 本当に、カイの知らないところで、カリーナは迷惑な交友関係を築いている。
「姫、どうやら本格的に狙われているようですから、城でおとなしく――なんてしませんよね」
 カイに渡された毒針を胸にしまいこみながら、ルーディはカリーナに問いかける。
 するとカリーナはむすっと頬をふくらませ、ぞんざいに言い放った。
「当然だ。むしろ、面倒だから、おびきよせてとっとと片をつけるぞ」
 そして、カイからプリュスを奪い取り、かじかじかじりながら、実に面白くなさそうにどすどす歩いていく。
「このカリーナさまが、雑魚ごときにわざわざ骨を折ってやるのだ。存分に感謝してもらわねばな」
 カリーナはすっとうつむき、後を追うカイとルーディに見えないそこで、にたりと不気味な笑みを浮かべた。
 しかし、見えなくとも、カイとルーディには、カリーナの今の表情が嫌というほど想像できてしまうので脱力感に襲われた。
 まあ、それはカイだけで、ルーディは楽しげにふふふと笑っている。


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update:11/11/25