エメラブルーの王女(31)
カリーナ姫の野望

 エイドス通りの商人の屋敷を後にし、カリーナは大通りを歩いていた。
 大通りには、昨日襲撃により行きそびれていた商店がある。
 その商店の主もまた、キムベ街で廃墟のような住居を格安でそこの住人に提供している。
 こちらは、エイドス通りの商人と違い、名を公にすることなく、壊れかけとはいえほぼただ同然で提供している辺りから、売名のためではなさそうではある。
 しかし、そちらもまた商売をしているという点で、疑わしさは残る。
 商売人とは皆、人当たりはよいが、その裏で何を考えているかわからない。利益のためなら、多少汚いことでも平気で行う。
 なかには清廉潔白な者もいるが、それはきわめて珍しい。
 まあ、それは、城のうるさいたぬきじじいどもにも共通することだけれど。
 世の中の人間は皆、裏表を持ち合わせている。そうでなければ、この薄汚れた俗世、とりわけ上流社会を生きてはいけない。
 時にそれを面白がることもあるが、今回ばかりは苛立ちしかカリーナに与えない。
 そもそも、このような面倒なこと、王都守備官やらに押しつければすむことかもしれないが、かかわってしまった以上、自ら動き顛末を見届けないと気持ちが悪い。
 だから、いつものお遊びをそっちのけで、カリーナは骨を折っている。骨を折っているわりには、さっぱり事態はすすまないけれど。すすまないどころか、なんだか雲行きがかなりあやしくなりつつある。
 もはや、遊びでも笑い事でもすまなくなっている。
 果たして、カリーナ一人の手に負えるものかもわからない。
 しかし、重臣どもですら手のひらの上で転がすような策士がカリーナにはついているので、だからといってひるむことはない。
 カリーナにはまだ、使える駒が残っている。
 どこまで本当かはわからないが、よもや焼き討ちを企んでいるなど思っていなかった。
 そうなれば、ことはキムベ街だけではおさまらなくなる。それが延焼して王都に広がることがあれば……。
 そうすると、いよいよカリーナの一存だけではすまなくなるが、まあもう少し様子を見てもいいだろう。どうせ、城でふんぞり返るおやじどもに言ったところで、その重い腰を上げることはないだろうから。
 大通りを二区画ほどすすんだ時だった。
 行き交う人々の中、カリーナはぴたりと足をとめた。かと思うと、突如くるっと体をまわし、脇にそれる路地へ身をすべりこませる。
「おい、お前、一体何がしたいんだ? 昨日のあれで懲りなかったのか? いい加減、あきないか? わたしたちの後をつけて。お前、本当に暇だな」
 路地に入りすぐにくるりと振り返り、慌てて角を曲がってきた人物にそう言い放つ。
 後をつけてきていたのだろう、路地に飛び込むとすぐにそこに仁王立ちでたたずむカリーナを見て、その人物は慌てて踵を返そうとする。が、すぐに思いとどまったように、半ば投げやりに大きく舌打ちをした。
 その粗野な態度に、カリーナは大きくため息をもらす。
「まったく、ロイルといい、お前たちいとこはとる行動が同じだな」
 大通りに入ったあたりから、ロイルのいとこ――パーシーはカリーナたちの姿を見つけ、ずっとつけてきていた。
 もちろん、そのばればれな尾行に気づかないカリーナたちではない。
 カイの背を蹴ったりカイの腹に拳をしずめたり、いつものようにいたぶりながら歩きながらも、カリーナはきっちりその存在に気を配っていた。
 まあ、放置していても害はないが、うっとうしいので、とりあえずそろそろ追い払おうと路地に入った。
「いいか、もう馬鹿なことはするな。ロイルのいとこだから昨日は見逃してやったが、次はないぞ」
 カリーナはやれやれと肩をすくめ、パーシーをおしのけ再び大通りに出ようとその横を通りすぎようとする。
「うるせえよ、怪物女!」
「……カイ、それ、処分しろ」
 同時にはき捨てたパーシーに、カリーナの忍耐がなんとも簡単にぶち切れた。
 怒りに震える声でカリーナがつぶやくと、カイはさらっと言い切る。
「面倒なので嫌です」
「では仕方がない。わたし自ら手を下してやろう」
 一瞬、カリーナのこめかみに青筋が立ったかと思うと、次には何故か妙に冷静にそうつぶやいた。
 そして、すぐ背後にいたルーディの腰から、剣をするりと抜き取る。
 建物の隙間をぬい差し込む陽光に、その銀の刃がきらりと輝く。
 ルーディは、腰の獲物をとられたというのに、さっぱり気にした様子はない。むしろ口元に笑みを刻み、カリーナの暴挙を容認している。
「やれやれ、姫にも困ったものだ」
 さらには、そう言い放ち、関わることを完全に放棄する。
「あ、あんた、とめろよ! その女、おかしいぞ!」
 愉しげににたりと笑い剣をかまえるカリーナをまったくとめる様子がないルーディに、パーシーは顔色を失い慌てふためく。
 まさか、本気で命の危険にさらされるとは思っていなかったのだろう。
 しかし、ルーディは相変わらずひょうひょうとした様子で、さっぱり気にとめない。
「ええ、そうですね。面倒ですがそうしましょうか。姫が間違って人を殺してしまわないようにとめなくては。殺してしまったら、後始末が厄介ですからね」
「ええ!? そっち!?」
 ルーディが知らんぷりしつつもパーシーに同意したかと思えば、すぐさまそのあわい希望も粉砕された。
 パーシーは力の限り悲鳴まじりに叫ぶ。
 すると、ゆっくりと視線をパーシーに流し、ルーディは清々しいまでにさわやかな笑みを浮かべる。
「おかしなことをおっしゃいますね。下郎の命など、もとより、その生死を説く価値すらありません」
 ルーディは不気味ににっこり笑って、胸元からさっと銃を取り出しパーシーめがけてかまえる。
 それまで呆れ口をはさまなかったカイも、鞘から剣を抜き取った。
 そして、二人そろって、じわりとパーシーに歩み寄る。
 いよいよもって窮地に追い込まれ、パーシーはよろりと一歩後退した。
 こいつら本気だ!と心の底から叫びたかったが、もはや恐怖で声にすることができない。
 同時に、カリーナが瞳をぎらりと輝かせ、抜き身の剣の切っ先をさっと突き出した。
 パーシーの右頬を剣の切っ先がかすめるように、まっすぐ背後に突き出される。
 パーシーは震えることもかなわず、青い顔をしてただその場にたたずむのがやっとだった。
 これは、あくまで脅しで、次にいよいよ命を絶たれるのかと、パーシーはぎゅっと目をつむる。
 カリーナのその細められた目に宿る光が、決して冗談などではなく本気だと語っている。
 しかし、パーシーが覚悟した瞬間はやってくることはなかった。


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update:12/01/30