姫君とこいごころ(11)
カリーナ姫の野望

 カリーナとカイが去った後も、いまだ夢見心地の者も多く、二人の後を継いで踊りをはじめようとする者は現れない。
 しかし、カリーナは気にせず、カイに手を引かせ、王族席へ下がっていく。
 二人が大広間中央、踊りの場から人垣を作るそこへ足を踏み入れた時だった。
 ふいに、二人の進路を阻むように、一人の青年がすっと寄ってきた。
 その身なりから、そこそこの家柄の子息であろうことはわかる。
 この舞踏会には、国中の貴族たちが等級関係なく招待されている。
 よって、普段、王城へ訪れない者もこの場にいることが許されている。
 この青年もそのようなところだろう。
「カリー――」
 歩みでた青年がそう言いかけると同時に、カリーナはぶっきらぼうにつぶやいた。
「カイ、のどがかわいた」
 何事もなかったように、むしろその存在がはじめからなかったように、カリーナは手を引くカイをじっと見つめる。
 するとカイはどことなく困ったように微笑み、まだ二人の踊りの余韻に浸っているのだろう、すぐそこでぼんやり立っている給仕に指示を出す。
 それから、ゆっくりと、王族席へカリーナを促していく。
 まるでそれが当たり前のように、二人の間に何人も介入することを許さない雰囲気が満ちている。
 それをやはり、周りにいた者たちは、うっとりしたように眺めている。
 ただ、カリーナに声をかけようとした中流貴族の青年だけが、ぽつんとその場にとり残されている。
 ふいに、呆然とした青年の肩がぽんとたたかれた。
「お前の勇気は買ってやる」
「だが、無謀だ」
 ため息まじりの声がすぐに続く。
「……え?」
 青年は大きく肩を震わせ、ばっと振り返った。
 するとそこには、呆れたような、同情めいたような表情を浮かべる、青年と同じ年頃の紳士が数人いた。
「たしかに、王女は気さくな方だが、身の程をわきまえろ」
 そうかと思うと、そのうちの一人が非難がましく青年をにらみつける。
 また一人、馬鹿にしたように別の紳士が迫る。
「お前は知らないのか? 有名だぞ。王女は、陛下と兄王子、そして護衛官二人の手しかとらないということは」
「そうは言っても、所詮は護衛官。王女の相手にはならないよ」
 群れる紳士たちを横切りながら、どこか馬鹿にするようにつぶやかれた。
 紳士たちがはっとして振り向くと、そこには名の知れた貴公子の後ろ姿が見えた。
「え? アドルファス殿?」
 家柄も血筋もよく、若手の中でも出世頭とうたわれるバーネッド侯爵家の子息だった。
 戸惑いつつその去り行く背を眺めながらも、うち一人が気を取り直し咳払いをした。
「と、とにかく!」
 それに弾かれたようにはっとして、他の紳士たちも通りがかりおかしなことをつぶやいていった貴公子のことなど忘れ、自分たちの話に戻っていく。
「よって、その四人以外の手をとるということは、すなわち、その相手が王女の伴侶となる男と言われている」
 別の紳士がぴしっと人差し指を立て、得意げに語る。
 とくと聞かせる紳士たちに、青年の顔が見る間に真っ青に染まっていく。
 いい年をした紳士たちが寄り集まり語り合うそこへ、ふいに楽しげな声が聞こえた。
「へえ、そうなのか。それはおもしろいね。――どれ、わたしも試してみようかな」
 そうささやくようにつぶやいたかと思うと、紳士たちの横を通り過ぎ、外衣(マント)をなびかせ颯爽と王族席へ歩いていく青年の姿が見えた。
「……え!?」
 再度の闖入者の後ろ姿を、紳士たちは呆然と見送る。
 まさか、今の会話を聞いて、おののく者はいても、面白いという者がいるなど誰が思うだろう。
 去っていく男の金色の髪が、吊下げ灯(シャンデリア)の光を受け、淡くきらめいている。
 後ろ姿からも、その男がどれほど自信に満ち溢れ、高貴な雰囲気をかもしているかよくわかる。
