エメラブルーの王女(37)
カリーナ姫の野望

 やれやれと肩をすくめたルーディに銃を取り返されるカリーナに、ループスは気にするふうなく告げる。
「ところで、王女がこんなに簡単に出歩いて大丈夫なのか?」
 ルーディと小競り合う手をぴたりととめ、カリーナはむすっとした顔でループスに視線を流した。
 そして、ふうと大きくひとつ吐息をもらす。
「問題ない。この二人は何があろうと、どのようなことをしても、必ずわたしを守りぬくからな」
 そう言って、カイの腕を右腕に、ルーディの腕を左腕にすっとからませ、どこか艶かしく微笑む。
 カリーナのその今までにない妙に艶やかな笑みに、ループスは思わず息をのむ。
 そして、ふるっと小さく首を横に振ると、微苦笑を浮かべた。
 ループスは一瞬、不覚にもカリーナのその姿に目を奪われていた。
「それはそれは……。呆れるほどの信頼関係だな。――やけるね」
「うらやましいだろう?」
 カリーナは得意げに微笑み、胸を張る。
 そう、カイもルーディも、何があろうとその命をかけカリーナを守るだろう。
 特にカイは、命を落とした後でもカリーナを守り抜くだろう。
 そのような自信がカリーナにはある。
 ループスは「ああ、うらやましいな」と音にならない声で小さくつぶやくと、複雑そうに瞳をゆらした。
 そして、何事もなかったようにすっと居住まいを正す。
「それじゃあ、正式な謝罪と保障は、おいおいうちうちに。……また来るよ」
「二度とくるな!」
 ふと気づいたようにループスを見て、カリーナは即座に汚らわしげに吐き捨てる。
 しっしっと手をふり追い返すカリーナを愉しげに見つめ、ループスは手を振り返す。
 それは、カリーナとはまた違った意味の振られ方。
「そんなつれないところもまたいいねえー」
 あはははと豪快に笑いながら、ソティスに突き刺さるようなするどい視線をなげつけられながら、それでもなお愉しげにループスは去っていく。
 青年二人の他にも後からやって来たガルディアの者たちが、ソティスの指示に従い、暗殺者たちをループスの言葉通り回収していく。


 今日もエメラブルー城下は、青く澄んだ空に覆われている。
 海から吹く風は、潮の香りをほのかに含み、鼻をくすぐる。
 あきれるほどにのどかにのんびりと、この国では時間が過ぎていく。
 近いけれど遠くに見えるこの世界の中心グリーエデン島への唯一の定期便がある港を抱える王都エメラルディアは、この国の中でも特に呆れるほどの賑わいを見せている。
 それは、昨日も今日も、そして明日も変わらず続くだろう。
 港から少し陸へ入ったところに、庶民が集う市場がある。
 そこに、お忍びに興じるこの国の王女の姿が、当然のようにある。
「お姉さんお姉さん、果物はどうかね? 珍しいものが入っているよ」
 並ぶ店の一軒から、そのような声がかかった。
 カリーナはふと足をとめ、声をかけた店主らしき男性に上体をむける。
 するとたしかに、カリーナがこれまで見た事がない果物が、店先に並んでいる。
 黄色と橙色の間をとったような色をし、その形はまるで子供が絵に描いた夜空に浮かぶ星のよう。
「ん? へえ、こんなのがあるのか、見たことないな」
 カリーナはそれをひとつ手にとり、まじまじと観察をはじめる。
「そうさね、これは今朝東の島国の船で届いた特産ものさ」
「ふーん、珍しいものなのか、うまいのか?」
「そりゃあ、もちろん。よかったら味見をしてみないかい?」
 店主はそう言うと、あらかじめ切り分けておいたものを入れた小皿をカリーナに差し出す。
 カリーナは一瞬戸惑うように首をかしげ、けれどすぐにそのひとつをつまんだ。
 ためらいなくぽいっと口に放り込む。そして、ふむと納得したようにうなずいた。
 普通の姫君なら、お忍びはもちろんだけれど、差し出されたものを疑いなくあっさり口に入れたりはしないだろう。
 けれど、カリーナにかかればそのようなことは瑣末なこと。
 そして、カリーナに付き従う護衛の二人、カイとルーディもそれをとめることはない。
 たしかに危険と判断すればとめることはあるけれど、まさかこのように庶民が集う市で、毒を仕込むなどまずないだろう。
 それくらいに、このエメラブルーという国は平和だから。
 たとえ、つい先日、暗殺未遂にあったばかりだといっても、それは特殊な例にすぎない。
 何より、カリーナのお忍びを邪魔したら、毒を仕込まれるよりも恐ろしい結果が待っていると、カイとルーディは身に染みて知っている。
 カリーナが、カイとルーディにも「食べるか?」と切り分けられた果物が入った小皿を示した時だった。
「あ、姫さん!」
 背後から、少し驚いたような声がかかった。
 振り向くと、そこには目を丸くしたパーシーが、大荷物を抱えて立っていた。
 そのかたちからいって、小麦が入った袋だろう。それを、肩に二つ担いでいる。
「おう、パーシーか。もう悪さはしていないか?」
 にやにやと意地悪い笑みを浮かべカリーナが問うと、パーシーはむっと唇をとがらせる。
 けれどすぐに、肩に担ぐ小麦袋をぽんと得意げに叩いた。
「してねーよ! もともとあれは魔が差しただけだ。ほら、俺、ちゃんと働いているんだぞ」
「そうか」
 パーシーの言葉を聞き、カリーナは満足げにうなずく。
 そして、果物屋の店主に向き直り、先ほど試食したかわった形の果物をひとつ手にとった。
「おやじ、ひとつくれ」
 カリーナが果物をつかむと同時に、カイが懐から財布を取り出し、硬貨を一枚店主に手渡す。
 店主は「まいどありー」といって、にかっと笑みを浮かべる。
「パーシー、差し入れだ。東の島国の果物だとさ。そこそこいけるぞ」
 カリーナはそう言って、パーシーに投げつけるように、手に持つ果物を放り投げた。
 パーシーが慌ててそれを受け取る。
「うわっ!」
 パーシーは右肩に小麦袋二つを担いでいたものだから、左手でぶかっこうに受け取るはめになった。
 突然なげられた果物に少しむっとしたようだけれど、すぐににっと笑みを浮かべた。
「ありがとよ、姫さん!」
 そう言って、パーシーは果物をつかむ手を大きくふり、市の向こうへ消えていく。
 その後ろ姿を、カリーナは満足げに笑みを浮かべ見送る。
 カイは、そのようなカリーナを愛しげに、誇らしげに見つめていた。
 この少々乱暴で横暴な少女こそが、カイが仕える、この国の王女だと。
 わがままできかん気が強くて横暴で乱暴ではた迷惑な少女だけれど、それでも憎めず、愛しささえわいてくる。
 そう、そのようなむちゃくちゃな王女だからこそ、不思議なことに民から愛されるのかもしれない。
 先ほども一人、そのような王女の毒牙にかかった青年がいたばかり。
 今日も元気に、エメラブルーの王女は、はた迷惑を省みず王都を闊歩する。
 そして、その傍らには、誰よりも愛しげに王女を見守る護衛官がある。


chapter.2 エメラブルーの王女 おわり

* BACK * NEXT *
* TOP * HOME *
update:12/03/25