姫君とこいごころ(5)
カリーナ姫の野望

 ライラのもとを立ち、薔薇の迫持をくぐり、薔薇の垣根を越えた時だった。
 追ってきたのだろうか、カリーナの後につづくカイにふいに声がかかった。
「カイ様、先ほどのご勇姿、拝見いたしましたわ」
「素敵でしたわあ」
 突然の声かけにも驚いた様子なく、カイはゆっくり振り返る。
 カイが振り返るとそこには、十人ほどの令嬢が立っていた。
 その言葉にはじかれたように立ち止まってしまっていたカリーナの横に、ルーディがどこか楽しげに控えている。
 二人の目の前では、カイにわらわら群がる令嬢たち。
 その中の一人が、カイの腕へと手をのばそうとする。
 それを見てしまったカリーナの気配が、瞬時に殺気立つ。
 しかし、さっと身を引き、カイがやんわり避けたことにより、カリーナのそれが炸裂することはどうにか免れた。
 令嬢はそれに気づかずに、カイに迫り言い募っていく。
「わたくしも、あのようにカイ様に守られてみたいですわ」
 うっとりと目を細め、やはりうっとりつぶやく。
 どうやら、カイに触れられなかったことは、カイに話しかけることで必死な令嬢にとってはたいしたことではなかったらしい。
 けれど、カリーナにとってはたいしたことだった。
 ほっと胸をなでおろし殺気を消していくカリーナに、ルーディは見守るような視線をちらりと注ぐ。
 ルーディには、カリーナの今の胸中が手にとるようにわかっているのだろう。
 胸の内は、一体どれだけざわつき、悲鳴をあげていることか。
 その立場から、表立って邪魔だてすることができないもどかしさは、いかばかりだろう。
 カリーナは、カイに遠慮はしないと決意したものの、さすがにこういう類の人種の前でははばかるのだろう。そう、それはカイのために。
 下手に騒ぎ立てられ、計画以上にカイを追い詰めることは、カイを苦しめることは、カリーナとて本意ではない。
 何より、自分の思い通りにならないことほどおもしろくないものはない。
 しかし、そのような思惑をよそに、カイのまわりでは、群がる令嬢たちが仲間割れをはじめた。
「まあ、なんて図々しい。カイ様に守られるのはわたくしよ」
「図々しいのはどちらかしら? この厚化粧女」
「何ですって!?」
 令嬢たちは、醜くののしりあい、いまいましげににらみ合う。
 自らのまわりでぎゃんぎゃん騒ぎ立てる令嬢たちに、カイは表情は微笑をたたえたまま、気づかれぬよううっとうしげに小さく吐息を落とす。
 ここに群がる令嬢たちは、いかにもカイを気に入っているという様子だけれど、それは純粋なものではないだろう。
 何しろ、この令嬢たちの本来の目的は王太子妃で間違いないのだから。
 それを逃した時の保険として、王族の覚えめでたい護衛官≠狙っているのだろう。
 その条件が揃っているなら、カイでなくともよいだろう。
 王城内の者ならば、誰もがカイがカリーナを溺愛していることは知っている。
 しかし、普段王城にいない彼女たちは知らないのだろう。
 いや、たとえ知っていたとしても、一国の王女とたかが護衛官が結ばれるとは誰も思っていない。
 護衛官の思いなど関係ない。王女はいつかは国のための婚姻をする。
 そもそも、護衛官如きが王女に懸想するなど許されない。罪深い。
 抱く思いを表に出した時点で、護衛官は厳しく罰せられる。
 それほどの危険を冒してまで、王女に思いを告げるとは思わない。
 また、告げたところで、王女がそれを受け入れることはないだろう。
 ――普段の二人の様子を知らない者からすれば、それが至極自然に導き出される考え。
 しかし、二人を知る者からすれば、カイの人柄のためか、思いはそれはそれとして認識され、思うだけなら微笑ましいと見守られている。
 今以上を望まなければ、二人を知る者にとっては面白い見世物となっている。
 そのような状況から、王族の覚えめでたいカイを婿にと狙っている者は少なくない。
