姫君とこいごころ(2)
カリーナ姫の野望

 令嬢たちの黄色くざわつく声を背に感じながら、カリーナはすたすたとその場を後にしていく。
 ついてくるカイとルーディの目を盗むように、ちらりとその騒々しい場へ視線をやる。
 するとちょうど、騒ぐ令嬢たちを気づかれぬようにいまいましげに眺め、そしてこちらへ憎しみのこもった眼差しを向ける一人の令嬢の姿が目に入った。
 それをみとめ、カリーナはにやりと不気味な笑みを浮かべひとりごちる。
「……かかったな」
 そして、興を覚えたようにくすくす笑い出した。
 いきなり笑い出したカリーナを、カイは不思議そうに見ている。
「姫? どうされました?」
 カイの問いかけに答えることなく、カリーナは意気揚々と歩いていく。
 その時、慌てて倒れた大木へ駆けていく王宮守備官二人とすれ違った。
 出遅れた感も否めないそののろまな守備官の顔を、ルーディはちらりと見て、しっかり記憶したというようにひとつうなずいた。
 それを見逃していなかったカリーナとカイは、呆れたように目配せしあう。
 どうやら、ルーディはよからぬことを考えているらしい。
 間違いなく、後で指導という名の下に遊ぶのだろう、あののろまな王宮守備官二人で。
 ルーディは常日頃から、守備官にかかわらず、王宮に仕えるすべての者を対象に、いたぶる口実を探している。そして、見つけた際は、嬉々として容赦なくおもちゃにして遊ぶ。おしおきやら指導というたてまえのもと。
 愉しげなルーディの様子から、また何か無慈悲な遊び方でも考えているのだろう。
 半分呆れたようにその様子を見守るカイの目の前で、ふとカリーナの表情に陰りが落ちた。
 かと思うと、その顔はいびつにゆがんでいく。
 それはまるで、ふてくされた子供のような顔になっている。
 この短時間で、カリーナの中で一体何があったのだろう。
 得意げに微笑むカリーナもそうだったけれど、瞬時にむくれたカリーナの真意が、カイにはわからない。
 カイが不思議そうにカリーナの顔をのぞきこむ。
 ぴたっと目が合うと、カリーナは慌ててその目をそらす。
 急に機嫌が悪くなった時、カリーナが見ていたものは何だっただろうかと記憶をたぐり、カイはふと気づいた。
 そういえば、あの時、カリーナは倒れた大木を見ていた。
 何やらぴんときたカイの口から、ふうとひとつため息がもれる。
「姫、すねても駄目ですよ。悪いのは姫なのですから」
「……違う」
「え?」
 無駄だとわかっているが、カイがとりあえずたしなめると、カリーナはさらに眉をつりあげ、頬をふくらませる。
 違うということは、では、カリーナは小型爆撃砲をぶっ放してしかられ、すねているわけではないのだろうか。
 では、何故そのようにむくれているのだろう。
 不思議そうに首をかしげるカイに、カリーナはそらした目を戻し、再びその目をとらえる。
 けれどまたすぐに、さっとそらした。
「だって……」
 カリーナは何やら言いにくそうに口ごもる。
「姫?」
「さっきのがわたしでも、助けたか?」
 ふいに戻されたカリーナの目は、切羽詰ったようにカイの姿をとらえた。
 カイはカリーナのその言葉の意味を理解できなかったのか、一瞬目を見開いた。
 それからすぐに、ふわりと頬をゆるませる。
「当たり前ではないですか」
 すねたように、すがるようにカイをじっと見つめるカリーナの頭に、カイはぽんとかるく手をおきなでる。
 すると、カリーナは頭にのるカイの手を払いのけ、ぷいっと顔をそらした。
「……なら、いい」
 そして、ぽつりつぶやく。
 そらされたカリーナの耳は真っ赤に染まり、その素っ気ない言葉の中にもあたたかみを感じる。
 どうやら、すねたふりをしているだけらしい。
 ふてくされたふりをつづけている。
 カイの言葉に、カリーナは一気にご機嫌を回復した。けれど、それを悟られまいと、懸命にすねたふりという虚勢をはっている。
 そのような子供っぽすぎるカリーナが、カイはたまらなく愛しく感じる。
 なんていじらしいのだろうか。
 カリーナはきっと、いや間違いなく、やきもちをやいたのだろう。
 カイがカリーナ以外の女性を助けたから。
 しかし、カイのそのきっぱりとした返答に、単純にもわだかまりがさっと消え去り、カリーナは瞬時にご機嫌をなおしたのだろう。
 そのことを、カイにだけは気づかれまいとしている辺りが、たまらなくかわいらしい。
 いかにも、意地っ張りが基本設定のカリーナらしい。
 カイの顔の筋肉が、思わずふにゃりととろけおちそうになる。
 カイから顔をそむけ、おまけに背を向けたそこで、カリーナはそっと胸の前で右手を握り締める。
 その辺りが、ほんわりあたたかい。
 カイは思わず、その背へ手をのばしそうになるが、すんでのところで思いとどまる。
 それにしても、あのくらいでやきもちをやくとは、なんといじらしいのだろうか。
 これまでのカリーナからはいささか想像がつかないだけに、無駄にカイの胸を躍らせ喜ばせる。
 意地っ張りの仮面も、年月には勝てず、そろそろもろくなりはじめているのだろうか。
