姫君とこいごころ(4)
カリーナ姫の野望

「それにしても、ここまでくると、もはやお茶会という規模ではありませんね」
 目線だけで広場を見まわし、ルーディはどこか感心したようにつぶやく。
 たしかに、ルーディの言葉通り、この規模にまでなると、お茶会というより園遊会といった方がしっくりくる。
 招待した人数からも、そして集う者たちの目的からも、わきあいあいとしたお茶会では決してない。
 ルーディのつぶやきに気づき、ライラは得意げににこっと笑む。
「たまにはこういうことをして、様子を見ておかなくてはね」
 楽しそうなライラの様子に、カリーナは呆れたように目を細める。
 お茶会とはいえない規模のお茶会、そしてここに集う顔ぶれから、ライラの言葉の裏にあるものが何か容易にわかり、肯定できる。
 そう、今日この場に招かれたのは、有力貴族の妙齢の令嬢とその母親や姉妹。
 それが一体何を意味するかなど、ライラという人物を知る者ならばすぐにわかる。
 一見優雅なお茶会に見せかけ、その実は、よけいなことを企む輩への牽制、あぶり出し。
 ライラはそれを狙っているのだろう。
 人畜無害に優美に微笑むこの美貌の王妃は、見た目そのままの人ではない。
「別に母様がこのようなことをしなくても、兄様なら自分でさらっと処理すると思うぞ?」
「あら、それじゃあつまらないじゃない」
 ライラはくいっと首をかしげて、さらっと言い放つ。
 カリーナはうんざりといったように、盛大にため息をもらした。
「自分が楽しみたいだけじゃないか、やっぱり」
 ライラはただにっこり微笑むだけで、肯定も否定もしない。
 うふふと楽しげに笑う。
 さめざめと泣かれると同時に、ライラの満面の笑顔もまた、強烈な破壊力がある。
 むしろ、笑顔の方が恐ろしい。
 カリーナの自分が楽しむためなら労力をおしまないというその性質は、どうやらライラゆずりだったらしい。
 しかし、同じ楽しむためとは言っても、カリーナとはまた少し違ったやり方だけれど。それが、カリーナをうんざりさせる。
 カリーナはそれを嫌というほど実感する。
「それじゃあ、顔は出したから、わたしはもう行くぞ」
 気を取り直してカリーナがそう告げると、ライラはまたすねたようにぷうと頬をふくらませる。
 これが、いい年をした女性、二人の子持ちがとる態度かと思うと、カリーナは疲れを覚える。
 カリーナをしてこうも脱力感を与えられるのは、恐らくルーディの他はこのライラくらいだろう。
 種類は違うものの、二人とも扱いにくくて仕方がない。
「ええー、カリーナがいないと面白くないじゃない」
「わたしが、こういうのが嫌いなこと、知っているだろう、母様」
 カリーナは、もともと来たくて来たわけではないし、来ただけで十分だろうと言外に告げている。
 ライラの脅しに屈しはしたが、素直に参加するつもりはカリーナにはなかった。
 顔だけ出して、さっさと逃げるつもりだった。
 だから、簡単に屈したとも言える。
 ライラには逆らえないが、逆鱗に触れるぎりぎりのところをわきまえ、回避する。
「もう、カリーナのいじわるー」
「後で父様も顔を出すと言っているから、それで我慢しろ」
 ぶうぶう不平をもらすライラに、カリーナは手をひらひら振って適当に答える。
「カリーナもいなくちゃ嫌よ」
「わたしは、子供の前でも平気でいちゃいちゃする熱愛夫婦(バカップル)を見る気はない」
 目を呆れたように据わらせすっぱり言い切ると、カリーナはくるりとライラに背を向けた。
 そして、そこに控えるカイとルーディにぞんざいに言い放つ。
「行くぞ、カイ、ルーディ!」
 そう言うやいなや、カリーナはさっさと歩き出す。
「は、はいっ」
 カイは答えるとライラに頭を下げ、慌ててカリーナの後を追う。
「次は舞踏会か。……気が重いな」
 お茶会の他にもうひとつ、舞踏会出席も、カリーナはライラに命じられている。こちらもとっても気がすすまない。
