エメラブルーの王女(30)
カリーナ姫の野望

「そうですね、遅いとは言っても昨日の今日。それで早速やってくるとは、なかなか情報がお早い」
 ループスはふっと口の端をあげ、くすりと笑う。
 どこか試すようなその目が、カリーナの怒りをあおる。
「そんなものはどうでもいい。何故貴様がここに……」
 抱きしめるカイをすいっと引き離し、カリーナはその場に凛とたたずむ。
 そして、惜しみなく怪訝な眼差しをループスに注ぐ。
 報告書にあった最新の地上げは昨日行われたばかりだった。
 ループスも恐らく、そのことを言っているのだろう。
 そして、何故そのことをループスも知っていて、さらにカリーナたちよりも先にこの場にやってきているのか。
 普通の旅行者というのなら、今この場にいるはずがない。そして、そのような情報を持っているはずがない。
 何より、その獲物を貫くような鋭い眼光が、ただものではないと言っているようなもの。
 たとえ一連のことにかかわっていなかったとしても、この場にいてくされ商人を締め上げている時点で胡散臭いことにはかわりない。
 ループスに投げ捨てられた商人は、地面に這いつくばり、がたがたぶるぶる震えている。
 その瞳の奥の奥までさぐるようににらみつけるカリーナに早々に観念したのか、ループスは肩をすくめてみせる。
 ひとつふうと細い吐息をもらした。
「どうやら、貧民街を買い上げている輩がいるようですね」
 そして、白々しくそう問いかける。
 これまでの言動から、ループスはそれを知っていてそして行動していることなど瞭然だろうに、あえてカリーナに確認する。
「何故、お前がそのことを……?」
 カリーナはすうと目を細め、その奥で鋭くにらみつける。
 さらに、ループスに対する疑念が深まる。
 カリーナの静かなる憤りに、ループスはやれやれと肩をすくめる。
 そして、皮肉るような視線を向ける。
「少し気になったものですからね。詳しいことはわかりませんが、貧民街から住人を追い出せばそれが一般の居住区へ流れていき、なし崩し的に治安が悪化していきますからね。内から崩すには時間はかかるが着実ですね」
 ループスの言葉を聞いても、カリーナもカイも、ルーディもぴくりとすら反応を示さない。
 それは、カリーナたちとてすでに気づいていたこと。しかし、そうする目的も黒幕もわからず、こうしてわざわざカリーナが足を運んでいる。
 そのことにループスも気づき、調べているようだから、ますます胡散臭い。
 倒れこむ商人は、がくがく震えながら、この場から去ろうと必死に床をかいている。
 ちらりと商人を一瞥して、ループスはどこか愉しそうに不気味に口のはしをあげた。
「この国の内乱を狙って……ですかね」
「貴様、そいつらに加担したのか!? それでも慈善家気取りか!?」
 ループスが言うやいなや、カリーナは待っていましたとばかりに床でわたわたもがく商人の背を踏みつける。
 そして、そのまま蹴り飛ばす。
 いつもならとめに入るはずのカイの制止もない。
 もちろん、ルーディがカリーナをとめるはずがない。
 慈善家を装い評判を上げるという、汚い商売の仕方をしていることはわかっていた。けれど、本心がどうであれ、慈善活動をしているのならば少なからず求めるものたちのためにはなっていると、見て見ぬふりをしてきた。
 たいていの慈善家など、そのようなものだからと、どんなに汚くていけ好かないと思っても、そこは打算と妥協で目をつむっていた。
 しかし、このくされ商人はそれだけではなかったらしい。商売のためであるならまだかわいいものの、それ以上の欲望を持っているということか。どこまで腐りきっているのか。
 わかっていたこととはいえ、いざその事実がこうしてさらされると、殺しても殺したりないほどに憎らしい。
 その目に宿る光が禍々しいものに変わったことを察知し、さすがにまずいと思ってか、カイはようやくカリーナを商人から引き離した。
 じたばたもがくカリーナを、ため息をつきながらきゅっと抱きしめる。
 そのかわり、さっと歩み出たルーディが、商人の首に抜き身の剣をすっと寄せる。
 商人は声にならない悲鳴をあげ、おののき飛びのく。
 そして、ばっと両手を床につけ頭を垂れる。
「し、仕方がなかったんです。言うことを聞かなければ、家族を皆殺しにし、屋敷とあの街に火を放つと脅されて……!」
「……ちっ」
 カリーナは思わず、舌打ちをした。
 たとえそれが本当だとしても嘘だとしても、それを聞いてしまってはそれ以上いたぶることができない。
 しかしまあ、商人のこの怯えようからすれば、それはほぼ本当のことだろう。
 ずっと控えていた使用人も顔の色を失い、呆然とそこに立っている。
 ループスは一連のカリーナの行動を、実に愉しそうに眺めている。
 その様子から、ループスには脅しをかけても無駄だろうと早々に悟る。
 とっ捕まえて口を割らせようと思っていたが、どうにもこのループスという男はそれも難しそう。
 とっちめる前にすでに、ループスは自らカリーナに情報を与えた。それはすなわち、それ以上は答える気はないということだろう。
 これ以上情報を引き出せないのならば、ループスにもう用はない。
 役に立たない、うっとうしいだけの男となる。
 カリーナの目に映る分だけ、苛立ちが募る。
 しかしながら、商人の言葉が本当ならば、地上げをしている連中は想像以上にたちが悪くやっかいかもしれない。
 ループスが先ほど言った仮定など、なまぬるすぎる。
 そう、キムベ街を焼き討ちしてしまえば、一気にかたがつく。手っ取り早い。
 しかし、一気に片づけてしまうと何かと疑われるので、軌道に乗るまでは裏でじわじわ買収していたのだろう。
 けれど、この商人に焼き討ちをちらつかせ脅したということは、なかなか進まない買収に苛立ちを募らせていることもうかがえる。
 その苛立ちから、焼き討ちもそう遠くない未来に実行されることも否めないだろう。
 それくらい、奴らは焦れている。
 それにしても、キムベ街の買収とカリーナ暗殺未遂が、裏でつながっているだろうことはわかるが、どのようにつながっているというのだろうか。
 そして、ことあるごとにちらつく、ガルディアという国。一体、ガルディアはエメラブルーで何をしようとしているのか。
 何ひとついまだわからず、腹立たしい。
 カリーナはもう一度舌打ちして、カイの腕を振り払うと、そのまますたすたと屋敷の外へ歩き出す。
「行くぞ、カイ、ルーディ!」
「は、はいっ」
 その後を、カイは慌てて、ルーディはゆうゆうとついていく。
 ちらりと盗み見たループスはどこか感心したように、それでいて面白そうにカリーナたちを見ている。
 商人とその使用人は、ただ呆然とその場で震えるしかできなかった。


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update:12/01/19