 あの場合は仕方なかっただろう。何しろ、カイにカリーナ以外の女性を助けさせるはめにさせたのは、ほかならぬカリーナなのだから。
 やきもちをやくくらいなら、その原因を作らなければいい。
 カイとて、望んで手を出したのではない。後々カリーナに降りかかる災いを憂慮し、あらかじめ手を打ったにすぎない。
 他の女性を助けるのもまた、すべてはカリーナのため。残念ながら、そのことに、カリーナは気づいていないようだけれど。
 それでもカイはかまわないのだろう。全身全霊でカリーナを守りさえできれば。
 いや、しかし、そうすると、一瞬のまがいものに終わるかもしれないけれど、カイをよろこばせることもなかったと思うと、やはりあれはあれでいいのだろうか。
 ……否。そのはずはない。
 カイは喜び弾む胸をなだめ、きっと顔をひきしめた。
 そして、かわらずすねたふりを続けるカリーナの背へむけ、ため息まじりに言い放つ。
「……というか、そもそも、姫が小型爆撃砲の試し撃ちと称して、面白半分にぶっ放さなければこのようなことにはならなかったのですよ!? まあ、人ではなく木へ向けて放ったことだけは誉めてあげますが。まったくもう、どうするんですか、片づけるにも整備し直すにもお金がかかるんですよ!?」
「あー、聞こえない聞こえない」
 カリーナは両手で両耳をおさえ、ぶんぶん首をふる。
 思い切りいたいところをつかれて、誤魔化そうとしている。
 けれど、まったく誤魔化しになどなっていない。
 たしかに、カイではないけれど、人へ向けて打ち放たなかっただけ、カリーナにしては上出来だろう。
 やはり、武器の威力というものは、人で試してこそだなどと、物騒なことを平気で言い出しかねない。
 木は幸いなことに、根からでなく幹の途中、小型爆撃砲が見事命中したところから折れていた。
 あれでは片づけが多少は面倒だろう。
 けれど、王宮守備官といえば普段暇をもてあましているのだから、これくらいの暇つぶしを与えてやったところで、感謝こそされ非難はされないだろう。
 時には刺激をやらねば、奴らは腑抜ける。
 それを防止するため、カリーナは王城を舞台にいろいろいたずらをしてやっている。
 そのような横暴でむちゃくちゃなことを、カリーナは考えているのかもしれない。
 もちろん、カイにはカリーナの考えそうなことなどお見通し。
「この先五年は、お小遣いなしですね」
 剣呑に目をすわらせ、カイがぼそりつぶやいた。
 瞬間、カリーナは勢いよく振り返り、カイにつかみかかる。
「は!? ふざけるな! わたしは善意で、兵器の威力実験をしてやったんだぞ!」
 そして、相変わらず、横暴でむちゃくちゃなことを言い放つ。
「破壊力はすでに、バーチェスでの試射で実証済みです!」
 胸倉をつかむカリーナの手をゆっくり引き剥がしながら、カイは厳しい眼差しで言い放つ。
 一瞬、カリーナがひるんだように肩を震わせた。
 けれど、カイごときに気おされるものかとばかりに、きっとにらみつける。
 しかし、何故かカイはひるむどころか、非難するようにカリーナを見つめた。
「いい加減、あの武器愛好家(マニア)の気障馬鹿腹黒王子とかかわるのはやめなさい!」
「やだ、親友だもん」
「姫ー!!」
 カイがたしなめるように言い放つと、カリーナは目をすわらせ、ぷいっと顔をそむける。
 同時に、カイの悲鳴まじりの叫びが王宮に響き渡った。
 それを耳にした者の一体何割が、「またか……」と思ったことだろう。
 エメラブルーの王女は、その護衛官をいたぶることをこよなく愛している。
 そして、その生贄のために、彼らへの被害が最小限におさえられていることに、この上ない感謝を覚えている。
 まったくもって、いい贄が常に王女の側に控えているものである。
 たしかに、近頃、武器愛好家の気障馬鹿腹黒王子と、カリーナは仲がいい。親密に連絡をとりあっている。
 いちばん頻繁なやりとりは、気障馬鹿腹黒王子の国が開発した新型武器の最終的な評価をカリーナに求めるため、それらがカリーナに送られているところだろうか。
 けれど、そこに、恋だの愛だのといった色気のある感情は一切ない。
 どちらかといえば、互いの利害が一致しているといった方がいいだろう。
 カリーナと気障馬鹿腹黒王子――ファセランとの仲良しっぷりをカイにみせつけてやきもちをやかせて楽しもうという、ファセランの入れ知恵が大きい。
 カリーナはやきもちをやくカイに幸せを感じ、ファセランはカイをからかって楽しもうという利害の一致。
 そのため、こそこそ隠れるのではなく、堂々とカイにみせつけるように、二人は仲良しっぷりを披露している。うろたえるカイの姿を純粋に楽しんでいる。
 もちろん、カイはおもしろいほどにそれらにいちいち反応を示す。
 そうすればそうするほど、カリーナに幸福感を与え、ファセランに興を覚えさせるとは気づいていない。
 そのことにカイが気づかない限り、カリーナとファセランのカイ遊び≠ヘつづくだろう。


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update:12/05/08