 紳士たちはただただ、あっけにとられたようにそこに立ちつくすしかなかった。
 玉砕し、鼻をへしおられ、その自信と誇りを叩き壊されることが目に見えている。
 噂の王女は、いろいろと容赦がない。
「カリーナ」
 カイに手を引かれ王族席に戻り、そこに用意された椅子に腰掛けようとした時だった。カリーナはふいに声をかけられ、首をかしげながら振り返る。
 すると同時に、カリーナは驚いたように目を見開き、けれどすぐに嬉しそうに微笑んだ。
「ファセラン!」
 座ろうとしていた腰を再び浮かせ、カリーナは目の前に現れた、見目麗しい金髪の青年へ駆け寄る。
 そして、抱きつきそうな勢いで、金髪の青年――ファセランの胸元に手を触れた。
「どうしたんだ? 何故、ファセランがここに?」
 きらきら目を輝かせ、カリーナはうきうきと尋ねる。
 明らかに、それまでの、ちょっと不機嫌そうなカリーナとは違う。
 もちろん、大広間中央でカイとともに躍っていた時は上機嫌だったけれど、その後がいけなかった。
 つまらない男に声をかけられそうになり、カリーナのご機嫌は一気に降下していた。
 それが、いきなりのカリーナの悪友の登場で、再びご機嫌が上昇しようとしている。
 胸に触れるカリーナの手をとり、ファセランはそこにふわりと口づける。
 同時に、それを目撃してしまった者たちの間に、どよめきが起こる。
「新作ができたので持ってきたら、こちらの宰相殿に今夜は夜会があるので出席してくれと言われてね」
「へえ、そうなんだ」
 くすりとどこか艶かしく笑うファセランに、カリーナは無邪気にうなずく。
 隣国であり軍事大国バーチェスの王太子のいきなりの登場にも、カリーナにはうろたえた様子はまったくない。
 むしろ、それを楽しんでいる節さえある。
 まわりのざわめきなど意に介した様子なく、カリーナとファセランは親しげに会話を続ける。
 カリーナ王女といえば、踊りだけでなく、気に入らない者にはあいさつの手への口づけさえ許さないという噂があるだけに、二人の様子を目に入れた者たちは、あきらかな驚きの色を見せている。尋常ではない戦慄がはしる。
 この後の成り行きを、いろいろな思惑をはらみ見守っている。
「それより、君の番犬は相変わらずだね」
 口づけたカリーナの手をそのままぐいっとひき、ファセランは耳元に唇を寄せた。
 そして、試すように、カリーナの背へちらりと視線を流す。
 そこでは、今にも噴火し爆発しそうな形相で、カイがファセランをにらみつけていた。
 カリーナもいきなり抱き寄せられてもうろたえた様子なく、まるで背に目でもあるかのように得心して、にやりと口の端をあげる。
「いいだろう?」
「まったくよくないよ。今にも噛み殺されそうだ」
 カリーナがくすくす笑いながらささやくと、ファセランは大仰に肩をすくめてみせた。
 そして、ぱっとカリーナを放し、カイに見せるように軽く両手をあげる。
 けれど、それくらいでカイの怒りがおさまるはずがない。
 しかし、この場で害虫駆除をするわけにいかず、カイはただただ体を震わせ怒りに耐えている。
 本来ならすぐさまこの場でファセランを切り刻み、その血肉のひとかけらすら残すことなく、この世から消し去りたいところだろう。
 しかし、カリーナとカイは、王女とその護衛官。
 この場でその垣根を越え、いつものように害虫駆除をするわけにいかない。
 そう、今は、国中の貴族たちが集う舞踏会の最中。
 カイの軽はずみな行動で、カリーナを困らせるわけにはいかない。
 ぎりぎりのところで、紙一重のところで、カイは蚕の糸より細くなった理性をつなぎとめている。


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update:12/06/15