姫君とこいごころ(12)
カリーナ姫の野望

 自らの理性と激情の間で必死に戦っているカイを再び見て、ファセランは意地悪く微笑む。
 それから、カリーナへすっと手を差し出した。
「カリーナ、わたしと踊ってくれるかな?」
 カリーナは驚いたようにまじまじとファセランを見て、それから何かに気づいたようにちらりとカイを見る。
 そして、いたずらを思いついたようににやりと笑う。
「ああ、もちろんだ」
 まるでこの舞踏会に集うすべての貴族に見せつけるように、カリーナは差し出されたファセランの手に手を重ねた。
 本当は、貴族たちなどではなく、たった一人、カイに見せつけたのだけれど。
 そうして、カリーナの暴挙に呆然とし、真っ白く燃えつき、そして灰となっているカイを置いて、カリーナはファセランに手を引かれるまま大広間中央へ再び歩いていく。
 二人の様子を見ていた者たちもまた、呆然とこれからの様子を見守ることしかできないでいる。
 誰一人その場から動くことができず、大広間中央を見つめる。
 そうして、貴族たちが見守る中、カリーナはファセランとともに、優雅な一歩を踏み躍りだした。
「あの男は誰だ……?」
 その誰も予想すらできなかった光景に、誰かがぽつりつぶやいた。
 すると、はじかれたように、どこからともなくざわめきが起こり、誰もが怪訝に、王女の手を取り躍る男へ視線を向ける。
 王と王太子、そして護衛官二人の四人の手しかとらないといわれている王女が、その四人以外、第五の男の手をとっているというのだから、注目せずにはいられないだろう。
 また、その男の正体が気になっても仕方がない。
 それはすなわち、王女の伴侶となる可能性がある男なのだから。
 想定もしていなかったところからの突然の横槍に、その座を狙っていた誰もが悔しく唇を噛み締める。
 誰もがその位置を狙い、そして叶うことがなかった場所を、手に入れる男が現れた。
 それは、この場に集う貴族たちを驚愕させるには十分すぎるだろう。
 それぞれ男の正体を探りはじめた中から、ふいに誰かが声をあげた。
「あれは……バーチェスの王太子殿下!?」
 瞬間、大広間がわきあがり、騒ぎ出す。
 しかし、くさっても貴族たちの集まり。醜く取り乱す者はまだ現れていない。
 ただ、その顔色は皆一様によくない。
 王女が申し込みを受けたということは、すなわち未来の伴侶。
 その王女の夫となる者が、まさかバーチェスの王太子となると、国をも揺るがす大事となる。
 その場所を狙っていた者たちにとってはもちろん許し難いことであるし、それ以外の者たちも自分たちの地位が危うくなる可能性がある。いや、地位など生ぬるいものだろう。下手をすると、エメラブルーという名の国が世界地図から消える可能性もでてくる。
 バーチェスと婚姻関係を結ぶということは、すなわちそういうこと。
 しかし、それは情勢に詳しい一部の者たちの考えであって、大半の者たちは、ただただ大国とのつながりに驚いている。
 まさか、これまで王女が男を退けてきたのは、求婚を断ってきたのは、バーチェスの王太子との婚姻のためだったのかと、勝手に納得する者も現れている。
「そういえば、三月ほど前に、王太子はエメラブルーに滞在されていたはず……!」
「では、その時に……!?」
 驚きと同時に、喜びが生まれる。
 予想が、確信に変わった瞬間だった。
 ざわめきがより一層増す。
 けれど、そのような貴族たちの会話をよそに、カリーナとファセランは大広間中央で踊りを楽しんでいる。
 もちろん、動きひとつひとつもらすところなく、ぎりぎりの理性でとどまり、その様子をにらみつけるように見守る護衛官に見せつけるように。
 集う貴族たちの思惑など関係なく、カリーナとファセランは純粋にカイいじめを楽しんでいる。
 二人の間には、その思いしか存在しないなど、恐らく、この場にいる者誰一人として気づける者はいないだろう。
 彼らが頂く王女は、大陸一の王太子と並んでも一切遜色ない、むしろその王太子を制するほどの輝きを放っている。
 その輝きに誰もが目を奪われ、紳士たちは見とれ、淑女たちは悔しさに手巾(ハンカチ)をかみしめる。
 けれどすぐに、再び誰もが魅了される。
 あの王女には誰もかなわない。
 一体、どれだけの令嬢たちが、そうつきつけられ、実感したことだろう。
 令嬢誰もの心に、ちくりととげをさす。
 もとより、内からにじみでるその輝きに、誰もかなうはずがない。比べようとすることからして愚かなことだった。
 見目麗しい大国の王太子と舞う、神々しいまでの輝きを放つ王女。
 濡れたようなつややかな黒髪が、透き通るように白い肌によく映える。
 世の男性たちを虜にする姫君という噂も、あながち嘘ではないらしい。
 一方、手がつけられないじゃじゃ馬という噂もあるが、今この場面だけを見ると、後者はがせだろう。
 そこにいるのは、誰をも魅了する可憐な姫君。
 星のきらめきよりも華々しく輝いている。
 そう、誰もこの王女にかなうはずがない。
 その姿は、まるで神に愛されたかのように清廉なのだから。
 先ほどの護衛官との踊りの再現のように、再び大広間中央に惚けたような眼差しを誰もが注ぐ。
 まるでそこだけ時間がとまったよう。
 その様子を見て、変わらず圧倒されることなく、憎しみに満ちた目でカリーナをにらみつけ歯噛みする令嬢がいた。
 下品なまでに赤い唇から、ぽつり言葉がもれる。
「……あの女、許さない」
 それは、このきらびやかな光景ににつかわしくないほど不気味にはきだされた。
 美しく楽しげな音楽の中に、呪うように消えていく。


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update:12/06/19