 もちろん、カイだけでなく名家の次男坊ルーディも婿にと多く望まれている。
 しかし、ルーディが――いや、オブライエン家の男たちが、一癖も二癖もあることは有名なので、あえて実際にそちらへ迫る勇者はそうそういない。
 ならば、へたれで騙しやすそうな、手っ取り早いカイへと流れるのが自然だろう。
 だんだん不機嫌になっていくカリーナをちらちら気にしながら、カイは令嬢たちにいかにも作ったようなやわらかい笑みを向ける。
「申し訳ありません、仕事中ですので」
 そして、そう言って、令嬢たちからすっと距離をとる。
 しかし、その距離を縮めようと、令嬢たちも歩みを進める。
「けれど、少しくらいでしたら……」
「わたしにとって、姫以上に大切で優先されるものはありません」
 さらに一歩近づこうとする令嬢たちに満面の笑顔を向けきっぱり告げると、カイは振り払うようにしてさっと背を向けた。
 そこには、どこか不機嫌なカリーナと楽しそうにカイを見物するルーディがいる。
 カイはルーディの様子にむっとして、けれどすぐにカリーナに愛しげな視線を向ける。
 そして、前を行くカリーナへ向けて軽やかに歩みをすすめる。
 カリーナのもとにたどり着くと、カイは幸せそうに顔をほころばせた。
 その様子を、令嬢たちは呆然と見つめていた。
 いや、呆然としていたのはその前から、カイの言葉を聞いた時から。
 その言葉は暗に、かかわるな、迷惑だ、散れといっていた。
 それだけで、普段男たちにちやほやされている令嬢たちの誇りはずたずたに引き裂かれたことだろう。
 誰もが、王太子妃を狙うだけあり、その内は別としてどこに出しても恥ずかしくない家柄の令嬢なだけあり。
 たかが護衛官に、ここまでこけにされたのだから。
 親しげな様子が、一気に憎しみに変わる。
 けれど、カイは気にせず、ただまっすぐ愛しい主のみを見つめている。
「カイ」
 ようやく自らのもとに戻ってきたカイに、カリーナはすっと手を差し出す。
 先ほどまでの苦しげな様子はなく、どこか自信に満ち溢れている。
 何があろうと、カイは必ずカリーナのもとに戻ってくると、その体いっぱいで言っている。
 カリーナ以上に大切で優先されるものはない=B
 単純だけれど、その言葉だけで、カリーナのご機嫌は一気に回復してしまった。
 隣でルーディが呆れたように見ていても、今のカリーナには関係ない。
 カイの言葉だけが、カリーナを一喜一憂させる。
 カイは差し出されたカリーナの手を恭しくとり、愛しむように微笑む。
 そして、当然のように手をとったまま、カリーナを連れ去っていく。
 そのすぐ後ろに、呆然としたままの令嬢たちに会釈をして、ルーディがつき従う。
 棟へ向けずんずん歩くカリーナが、ご機嫌を回復したはずなのに、また不機嫌につぶやいた。
「カイ、お前はわたしのものだ」
 それはまるで、だから嫌なんだ、女どもが群れる場所はと、声には出してはいないけれど、やはり体いっぱい使って言っているよう。
 令嬢の手前、令嬢たちにあてつけるため、機嫌を直したように優雅に振る舞っていたにすぎないのだろう。
 カリーナの胸の中は、カイを取り戻した今も、いらいら荒れている。
 たとえ偽りでも、カイがカリーナ以外の女性に微笑みかけるなど面白くない。
 それに気づいているのか、カイはおかしそうに目を細める。
「はい、もちろんです」
 そして、カリーナを見つめ、愛しそうにやわらかに微笑む。
 カリーナの内に秘めた感情に気づき、それを心から喜んでいるように見える。
 それは、カリーナに言われるまでもなく、もとよりわかりきったこと、決まっていること。
 カイはカリーナのもの。そして、カリーナもまた……。
 カイは嬉しそうに満足げに、熱くカリーナを見つめる。


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update:12/05/20