エメラブルーの王女(29)
カリーナ姫の野望

 勢いよく窓掛けが開かれ、朝の陽光が容赦なくカリーナのゆるんだ寝ぼけ眼に降り注ぐ。
 あまりのまぶしさのために、きゅっと目をつむる。
「おはようございます、姫。お目覚めですか?」
 王女らしく天蓋を使っていればそれも防げただろうに、カリーナはうっとうしがって滅多に使うことはない。
 そこに申し訳程度にあるだけで、四隅でまとめられた更紗はただの飾りと化している。
 いきなり差し込んだ陽光に、カリーナは非難がましくゆっくり目をひらく。
 そして、窓辺で微笑むカイの姿を目に入れる。
 その姿を見た瞬間、この差し込む光の犯人を悟り、怒鳴りつけてやろうと思っていた心が、何故か一気になえていく。
 朝陽いっぱい背に受けたカイの姿は、どことなく神々しささえあり、いつも当たり前のようにそばにあるその存在が遠いもののように感じてしまった。
 一気に淋しさがカリーナの胸を支配する。
 いつもなら即座に飛んでくるはずの暴言がなく、カイは怪訝に首をかしげる。
 そして、慌ててカリーナのもとに駆け寄る。
「姫? どうかされ――」
「淑女の寝起きを襲うとは、不逞野郎だな」
 心配げにのぞきこむカイの顔をぺしっと手でおしやり、カリーナは不満たっぷりにはき捨てる。
 その手をゆっくりどかしながら、カイは安堵したように顔をほころばせる。
 今のカリーナは、いつものカリーナと変わりない。
 まだ目覚めたばかりで頭が覚醒していなかっただけだろうと、カイはそう判断したのだろう。
 寝起きでもカイをののしることにかけては天下一品のカリーナにしては珍しいこともある。
「あー、はいはい。珍しく寝坊していなかったのですね。では、大丈夫ですね」
 いつもの調子のカリーナに安堵し、けれどそれをおくびにも出さず、カイはあきれたようにカリーナから離れる。
「お前、今、さらっと無視したな」
「当然です。今は姫のお遊びにつき合っている暇はありませんからね」
 のっそり上体を起こし、やはりのっそり寝台からはいでるカリーナに、カイは書類を数枚差し出す。
 カリーナは差し出された書類をじっと見つめ、訝しげに首をかしげた。
「何だ? これは」
「とりあえず目を通してください」
 表情ひとつ変えずさらっとカイが告げると、カリーナは不服そうに渋々書類を受けとり視線を落とす。
 ぴらりと一枚めくると顔をゆがめ、そして二枚目三枚目へとすすんでいく。
 すべてに目を通し終わると、カリーナは大きくため息をついて、寝台の上に書類をばさりと放り投げた。白い敷布の上に、乱雑に散らばる。
 そして、そのままどさりと寝台に仰向けに倒れこむ。
 寝台に散らばった書類を一枚一枚拾い上げるカイをちろっと見て、カリーナはもう一度大きくため息をもらした。
 カイに渡された書類は、近頃のキムベ街の異変について調べさせた報告書だった。
 そこには、また新たな地上げ情報と、住人の被害状況が記されていた。
 報告書によれば、カリーナが思っていたよりも、どうやら事態は深刻になりつつあるらしい。
「住人を追い出して、一体何をはじめる気だ?」
 カリーナは誰に問いかけるともなく苦々しげに吐き捨てると、勢いよく立ち上がる。
 そして、続きの衣裳部屋へずかずか歩いていく。
 その背に向かって、カイが問いかける。
「姫、どうされますか?」
 カリーナはぴたりと足をとめ、ゆっくりカイに振り返った。
「もちろん、まずはエイドス通りのくされ商人の屋敷へ行く」
「いちばん最近に、地上げされた土地の持ち主ですね」
 まるでその返答をわかっていたように、カイはにっこり微笑む。
 カリーナも力強くうなずいて、そのまま衣裳部屋へ入って行った。
 普段から侍女にかしずかれることがあまり好きではないので、王女にもかかわらずカリーナは一人で着替えができる。また、持っている衣装も、人の手を借りずとも着替えられるものばかり。
 ただし、世の中のいい男≠だまくらかす時には、王女を気取るためにさすがに侍女の手を借りる。
 カリーナを見送ると、カイは窓の外に広がる青空へすっと視線を移した。
 そこでは、隼が一羽、ゆうゆうと飛んでいた。


 目に残虐な光をたたえ、カリーナは怒りに身を震わせている。
 今にも目の前の相手を惨殺してしまいかねないほどの禍々しさがその身を覆っている。
 カリーナの背では、はらはらどきどきといった様子で、カイがその動向を見守っている。
 ルーディにいたっては、いつもの如く、憤るカリーナを愉しげに眺めているだけ。
 エイドス通りのくされ商人の屋敷。
 主は来客中だととめる使用人を押しのけて無理矢理玄関広間に入ると、そこには言葉通り先客がいた。
 応接間辺りに通されているだろうと思いきや、入るとすぐにその場にいたので一瞬驚きを見せるが、すぐにふてぶてしい態度に戻っていた。
「やあ、遅かったですね」
 玄関広間で屋敷の主らしいじじいを締め上げ、カリーナたちを認めるとほがらかに笑う男が一人。
 その口ぶりはまるで、カリーナたちがやってくることがわかっていたよう。
「お、お前は、昨日の……!!」
 ようやく意識を取り戻し、カリーナは力任せに叫んだ。
 叫ぶと同時に男を指差していた人差し指が、怒りにふるふる震える。
 殺意に満ち満ちた目で、その男をにらみつける。
「覚えていていただいて嬉しいです」
 しかし、カリーナの怒りも気にしたふうなく、男はにっこり笑う。
 そう、そのふてぶてしい態度、見るだけで怒りがふつふつこみ上げてくるこの男は、昨日出会ったガルディアからの自称旅行者、ループスだった。
 それにしても何故、カリーナがそうしようと思っていたことを、ループスはすでにやって来てしているのだろうか。
 そこに疑問を感じつつも、とりあえずカリーナにとってはこちらの怒りの方が優先されてしまう。
「別に覚えていたくて覚えていたのではない。というか、お前、この国に一体何をしに来た。観光というのは嘘だろう」
「ひ、姫、直球すぎますっ」
「わたしはまわりくどいことが嫌いなんだ」
 きっぱりすっきり言い放つと、カイが慌ててカリーナの口をふさごうと手をのばす。
 カリーナはその手を、べちんとたたき落とす。
 それでもカリーナをとめようと、カイは今度はカリーナを背からぐいっと抱きしめる。
 口がだめなら、せめてそのまま突進して殴り飛ばすことだけは阻止しなければならないと、その目が必死に語っている。
「信じていただけないのですか? 本当に観光なのですけれどねー」
 カイの腕の中で殴りかかろうとどたばた暴れるカリーナに、ループスは締め上げていた商人をぽいっと放り捨て、どこか切なそうに微笑を向ける。
「観光客がこんな胡散臭い商人の屋敷にいるものか。何より、ただの観光客は、そのような禍々しい目をしていない」
「へえー……」
 ぴたりと動きをとめ、射抜くようににらみつけ、カリーナがそう言い放つと、ループスは感心したようにすっと目を細める。
 まさかそこまでの観察眼がカリーナにあったのかと、面白がってもいる。
 ぴくりと、カイとルーディの肩が揺れる。
 一気に二人がまとう気配が変わった。
 警戒心をむきだしにする。


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update:12/01/11