姫君とこいごころ(9)
カリーナ姫の野望

 微笑を浮かべ待つ国王ライオネットと王妃ライラのもとへ歩み寄りながら、カリーナは皮肉るように小さく口の端をあげた。
「見ろ。女性たちの視線が気持ち悪い。兄様がいないと、二人とも人気だな」
 カリーナはそれとわからないようにすっとあごをしゃくる。
 カイとルーディもちらと横目に、カリーナが示す先を見て、小さくため息をもらした。
「いつもは王子が一人で女性のほとんどをもっていきますからね」
「くさっても王太子だからな」
 そうルーディが答えると、カリーナがうっとうしげにつぶやく。
 たしかに、この場にカリーナの兄エイパスでもいれば、女性たちの視線も人気もほぼすべて王子に集中する。
 皆、おこぼれでもいい、妾でもいいと、王子の目にとまろうと目の色を変え我先にと群がる。
 ここにお目当てである王太子はいないが、その有力妃候補の令嬢たちも今宵の夜会に出席している。
 もしかして、いや、もしかしなくても、それにうんざりして、エイパスはこの時期をあえて狙い、趣味である外遊に出たのかもしれない。
 そう思うと、カリーナは嫌いじゃないはずの兄が、殺したいほど憎くなる。
 エイパスの穴を埋める義務が生じ、カリーナはこのような面倒なだけの舞踏会に出なければいけないのだから。
 エイパスさえいれば、このような面倒なことはさっさと放棄しとんずらも可能だったかもしれない。
 この星空をどこかの地で見上げているだろうエイパスに、カリーナはこめられるだけ恨みを込め呪いの言葉を解き放つ。
 カイとルーディの手に添える両手に、思わず力がこもる。
 そのようなカリーナを、カイはどこか困ったように、ただただ優しげに見守っている。
 カイにとっては、カリーナが考えていることなど、手に取るようにわかるのだろう。
 もちろん、にたにた笑っているルーディもまた、カリーナが現在抱いている憤りを承知している。
 王の横に用意されていた椅子に、カリーナは不満げにどっかり腰かけた。
 その背後に、カイとルーディが控えるように立つ。
 そうして時間は流れ、舞踏会も盛り上がり最高潮を迎えた頃、ルーディは一人カリーナのもとを離れていた。
 もともと、護衛官としてではなく、またカリーナの同伴者としてでもなく、公爵家子息として舞踏会に出席する予定があった。
 これからしばらくは、その公爵家子息としての時間なのだろう。
 それは、宰相であるルーディの父親の言いつけもあるし、ルーディなりの思惑もある。
 ある意味ルーディの趣味のひとつともなっている、不穏分子のあぶり出し。このような夜会は、情報を収集するには、しっぽをつかむにはうってつけの場である。
 給仕から飲み物を受け取り、ひと息ついた時だった。
 まるでルーディがカリーナから離れることを待っていたとばかりに、狙っていたとばかりに、わらわらとけばけばしく着飾った令嬢たちが群がった。
 ルーディは気づかれないように、小さくため息をつく。
 やってきた令嬢の一人が、ルーディのエメラブルーでは珍しい銀に光る髪へおもむろに手をのばす。
「ルーディ様の御髪、惚れ惚れするほど見事な銀髪ですわね」
 それに気づいたルーディは、何気なさを装いさっと身を引き、その手をさける。
「ああ、母がグランノーバの王族の出ですからね」
 にっこり微笑みつつも、それ以上近づいてくれるなと圧力をかける。
 それに気づいていないだろうに、気配でなんとなく感じたのだろうか、その令嬢も、また他の令嬢も、それ以上ルーディに触れようとはしない。
 そうとは感じさせない拒絶を、どこかで感じたのだろう。ルーディに下手にさからってはいけないということもまた、知らず知らず肌で感じ取っているのかもしれない。
 しかし、ルーディを取り囲み、黄色くあまったるい声を出すことだけはやめない。
 通常ならば、跡取りでもない貴族の次男など相手にもならない、お呼びではない。
 しかし、大貴族でもあり、また王族の覚えもめでたいとあれば、たとえ次男でも十分、媚を売るに、結婚相手にふさわしい。損はない。
 そこで、カリーナから離れたすきをつき、ルーディにすり寄ってきたのだろう。
「まあ、そうでしたの? そういえば、グランノーバの王族には、銀の髪色の方が多いと聞きますわね」
 狙った獲物の視界に入ったと判断したのだろう、さらに勢いをつけて令嬢たちがルーディに迫っていく。
 優雅さを装いつつも、その目は獲物を前にした肉食獣のようにぎらついている。
 しかし、ルーディはそれに気づいていないというように、あくまでさわやかににっこり笑ってうなずく。
「父がかの国へ避暑に訪れた際に出会い、激しい恋に落ちたそうです。おかげで、両親は今でもあきれるほどに仲がいいですよ。ほら、あのように」
 ルーディはそう告げると、すっと前方を指し示す。
 そこでは、宰相夫妻が仲睦まじくよりそい、国王夫妻と談笑しているところだった。
 ルーディに促されるままその光景を見た令嬢たちは、楽しげに「まあっ!」と声をあげる。
 きゃっきゃっと騒ぎはじめた令嬢たちをよそに、ルーディはちらりと視線を広間中央へ向ける。
 そして、にやりと笑った。
「おや、どうやら、わたしのお姫様が踊られるようだ」
 ルーディがそうつぶやくと同時に、その場に集う令嬢たちの気配が一気に強張った。
 そして、物言いたげにルーディを見て、それから広間中央へ視線を移し、またルーディに戻してくる。
 令嬢たちは気がついたのだろう。
 ルーディは、我が主ではなくわたしのお姫様≠ニ言ったことに。
 そう、お姫様≠ネらまだしも、わたしのお姫様≠ニ言った。
 その言葉に隠された意味を、誰が穿たずにとらえることができよう。
 しかし、令嬢たちの気がかりをよそに、ルーディは優しげに目を細め、先ほどからずっと広間中央を見つめている。
 そこでは、カイに手をひかれ、カリーナが舞踏の輪に加わろうとしているところだった。
 そして、二人はその場につくと、恋人たちのように親密に見つめあい、まるでそれが当たり前のように自然に躍りだす。
 それに気づいたのだろうか、一人また一人と、談笑をやめ、躍る足をとめ、舞うように躍るカリーナへ視線を注いでいく。


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update:12/06/06