エメラブルーの王女(33)
カリーナ姫の野望

「お前はここから離れろ」
 見下ろすカリーナの鋭く光る眼光に、パーシーは思わず息をのむ。
 そして、告げられたその言葉を数瞬遅れで理解した。
 それは、今この場が危険であり、そこからパーシーを逃がそうとしているということだろう。
「やっぱりあんた、キムベ街を……。あんた、いい奴なのか?」
 思わずパーシーの口をついたのは、危険に身を置いていることを忘れたように、そんなあさっての言葉だった。
 けれど、カリーナはその言葉を正しく理解したのか、にっと得意げに口元に笑みを刻む。
「そういう場合は、いい奴だな、だろう。馬鹿者」
 カリーナは意地悪く言い放ち、パーシーにさっと背を向けた。
 陽光を全身に受け進んでいくカリーナの背を、パーシーはまぶしそうに目を細め見つめる。
「ロイルが言っていた。あんたは――」
 パーシーはそこまで言いかけ、それ以上言葉をつむぐことができなくなった。
 がばっと振り返ったカリーナが、苦々しく吐き捨てる。
「……ちっ。この愚図がっ」
 見下すように見るカリーナを見て、パーシーはようやく、自分の身に何が起こったのか理解した。
 パーシーは、黒装束の男に拘束され、別の男にその首に短剣をぐいっとおしつけられていた。
 パーシーを押しやるように、黒装束の男たちが、一歩、また一歩前進し、路地から遊歩道へ姿を現した。
 その背から、また遊歩道の左右から、同じように黒づくめの男たちがやってくる。
 瞬く間に、遊歩道に立つカリーナたちを取り囲む。
「白昼堂々のおでましか。奴ら、いよいよ後がなく焦っているということか」
 集まってきた黒装束の集団――刺客をじとりと見やり、カリーナはふむと納得したように大きくうなずく。
「姫、納得している場合ではないですよ」
「カイ、うるさい」
 視線だけでぐるりと辺りを見回すと、幸い人気はない。
 しかし、カイとルーディにとってはあまりよろしくない。
 人気がないということは、カリーナが遠慮なく暴れるということ。
 そうなると、厄介なのは刺客ではなく、むしろカリーナとなる。
 このくらいの手勢なら、カイとルーディがいれば十分事足りる。しかし、そこに解き放たれたカリーナがいるとなると……。
 知らず知らず、二人の額にじわりと汗がにじむ。
「この男の命がおしければ、カリーナ姫、あなたがこちらへきなさい」
 カリーナたちの前に現れた黒づくめたちの首領格らしい男が一歩踏み出し、拘束するパーシーを一瞥する。
「嫌だ」
 カイとルーディに守られるようにそこに立つカリーナは、あっさりきっぱり言い放った。
 瞬間、男たちの気色が一気に険しくなる。
「な……っ。こいつがどうなってもいいのか!? 殺すぞ!」
「好きにしろ。その男がどうなろうとわたしには関係ない。むしろ、うっとうしいから、さっさと殺せ」
 予想外だったのだろう、カリーナのあっさりとした返答に、黒づくめたちは苛立つようにざわつく。
 しかし、明らかに険しくなった雰囲気もどこ吹く風、カリーナはあくまでひょうひょうと言い放つ。
 その語気からも表情からも、その言葉が偽りなどではなく、心から放たれているものだとうかがえる。
 言葉通り、パーシーの存在など、たかる蝿にすら思っていないのだろう。
「おい、待てよ、お姫さん! あんた王女だろ! だったら、国民を助けるのが勤めだろうが!」
 それがパーシーにももちろん伝わり、とらわれの身であることを忘れ、カリーナに怒鳴っていた。
 けれどカリーナは相変わらず面倒くさそうに、あまつさえぼんやり空を見上げる。さらにほわあとあくびまでひとつお見舞いした。
 それから、ふうとつまらなそうにため息をもらす。
 そして、やはり面倒くさそうに、ちらりとパーシーに視線を流す。
「ああ、善良な国民ならばな。それ以外の者には、指一本動かしてやる気はない。むしろ、王女であるわたしのために死ねるのだから、ありがたく思え」
「お、俺が殺されたら、あんた、国民を見捨てたと非難されるぞ!?」
「何を寝ぼけたことを。お前一人死んだところで、わたしが非難されるわけがないだろう。むしろ、下郎の死など誰にも気づかれることすらないだろうな」
 カリーナはにやりと微笑み、けらけら嘲笑う。
 パーシーの色を失っていた顔に色が戻る。戻るだけでなく、一気に真っ赤に染め上がった。
