エメラブルーの王女(36)
カリーナ姫の野望

 これまでのことをひとつずつ整理していけば、ループスが言っていることはたしかにその通りなのだろう。
 隣国の姫君暗殺未遂という事実があれば、そしてその首謀者に王を仕立て上げれば、失脚は確実となる。
 けれど、結果、それが命取りになってしまった。
 何しろ、相手がいけなかった。敵にまわしてはいけない者の命を狙ったのだから。噂を遥かに越えた、むちゃくちゃな姫君。
 あまりにも浅はかで杜撰な計画に、怒りを通り越して呆れる。
「それが無理でも、あの街の焼き討ちや王女暗殺を理由にエメラブルーに戦争をしかけさせるよう誘導し、そしてあっさり負け、それを全部俺のせいにしての失脚を目論んでいたらしい」
 ループスはまるで他人事のように、やれやれと肩をすくめる。
 その様子を目に入れてしまったがために、すっかり呆れていたカリーナの中で、何かがぶつりと音を立てて吹き飛んだ。
 カリーナ暗殺だけでも頭がくらくらするほど馬鹿馬鹿しいのに、さらにその上をいく馬鹿馬鹿しい計画まで練っていたとは。
 これは、杜撰とかいう問題ではない、はじめから破綻している。
 そのようなことがそう都合よくいくはずがない。
 馬鹿だ、馬鹿すぎる。今この場に転がる黒ずくめ集団は。
 この黒ずくめ集団も命を受けて動いたにすぎないだろうが、それを操る黒幕のなんと愚かなことか。救いようがない馬鹿だ。
「本当にいい迷惑だ。お前のところのお家騒動を人の国に持ち込みやがって」
 カリーナはぽてっとカイの胸にもたれかかり、心の底からそうつぶやいた。
 やはり、理性が吹き飛んでしまっても、怒りより先に呆れ――脱力感がきてしまう。それくらい、愚かしいこと。
 すると、あまりそうとは思えない様子で、ループスは頭をかきながら、ぺこりとそれを下げた。
「いやもう、申し訳ない」
「謝ってすむか!」
 へらりと笑うループスに、カリーナは可能な限り怒りを込め怒鳴りつける。
 これまで散々振り回されていたことを思えば、もう憤っても憤り足りないだろう。
 それと同時に、果てしない馬鹿馬鹿しさがカリーナを襲う。
 よろよろよろと、さらにカイの胸の中に落ちていく。
 もうその体をささえる気力さえ、あまりのど阿呆さ加減に奪われてしまった。
 本当に、いいように振り回されていたと思うと、カリーナは自分自身が情けなくなってくる。滑稽すぎる。
「まあ、それはそれとして、カリーナ姫、申し訳ないが、この一件はわたしにまかせてもらえないだろうか。奴らを操っていた黒幕は、すでに国で捕えている」
 うんざりした様子でカイに抱きつくカリーナに、ループスはそれまでのおどけた様子はなく、険しささえ含んだ真面目な表情でそう提案した。
 カリーナはじっとループスを見つめ、そしてゆっくりカイからはなれ、同様の表情をたたえ向き合う。
 そして、その場に凛と立つ。
「うまくまとめられるというならばかまわないが。……事後処理も面倒だからな」
「恩に着る。我々もあまり波風を立てたくないのでな」
 ループスはかわらず真剣な顔で、頭をさげた。
「ああ、わかっている。せっかく表向きだけは良好な両国関係だしな」
「うわっ、なんかとげがある」
 再び真剣みはなりをひそめ、ループスは嘆くようにつぶやく。
 すると、カリーナはいまいましげに吐き捨てた。
「当たり前だ。人の国で好きにあばれやがって」
 痛いところをつかれたとぐっと胸をおさえ、ループスの肩が力なく垂れる。
「それは本当にすまないと思っている。とりあえず、こいつらは回収していくとして……。あとは、こいつらが巻き上げたあの土地も全部返すよ」
「当然だ。あと、壊したものの修理もな」
「……かしこまりました」
 威圧的に言い放つカリーナに、ループスはすっかり身を縮こまらせる。
 今回のことはすべてガルディアに非があり、ループスはカリーナに言い返すことができない。
 これだけ散々迷惑をかけたのに、それだけですむとは、むしろ安いほうだろう。
 これがたちの悪い国が相手であったとしたら、一体どれだけの賠償を要求されることか……。
 そう思うと、自らの胸におさめ、かつ寛大な処置を下すこのカリーナという王女は、噂に違わぬ豪胆な心意気の持ち主らしい。また、それだけの権限も、王女に与えられているのだろう。
 ループスはうなだれるそこからちらっと視線を上げ、胸のうちで小さく笑う。
 本当に、迷惑をかける相手にエメラブルー、しかもそこの王女を選んだことは、不幸中の幸いだろう。
 ソティスではないが、たしかに、ループスがカリーナに接触しなければ、これほど大事になっていなかったかもしれない。それこそ、秘密裏に手を打てただろう。しかし、それではやはり、ループスとしては面白くない。
 噂に違わぬ王女の姿を見つけてしまったら、声をかけずにはいられなくなった。
 はばかることなく堂々と城下を歩き回り、そして横暴とも思える人助け。
 そのようなおもしろい姫君にかかわらない手が、どこにあるだろう。
 一人思い出し、ループスは思わず小さくくすり笑ってしまう。
「それにしても、まさかお前が、ガルディアの王だとはな……。ガルディアは終わったな」
「その点に関しては、賛同いたします」
「ソ、ソティス!?」
 ふと思い至ったかのように、哀れむようにつぶやくカリーナの言葉に、ソティスがすかさず反応していた。
 めぐらせていた思考から一気に覚醒し、ループスは慌てて大きくうなずくソティスを見る。
 すると、「……何か?」と、とっても軽蔑したソティスの視線がループスに注がれた。
 やはり、ガルディア王の右腕と呼ばれる男を、ループスはこの上なく怒らせてしまったらしい。
 怒らせない要素がどこにあるかと問われれば、もちろんどこにもない。
「いえ、何でもありません」
 ループスは消え入りそうな声でぼそりつぶやいた。
 すると、相変わらず蔑むような視線を投げかけつつ、ソティスはふんと鼻を鳴らした。
 しかし、もともと反省などしていないループスは、何か面白いことに気づいたようにカリーナに向き直った。
 同時に、ループスの背後が、刺すように冷たく痛い空気で包まれる。ソティスが無言の圧力をかけている。
 けれど、ループスは気にせずつづける。
「しかしなあ、そう言うなら、エメラブルーも似たようなものだろう? 嬉々として暗殺者を返り討ちにする姫がいるんだから。どうせ、普段から売られてもいない喧嘩を買って、ごろつきをいたぶって遊んでいるんだろう?」
 ループスは、にやりと試すように笑みを浮かべる。
 すると、ルーディがちらりとカリーナを見て、さらりと言い放った。
「姫、他国の要人にまでよまれていますよ」
「うるさい、ルーディ」
 いまだ返さず握ったままになっていたルーディの銃を、本来の持ち主の額にぐりっと押し当てる。


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update:12/03/21