エメラブルーの王女(34)
カリーナ姫の野望

 安全装置がはずれる音に弾かれたように、あまりものカリーナの暴挙にあっけにとられていた黒づくめの首領も意識を取り戻した。
 やすやすとカリーナに銃をかまえさせてしまったことにようやく気づき、舌打ちする。
 本来ならば、その行動を見せたところで、手下たちに襲いかからせておかねばならなかっただろう。
「くそ……っ。どうしてこんな役にも立たない奴を人質にとるんだ!」
「そ、そんなことを言われても、こいつがいちばん捕まえやすかったからですよ!」
「ああ、もういい。そんな奴はいらん。邪魔だ。捨てろ。――こうなったら、全員でカリーナ姫を殺しにかかれ!」
「は、はい……!」
 そんな間抜けな会話を交わした後、首領は半分やけくそ気味に叫んだ。
 すると、一気に黒づくめたちも気を張り巡らせ、それぞれ剣をかまえなおす。
 首領の言葉通り、パーシーは男の拘束から解放される。
 投げつけるようにカリーナたちへ向けて、パーシーの背をいまいましげに突き飛ばした。
 それと同時に、カリーナ、カイ、ルーディの三人は目配せする。
 ルーディがやってきたパーシーの腕をひき背後へ放り投げると、そのまま身を滑り出した。
 カリーナは、飛び込んでくるパーシーをさっとかわす。背後で、パーシーが地面に倒れこんでいく。
 それを横目でちろりと見ると、すぐ目の前を一陣の黒い風が通り抜けていく。
 先に飛び出したルーディよりも速く、カイは刺客の直中に突っ込んで行っていた。
 振り下ろされた剣をなぎ払ったかと思うと、左側では肘鉄をみぞおちに食らわす。
 すぐさまくるりと大きく後方へ宙返り、両足で二人の男のあごを同時に砕いていた。
 カリーナは先ほどルーディから奪い取った銃を右手に持ち、ぽんぽんと左肩をたたいてその様子をのんびり見ている。
 ルーディもまた、余裕しゃくしゃくの笑みを浮かべ、舞うように次から次へ刺客たちを切り捨てていく。
 カリーナの足元では、パーシーが間抜けに口をぱっくりあけ、その様子を呆然と眺めている。
 パーシーがちらりと見上げたカリーナは、得意げに微笑んでいる。その顔はまるで、カイとルーディに絶対の信頼を寄せ、間違っても彼らがやられることはないと自信たっぷりにいっている。
 パーシーは思わず、きゅっと唇をかむ。
 そうして、そう時間を要さないうちに、カイとルーディが背中合わせに立ち、そよ風に髪を遊ばせる。足元には円を描くように黒い物体が散らばっていた。
 それを確認し、カリーナはやはり得意げに微笑む。
「な? だから言っただろう?」
 足元でべたっと尻餅をついたままのパーシーを見下ろし、カリーナはけらけら笑い声をあげる。
 パーシーははっとして、カリーナをにらみあげる。
「何がだ!? 本気だったくせに。本気で俺を見殺しにするつもりだっただろう!!」
「何をわかりきったことを言っている」
 カリーナはすっと目を細めたかと思うと、にたりと意地悪く笑った。
 パーシーの口はあんぐり開かれ、そしてがっくり肩が落ちる。
 相変わらず、パーシーの目の前では、カリーナが得意げにかかかと笑っている。
 まるでこうなることがはじめからわかっていたというように、自信たっぷりに、剣をおさめ歩み寄ってくるカイとルーディを見つめる。
 そう、カイとルーディに任せていれば、間違いない。二人を見る目は、カリーナに危害が及ぶことはないと信じきっている。
 カリーナのもとまで戻ってきたカイの腕に、カリーナは当たり前のようにきゅっと抱きつく。
 そして、ルーディがいやいや助け起こすパーシーへにかっと笑いかける。
「お前もこれで懲りたろう? ここでくたばっている奴らのようにはなりたくはないだろう? 腐っていないでまじめに働け。ロイルが心配していたぞ」
 カリーナは他意なく、むしろ清々しいまでに意地悪く笑む。
 パーシーは一瞬ぐっと言葉をのみ、ぱっと顔をそむけた。
 そして、ふてくされたようにつぶやく。
「で、でも……俺なんか」
「お前なら大丈夫だ、やれる。わたしが言うんだ、間違いない。自慢じゃないが、わたしは人を見る目だけはないのでな」
 カリーナは自信たっぷりに胸をはる。
 そのふざけた発言に、パーシーは思わずそむけていた顔を戻した。
 そして、諦めたように小さくくすりと声をもらす。
「なんだよそれ、本当、自慢になりゃしねーよ!」
 パーシーは皮肉るような、今にも泣き出しそうな複雑な笑みを浮かべている。
 まぶしそうに目を細め、高笑いを続けるカリーナをその目に映す。
 まぶしいのはきっと、カリーナの背に太陽がどんとあるから。きっと、そうに違いない。それ以外であるはずがない。
 自らの心にそう言い聞かせ、パーシーは再び面白くなさそうにぷいっと顔をそむける。
 けれど、パーシーは何故か、このむちゃくちゃな王女が、今は嫌いではなかった。
 もしかしたら、はじめからそうだったのかもしれない。だから、この二日間、その動向を探るように追っていたのかもしれない。
 パーシーは顔をそむけたそこで、わずかに口に笑みを刻む。
「まったくもう、姫は……意地悪なのですから」
「それこそ、今さらだぞ、カイ」
 困ったように眉尻を下げたしなめるカイの腕に抱きつく手にもう少しだけ力をこめ、カリーナはにんまり微笑む。
 カイは仕方なさそうに微笑を浮かべ、すぐ横でゆれるカリーナの髪をなでるようにすいていく。
 カリーナは気持ちよさそうに目を細め、もう少しだけカイに身を寄せる。
 カイはカリーナのすべてを理解し、そして受け入れている。
 まるでそう言っているかのように、二人はぴっとり身を寄せ合う。
 カリーナはふと、手にまだルーディから奪い取った銃を持っていることに気づき、転がる刺客たちを検分しはじめたルーディに向かい声をかけようと口をゆっくり開いていく。
 すると、声にならないうちに、その場に銃声が轟いた。
 それと間をおかず、前方の遊歩道に面した建物の二階から、黒装束の男が一人落ちてきた。
 散らばる刺客たちの上に、どさりとのしかかる。
 はっとして、辺りに気を配ると、消えたはずのループスがすぐそこの、遊歩道に植わる木の陰からすっと姿をあらわした。
 その手には、煙をあげる銃が握られている。
 ルーディはカリーナにさっと駆け寄り、現れたループスに向け剣をかまえる。
 その行動にループスは一瞬むっと眉根を寄せ、けれどすぐににっと愉しげに笑った。
「最後まで油断は禁物だよ」
 そしてそう言い放ち、持っていた銃を懐にしまいこむ。
「……お前……?」
 カリーナは訝しげに、歩み寄ってくるループスをにらみつける。
 もちろん、カリーナの前にはカイとルーディが警戒心をあらわにし立っている。
 パーシーだけが、訳がわからずおろおろとその場につっ立っている。
 解かれぬ警戒に、ループスは自嘲するように薄く笑みを唇にのせた。
 そして、何かを言おうと、ゆっくりと口をあけたその時――。


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update:12/02/28