エメラブルーの王女(35)
カリーナ姫の野望

「ループスさま! やっと見つけましたよ! 他国でうろちょろ歩き回らないでください!!」
「げっ、ソティス!」
 ループスは、突如現れた男にはがいじめされ、そう怒鳴りつけられた。
 同時に、その拘束から逃れようとループスは身をよじる。
 けれど、射殺さんばかりににらみつける男の視線に早々に観念したように、すっと体から力を抜き、されるがままになる。
 現れた男は、どこかの貴族に仕えるような仕立てのいい服を身にまとっている。けれど、その作りはエメラブルーのものと異なっている。どちらかといえば、それは隣国ガルディアの仕立てに見える。
 ループスにソティスと呼ばれた男の後から、体躯のいい若い男が二人慌てて駆け寄ってくる。
 その様子を、カリーナもカイもルーディも、あっけにとられたように見ていた。
 けれどはっと気づき、慌てて気を取り直す。
「……ループス?」
 カリーナは訝しげに、うんざりした様子のループスをにらみつける。
 もはや、あまりにもふざけたその様子に、ループスを警戒することを失念してしまっている。
 すると、ループスをやってきた青年二人に託すソティスがはっと気づいたように、慌ててカリーナたちに向き直った。
「これは大変失礼致しました、カリーナ王女。私はガルディア王に仕えております、ソティス・アペールと申します」
 ソティスはそう言うと恭しく頭を垂れ、肩の少し上辺りでまっすぐに切った金茶色の髪をさらりと揺らし礼をとる。
「ガルディア王に仕えているだと?」
 カリーナはその言葉がにわかに信じがたいとばかりに、あからさまに胡散臭げな視線をソティスに投げかける。
 たしかにその名は、ガルディア王の側近――王の右腕として諸国に知られる名。
 しかし、この男がそのソティス・アペールだという証拠はない。
 百歩ゆずって、この男がソティスだとしても、どうしてそれが今この場にいるのかわからない。そればかりでなく、ループスを拘束している意味もわからない。
 いやまあ、ループスを拘束するのはそれなりに理解できる。国外逃亡した犯罪者をわざわざ隣国まで捕えにやって来たと考えると、まああまり無理はないかもしれない。
 いや、でもちょっと待て。先ほどソティスは、ループスのことをたしか、ループスさま≠ニ呼んでいたような……。
 ぐるぐると思考をめぐらせはじめたカリーナに、ソティスは申し訳なさそうにもう一度頭を垂れた。
「はい。わが主がご迷惑をおかけいたしまして、大変申し訳ありません」
「主?」
 その言葉に反応し、カリーナは怪訝に顔をゆがめる。
「うん、俺、主。正式名(フルネーム)は、ループス・ガルディアね」
 同時に、拘束する青年二人の腕からすっと腕を抜き、ループスはそう言って自分を指差す。
 瞬間、カリーナはあんぐりと口をあけた。
 カリーナだけでなく、カイとルーディまでも目を見開き、驚きをあらわにする。
「何だと!? じゃあ、お前がガルディア王だって!? 詐欺だ!!」
「ひっでー」
 そして、次には、カリーナが胡散臭げに思い切り叫んでいた。
 唇をとがらせ非難がましく見つめるループスに向かい、カリーナはなおも続ける。
「そんなごろつきみたいな、いかにも悪人面の奴が王であってたまるか!」
「なんか散々な言われようだな」
 びしっと指差し断言するカリーナに、ループスはがっくり肩を落とす。
 あまりにも不愉快なその事実に、カリーナは今にも暴れだしそうにじだんだを踏む。
 にわかに信じがたいそれに、もはや疑念を抱く余裕すらなく、すんなり受け入れてしまっているらしい。
 カイがやれやれといった様子で、カリーナの頭をぽんぽんなで、どうどうとあやす。
 納得はまだいかないが、ループスとソティスの様子から、ループスがガルディアの王と百歩ゆずって認めなければならないだろう。
 腑に落ちないものはあるが、カイも渋々とりあえず納得することにした。
 その横で、いまだ険しい眼光を宿すルーディが、ループスへすっと視線を流す。
「では、そのガルディア王が何故、エメラブルーに?」
「ああ、それは……」
「わが国の者が隣国で何やら怪しい動きをしていると情報を入手し、探っておりました」
「あ、おい、ソティス! まだ言うなよ!」
 もったいぶるように答えようとしたループスを遮り、ソティスがさらっときっぱり告げる。