 カリーナがつぶやいたそれは、誰にも気づかれることなく、薔薇の香りを含んだ微風に消えていった。
 ルーディはそれをちらりと横目で見て、やれやれといった様子でライラに向き直った。
「御前失礼します」
 優雅に礼をとり、ルーディもカリーナとカイの後に続いていく。
 そのような三人を、ライラはどこか楽しそうに見送っている。
 そして、三人の姿が蔦薔薇の庭から見えなくなると、すぐ背後に控える王妃付護衛官に楽しげに声をかけた。
「まったくもう、カリーナったら。やきもちやきやさんなのだから。ねえ、アデル、あなたもそう思うでしょう?」
「はあ……」
 アデルはどこか呆れたように、また面倒くさそうに、気のない返事をする。
 ライラの相手をまともにするだけ無駄、疲れると重々理解しているので、どうしても相槌は中途半端なものになる。
 エメラブルーの王妃と王女は、母娘そろって扱いにくく面倒くさい性質をしている。
 ぞんざいなアデルの対応にもライラは気を悪くした様子はなく、含み笑いすらしている。
「カイを他の女性の目にとめたくないのよ。いじらしいわねえ」
「王妃、あまり姫で遊ばないであげてください」
「うふふ、だって楽しいのだもの」
 アデルの仕方なしの情けすら、ライラはにっこり笑って一蹴する。
 当然といえば当然の返答に、アデルはもう口をつぐむしかない。
 そもそも、ライラ相手に誰かに情けをかけようとすることからして無駄でむなしい。
 無駄だとわかっていても、さすがに実の娘の恋路で遊ぼうとするライラに、一言言わずには入られなかったのだろう。
 ライラはにこにこ笑う顔を、ふと切なげにゆらめかせた。
 そして、ささやくようにつぶやく。
「それに、かわいい娘だもの、応援してあげたいじゃない?」
 ライラはどこか困ったように、同意を求めるように、アデルを見る。
 アデルは細い吐息をもらすと、微苦笑を浮かべた。
 それは、暗にライラに同意しているよう。
「それは……簡単なように見えて、果てしなく難しいのではありませんか?」
 王女と護衛官。
 誰がどう見ても、二人のこれからの道は険しいものとなるだろう。いわば、茨の道。
 それでも二人が深く思い合っていることなど一目瞭然で、しかし二人の間には山よりも高い身分の差がある。
 それを乗り越えて二人が結ばれることは容易ではない。
 想像するだけで、身が引き裂かれそうなほど辛く厳しいものがある。
 しかし、それでも互いに思いを諦めることはしないだろう。それがさらに二人を苦しめることになるとしても。
 ライラではないけれど、アデルもまた、二人に幸せな未来が訪れるよう願っている。
 同時に、それが果てしなく難しく、不可能に近いとわかりつつも。
「本当ね、うちの男二人は面倒臭いから」
「……はあ」
 皮肉げに微笑を浮かべるライラに、アデルはやはり気のない返事をする他なかった。
 二人の近い未来の結果が想像できるだけに、どうとも反応することができない。
 アデルは、めちゃくちゃな王女もかわいそうなへたれ護衛官も嫌いではないから。
 二人の先にあるものは、別れ。
 運命のいたずらともいえる二人の境遇に、同情せずにはいられない。
 ライラは先ほどカリーナが去っていった薔薇の迫持へ、切なげに、けれど愛しげに視線を注いでいる。
 地位も血筋も権力も財力もいらない。
 ただカリーナを愛し、大切に守ってくれるなら。幸せにしてくれるなら。
 それができるのはカイしかいないと、ライラは確信している。
 けれど、あたふた慌てふためく様は見ていて面白いので、決定打を下せるだけの助けは出さない。ただ見守り、楽しんでいる。
 だって、ライラには確信があるから。
 あの二人のことだから、このままで終わるわけがないと。
 その時のことを想像すると、自然笑みがこぼれる。


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update:12/05/16