 自らがとらわれ、命の危機にさらされていることも忘れ、力の限り怒鳴る。カリーナの暴言のため、もはやパーシーの理性は残っていない。
「普通、こういう場合、代わりにわたしを殺して≠ニかいうのが、国民を守る王女ってもんだろ! せめて、そういう振りだけでもしろよ!」
「違うな。お前が死んだところで世の中は何もかわらん。しかし、わたしが死ぬと重大事件になる、世の中が動く。可憐な王女の死を悼み、世の中が嘆く。だから、お前が死ね」
 カリーナは人差し指をぴしりとパーシーにつきつけ、きっぱり言い放った。得意げににっと口の端を上げる。
 パーシーがどんなに憤ったところで、カリーナから返される言葉は、無慈悲の限りを尽くしている。言えば言うだけ、パーシーは脱力感と絶望感にさいなまれる。
 カリーナにいたっては、そろそろパーシーの相手をするのも飽きてきたというふうさえある。
「姫……」
 さすがに気の毒に思ったのか、それまで黙って二人の会話を聞いていたカイが、呆れたようにちらりとカリーナに視線を流した。
 それでも、黒づくめたちへの警戒は怠ることはない。
 ルーディもまた、辺りに気を配ってくる。
 気づけば、いつの間にかこの場からループスの姿が消えていることに気づき、ルーディの眉間にわずかにしわが寄る。
 恐らく、カリーナがパーシーを突き飛ばした辺りで、ループスは消えていたのだろう。
 そう、この取り囲む黒装束集団が現れる直前に。それが意味することは、すなわち――。
「ひっでー! それでも王女かよ。お前、国民にたたかれるぞ!?」
「何を言っている、人望の差だ。誰もこそ泥一匹殺されたところで同情などしない。しかし、一国のうら若く美しい王女が野蛮な暗殺者に殺されてみろ? それをねたに戦争だと言い出す馬鹿親父がうんざりするほどいるだろう。よかったな、はからずも本来なら役立たずだったお前の死は国のためになるぞ」
 しかしなおも、警戒するカイとルーディをよそに、カリーナとパーシーの実のない言い争いは続いている。
 高らかに宣言し笑うカリーナに、パーシーは拘束されたまま、とうとう諦めたようにうなだれた。
 黒装束たちもまた、先ほどからの不毛な言い争いに、半ばあっけにとられたように思わずその成り行きを見守っているらしい。中には、パーシーにわずかに同情の念を寄せている者までいる。それほど、カリーナの言いようは非道ということなのだろう。
 パーシーを拘束する二人、そして首領のほか幾人かをのぞき、皆本来の目的を忘れ呆然とそこにつっ立っている。
「うわあー。もう最悪だー。こんなのが王女かよ。とにかく、俺をさっさと助けろよ!」
「黙れ、わたしに指図するな。愚鈍な奴だな。捕まるお前が悪い。大人しく死んでおけ」
 そしてとうとう、カリーナはパーシーに引導を渡す。
 それを肯定するかのように、ルーディも面倒くさそうにため息をもらした。
「そうですよ。今のあなたは、勝手に我々についてきて、そして勝手に捕まって、我々の邪魔をしているにすぎません。我々にとっては、ただのお荷物、迷惑以外のなにものでもありません。それは、罪深いことです。だから、さっさと死になさい」
 清々しいまでに満面の笑みを浮かべ、ルーディもきっぱり言い放った。
 瞬間、パーシーのわずかばかりに残っていた希望が打ち砕かれ、すべて灰と化した。
 がっくりと肩を落とし、その命までも諦めたように、青く遠い空の彼方へ視線をはせる。
 さすがにここまでくると放っておけないのか、カイがうんざりしたようにとりあえずたしなめる。
「姫、ルーディも、いい加減それくらいにして――」
「あー、うるさいうるさい。もう面倒だから、わたしが殺してやる」
 そう言って、カリーナはルーディの胸元からすっと銃を抜き取った。
「姫ー! 違うでしょー!!」
 悲鳴に似たカイの叫び声が、水路横の遊歩道一帯に響きわたる。
「うるさいなー、カイは。お前も、あんな奴、さっさと殺してやりたいだろう」
 顔をゆがめ、カリーナは耳をおさえる。
 そして、面倒くさそうにカイに問いかける。
 問いかけているように見えて、それは間違いなく命令している。
 カリーナはすっと銃をかまえ、パーシーの額の中央に照準を合わせる。
 それは、一発で頭をぶち抜き即死を宣言しているも同じだった。
 かちりと、安全装置がはずれる音がした。


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update:12/02/19