姫君とこいごころ(3)
カリーナ姫の野望

 蔦薔薇の庭は、初夏の昼下がりに似つかわしく、にぎわいを見せていた。
 東屋、迫持(アーチ)建造物(モニュメント)などに蔦薔薇をからみつけ、絶妙な美を演出している。
 それらに囲まれたこじんまりとした広場に、ほどよい間隔をたもちいくつもの白い円卓が並べられている。
 その上には、たっぷりの軽食とお菓子。
 そして、円卓をぬうように、また囲むように、思い思いに立ち手にカップを持った女性たちが、それぞれ談笑している。
 そこはさながら、薔薇に戯れる優雅で可憐な蝶たちの遊戯場のよう。
 王城の中でもそこは、ひときわはなやかな様相を見せている。
 集う蝶の中には、先ほど雑木林で見た姿も目にすることができる。
 可憐な蝶たちの中でも殊に目をひく気品を放つ蝶もいくらかいる。
 ここに集う蝶――令嬢のほとんどは、カリーナの兄で王太子の妃の座を狙っている。
 その蝶たちの中でも、とりわけ、エインズワース家、オルコット家、ベレスフォード家、クリフォード家、グリント家の五家の令嬢たちは、有力候補とされている。
 先ほどカリーナを批判したヴァレリアもまた、グリント家令嬢として、王太子妃有力候補の一人として名があがっている。
 有力貴族の令嬢でもあるから、遠慮なく声高に王女を批判したところで、誰もたしなめることができなかった。
 余計なことを言って、逆に有力家に目をつけられでもしたら、家の破滅につながりかねない。
 それぞれの思惑が絡むこともあり、なごやかな雰囲気の下で、熾烈な争いを繰り広げている。火花を散らせ、腹の内を探り合っている。
 果たして、この完璧なまでの優雅なお茶会を見て、誰がその下に隠された真実に気づくことができるだろう。
 権力争いというものに関係ある者ならば容易に気づくが、無頓着な者、関係がない者は気づくことはない。
 見たまま、うっとりみとれてしまうほど、優雅なお茶会にしか見えないだろう。
 お気に入りの女性護衛官と年嵩の侍女を従えた王妃ライラのまわりには、腹に一物もニ物を抱えた者たちが、ご機嫌うかがいのため群がっている。
 我先に我先に、他人よりもよりよくと、微笑みを浮かべ牽制し足の引っ張り合いを繰り広げている。
 もちろん、そのような優雅だけれど醜い争いに気づかないライラではない。
 完璧なほど整った微笑を浮かべ、群がる者たちに平等に愛想をふりまいている。
 愛想をふりまきつつ、適当にあしらっている。
 カリーナと同じ長く豊かな艶やかな黒髪を、薔薇の香りを含んだ風がふわり揺らしていく。
 その時だった。
 ふいに、ライラの耳にざわつくような声が聞こえた。
 そちらへ視線を向けると、ちょうど蔦薔薇の迫持をくぐりカリーナがやって来たところだった。
 それに気づいた者たちから順に、ざわめきが起こっている。
 そのざわめきにつられるように、一人、また一人と意識を向け、しまいには蔦薔薇の庭に集う者たちすべての視線を奪った。
 蔦薔薇を背負い、かつそれに劣らないほどの存在感を見せつけながら、カリーナはライラのもとへまっすぐ歩いていく。
 気づけば、集う令嬢たちのほとんどが、現れた王女をうっとり見つめていた。
 これが、貴公子たちの話題を集める王女。
 噂通りに気品に満ち、美貌の護衛官二人を従えるその姿は、まるで絵画に描かれる女神のようとうたわれるのもうなずける。
 王女がこのような場に現れることは珍しく、その姿を目にしたことがある者も少ない。
 しかし、ただそこにいるだけで、その少女が王女であると、何故か誰の目にもわかる。そのような不思議な魅力が王女にはある。
 その王女が今この場にいるのだから、注目もするというものだろう。
 歩み寄るカリーナに、ライラは楽しげに、流麗に紅をさした唇の端をうっすらあげる。
 気づくと、ライラのまわりに群がっていた者たちは、皆カリーナのために場をあけたようにそこから離れていた。
 少し離れてライラを囲み、カリーナがそこへやってくることを胸を弾ませ待っている。
 微笑むライラの前に、カリーナが立つ。
「カリーナ、遅いわよ」
 ライラは閉じた羽扇で、目の前までやって来たカリーナの胸をぽんとかるく小突いた。
 すると、微笑を浮かべていたカリーナの顔が、瞬時に不服げにゆがんだ。
「来たくて来たわけではないのだから、来ただけでも感謝してもらいたいくらいだ」
「もう、カリーナったら、かわいくないわねえ」
「かわいくてたまるか」
 カリーナが吐き捨てるようにつぶやくと、ライラはぷっくり頬をふくらませる。
 カリーナの背では、カイが困ったように眉尻を下げている。
 この母娘の会話はいつものことだけれど、衆人の目がある場で同じように振る舞うのはあまりよろしくないだろう。
 しかし、そのような常識を説いたところで無駄だとわかっているので、カイもあえて口に出そうとはしない。
 また、カリーナの化けの皮もはがれる。せっかく完璧な王女を演じているのに、このようなことで台無しにしてはもったいない。
 常識を説こうとしないのは、ライラ付の護衛官と侍女も同様らしく、母娘の会話に呆れたように小さくため息をもらしている。
 けれど、ルーディだけはどこか楽しそうに、母娘の会話に耳を傾けている。
 これから一体、どのようなとんでも発言を繰り広げてくれるのだろうかと。
 それに気づいているようで、カリーナはさりげなく、ルーディの足をだんと踏みつけた。
 裾が長い衣装のおかげで、その巧みな足裁きは誰の目にとまることもない。――カイとライラをのぞいては。
「もともと、母様主催のお茶会なのだから、わたしが出席する必要はないだろう」
「つれないわねー」
「つれてたまるか」
 ライラはぱらりと開いた羽扇のうちで、あてつけがましく細いため息をもらす。
 すると、カリーナは満面の笑みを浮かべ、地を這うような声音でやはりはき捨てた。
 ライラは「淋しいわねえ」と、わざとらしく傷ついたようにふるると首を振る。
 ぴくりと、カリーナのこめかみに青筋がひとつ浮き上がる。
 半分脅しのようなかたちで、ライラに無理矢理この茶番のお茶会に出席を命じられ渋々やって来たので、カリーナはもとより機嫌がとっても麗しくない。
 その腹いせとばかりに、先ほども試射と称して小型爆撃砲を一発ぶっ放したばかりだった。
 そのためにさらに面白くないことになったことは、この際すぱっとなかったことにするけれど。
 たかが小型爆撃砲ひとつ放つ行為にしても、カリーナの中でさまざまな感情がないまぜになり葛藤した結果らしい。
 だからといって、無差別に放たれては、まわりの者としてはたまったものではないだろう。


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update:12/05/12