 それを、ループスが慌ててとめようとする。青年二人が呆れたように、ループスに手をのばし、その両脇からがしっと腕を拘束した。
 ループスは恨めしげに、青年二人をじとりとにらみつける。
 ソティスはループスを無視し、たんたんと続ける。
 どうやら、ループスの行動にかなり立腹しているらしい。
「このようなことになってしまった以上、お話するのが筋でしょう」
 ソティスはじろりとループスをにらみつける。
 ループスは青年二人の腕を払いのけると、すねたようにぷいっと顔をそむけた。
「まったく、あなたが余計なことをするから、このようなことになってしまったのですよ。この程度の輩なら、国際問題にならぬうちに、影でこっそり始末することも可能でしたのに。よもや、エメラブルーの姫に自ら接触されるなど……」
「仕方ないだろう。気に入ったのだから」
「はあ!?」
 思い切り顔をゆがめすっとんきょうな声をあげるソティスを無視し、ループスはカリーナへすっと歩み出る。
 そして、カリーナの目の前までくると、得意げににっと笑った。
「危なっかしいまでのその正義感、実にいいね」
 ループスの手が、ふわりとカリーナの頬に触れる。
 瞬間、甲高い音が響き、その手が叩き払われた。
 ループスの首に、カイの抜き身の剣がつきつけられる。
 そして、じわじわとその肌に刃が食い込んでいく。
 カリーナはまるで汚らわしいものに触れたといわんばかりに、右手をぶんぶん振る。
 それから、ふと気づいたように、その手をルーディの制服の裾で、こすりつけるように拭く。
 ループスは「おー、怖い怖い」とどこか愉しげに肩をすくめながら、つきつけられる剣をさらっと払った。
 舌打ちをし渋々剣をおさめたカイの手をとり、カリーナはその手でぐいぐいループスに触れられた頬をぬぐう。
「ああもうっ、ループスさま! 悪ふざけも大概にしてください!」
「悪ふざけじゃないんだけれどなあ」
「なお悪い!」
 ソティスは蒼白になり慌てて駆け寄りループスを回収する。
 ソティスに回収されながら、ループスはひょうひょうと言ってのける。
 カリーナは頬からカイの手をはなし、今度はその胸に頬をすりっとすりつける。
 まだまだ、ループスに触れられた頬はぬぐい足りないらしい。
 カイの胸に頬をすりすりすりつけながら、カリーナはすっと目をすらわせた。
「それはどうでもいいが」
「うわ、あっさりふられたよ」
 大仰に嘆いてみせるループスを、カリーナは馬鹿にするようににらみつける。
 そして、汚らわしげに吐き捨てた。
「うるさい。それより、お前の国のごたごたに、何故わたしやエメラブルーが巻き込まれなければならない。大迷惑だ」
 その言葉通り、この上なく迷惑極まりないと、カリーナはいまいましげに顔をゆがめる。
 するとループスは、どこか愉しげににっと笑った。
「好都合だったんだよ。隣国エメラブルーの王女といえば、当たり前のように城下を歩き回り、かつ貧しい者たちに手をさしのべる、風変わりな王女という噂があるから、それを利用したんだろう」
「はあ? 何だその噂は。わたしは知らんぞ」
 カリーナは思い切り顔をゆがめる。
 すると、いまだカイにすり寄るカリーナの耳元に、ルーディがすっと顔を寄せ、ささやいた。
「美しい理想的な姫君と同時に、規格外の手のつけようがないじゃじゃ馬という噂もありますからねえ」
「何だと!?」
 ルーディをにらみつけるカリーナをよそに、ループスがなおも愉しげにつづける。
「それで、騒ぎを起こせば、姫の方から調べるためにほいほいやってくるだろう。そうしておびきよせ、暗殺するつもりだったのだろうな。まあ、暗殺は失敗してもかまわない。その事実が重要だからな。奴らは、その犯人にガルディアの王を仕立て上げるのが目的だったようだから」
 どこか自嘲するように、けれどそれでも愉快げに、ループスはたんたんと語る。
 ぎょっと目を見開くカリーナに、ループスはにっこり微笑みうなずいた。
 カリーナの目の前が、あまりもの馬鹿馬鹿しさに大きくぐらりと揺れる。
 蓋を開けてみれば、なんとくだらないことだったのか。
 カリーナたちのこれまでの苦労は、一体何だったのか……。
 まるで命をかけた罰遊戯(ゲーム)のようである。


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update:12/03/11